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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第2章】記憶の奥底
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2−5 天使的にはノープロブレム

 リンドヘイム聖教本部をどんなもんかと、見てみれば。堂々たる大聖堂の立派な事、立派な事。タルルトの孤児院の廃れ具合からは、想像できないくらいの豪華さだ。

 そうして任務に降り立つ、天使様……と中身は竜族と悪魔の俺達。今日はアーチェッタへの遠征任務という事だったが、流石に天使ご一行の見物客はいないらしい。ただ……。


「ハゥウ〜、ハーヴェン様、お久しぶりですぅ〜。記録係として、同行する事になりましたぁ。よろしくお願いします〜」

「お、おぅ……」

「……すまない。こいつの事を話すの、忘れていた……」


 ルシエルの顔がみるみるうちに、険しくなっていく。確かマディエル……だったっけか? この子はナーシャ地方の受け持ちじゃなかったっけ……? どうやら俺が謎だらけの顔をしているのに、気づいたのだろう。浮かんだ疑問にルシエルがそっと、かつ、かなり不服そうに耳打ちする。


「……あの後、マディエルの報告書……いや小説だったか……は廃れることもなく、第2弾が出てしまっていてな。今回は第3弾の話題集めにと、ラミュエル様の命令で同行する事になった。……お陰さまで、私の精神は毎回瀕死状態だ」


 あぁ〜……なるほど。それはそれは、ご愁傷様……。


「ところで、どうするんだ? 人間を眠らせるところまではいいけどよ、確か救済って直接大々的にしない事になっているんだろ?」

「あぁ、その通りだ。余程のことがなければ、直接手を差し伸べることはしない事になっている。だから……今回は人間の協力者を見つけようと思う」

「人間の協力者?」

「……いくら隠匿されているとはいえ、教会内には子供達の実験に関わる者が確実にいるだろう。だから、彼らに働きかけて……自主的に子供達を解放するように促す」

「そんな事……できるのか?」

「もちろん、交渉次第なのだが。ま、普段は仕舞い込んでいる翼も……こういう時に広げるためにあるんじゃないかな。相手は教会の人間だ。多少は私の話に耳を傾けてくれるだろうさ」


 そんな事を、ことも無げに言い放つルシエルだが……今、なんて? 翼を広げる? この人間界で、か⁇


「あの、さ……1つ、聞いていい?」

「なんだ?」

「天使って、人間の前にあっちの姿で降臨するのって……アリなの?」

「あぁ、なんだ。そんなことか。……もちろん、アリだ」

「はい……?」


 俺としては、人間に彼女達が向こうの姿で出くわすのは、あまり良くないと考えていたのだが。……天使的にはノープロブレムってことなのか、それ?


「まぁ、私達は〜、実在する存在として認知されているんですよぅ〜。天使の降臨は吉兆の証として喜ばれる部分もあるので、人間達はありがたいことに、私達を前向きに受け入れてくれる傾向があるんです〜」


 マディエルが間延びした口調で補足をしてくれるが……意外と天使様方は人間界に降り立つのが、お好きらしい。それ、俺からすれば悪魔の侵入以上に人間を混乱させそうな気がするんだけど。しかも、今回は警告に行くのだから、その降臨は絶対に吉兆じゃないと思う。まぁ、今は俺がわざわざ深く考えなくても大丈夫……って事なのかな……。


「そう、だったんだ……。で? 要するに、今回は天使様の権威を乱用して、教会の上層部の人間を説き伏せに行く……と」

「乱用……? その言い方が妙に気に入らないが……まぁ、そういう事だ。こちらとしては、正面突破をするつもりはないし、荒事にするつもりもない」

「ま、俺はマスターに従うまでだ。な、エルノア?」

「うん! 何かあったら、言ってね!」

「あぁ、頼んだよ」


 しかし、天使に対してはそれなりに迎合しているらしい人間達であろうとも……そんなに信心深いとは、俺にはとても思えない。今の人間界はそれこそ、命さえ商品として扱われる状態だ。結構な部分で「現実主義」な彼らが、天使の言う事をすんなり聞き分けたりするんだろうか?

 生まれた場所が悪かっただけで親に売り飛ばされたり、手足を捥がれて魔禍から逃れるための撒き餌にされたり。そんな子供達が溢れているこの世界で、そんな綺麗事が通用するのか?

 それこそ、それは今考えても仕方ない事なのだが……色々と切ない。

 そうして、俺がちょっと気弱になっているのに勘付いたらしい。エルノアがこちらを見上げて、心配そうにしている。あっ、俺としたことが。エルノアに無駄な心配をさせちまった。小さな女の子にまで、変な心配をさせたことを申し訳なく思いつつ……懸念を振り切るように、ルシエルに魔法の範囲を確認する。


「とりあえず、俺を中心として特定範囲の相手を眠らせるように魔法を発動しとけば、いいか?」

「そうだな。相手のお偉いさんに会うまで……それで頼む」

「了解。それじゃ、早速行きますか。……怠惰を誘え、微睡みを呼べ……我は望む、汝らの揺りかごとならん事を……スリーピングミスト!」


 足を踏み入れた聖堂は、意外と人気もなく静かなものだった。裏口の門番2人を眠らせた後は、人っ子1人見当たらない。そんな異様な光景を窺いながら……しばらく長い廊下を抜けた後、中庭に抜けてしまったらしい。これまた立派な庭を見渡せば、中央には大きな噴水が据えられている。

 噴水には英雄っぽい男の彫像が建てられており、その足元からは惜しげも無く水が吐き出されているけど。う〜ん……こいつ、誰だっけか。長く伸ばした髪を三つ編みにしているこの出で立ち、妙に見覚えがあるんだが。そんなことを考えていると、また頭に鈍い痛みが走る。いつかも感じた、頭痛と何かを警告するような気持ちの悪い違和感。……事あるごとに、毎度毎度……。


「しかし、広いな……。子供達や神父とか……お偉いさんは、どこだろう?」


 違和感と痛みを振り切るように、他の景色に目を映して。人影を探す俺の誰に向けたでもない独り言を……丁寧に拾ったエルノアが、首を傾げながら中庭の向こうにある扉を示す。


「お偉いさんは分からないけど、みんなは多分……あっち?」

「分かるのかい?」

「うん。なんか、苦しんでいるみたい……」


 ……苦しんでいるみたい。エルノアの言葉に、ルシエルと2人で顔を見合す。


「どうする? 先に子供達の様子を見るか?」

「苦しんでいる……か。だとしたら、先に状態を確認した方が良さそうだな」


 2人でそんな事を確かめ合うと、エルノアが指し示した扉の先に進む。またさっきと同じような廊下が延々と続いているようだが、子供達はこの先……なのだろうか。


「ハーヴェン、こっち!」

「お?」


 今度はエルノアが途中の壁の前で立ち止まる。見たところ、何もない気がするんだけど……。


「こっち、って……ここ、壁だぞ?」

「うん、でもこっちみたい」

「そうか。それじゃ……ちょっと調べてみるかな?」


 エルノアが示す壁を叩いてみると、確かに随分と軽やかな音がする。あぁ、なるほど。


「ルシエル、どうやらここ……隠し扉になっているみたいだ。このままだと動かないみたいだけど、どうする?」

「そうだな……では、開けるとするか」


 そうしてルシエルは事もなげに、呪文を唱え始めるが。軽々しく開けるっていうけども、そんなに都合のいい魔法あったっけ? 


「空虚なる現世に風の叡智を示せ、我は空間の支配者なり……ウィンドトーキング!」


 俺の疑問を他所に、用途も合っていなさそうな風属性の初級魔法を発動するルシエル。そうして、壁に向かって放たれた空気の流れが壁に吸い込まれていく。だけど……空気が流れ込むばかりで、扉が開く様子は全くない。


「……おい、何も起こらないぞ?」


 俺が妙に呆れているのにも構わず、ルシエルの狙いは違うところにあるらしい。しばらく何かに意識を集中していたかと思うと、急にちょっと離れた床に膝をついた。


「ここか?」


 ルシエルが何かを探るように……床のタイルを組み替えると、示し合わせたように壁の向こうからガチャンと鈍い音がしてこちら側に扉が開いた。あまりの鮮やかな手際に思わず、エルノアと一緒に声をあげる。


「おぉ〜! ルシエル、凄〜い!」

「おい、どうして分かったんだ?」

「ウィンドトーキングは、空間把握をするための風の補助魔法だ。風の流れがどこで遮られたかを術者が感じ取る事で、効果範囲内の空間の構造をある程度、把握する事ができる。……で、今回は風の流れを利用して、この扉の仕組みがどこに繋がっているかを確認し、不自然に繋がっているポイントを見つけた……と」

「流石、ルシエル様ですぅ〜。早速、次回作に盛り込みます〜」

「いや、頼むから次回作はなしにして欲しいんだが……」


 マディエルがルシエルの解説に興奮して、手元の手帳にペンを走らせているが……そういや、こいつのこと、すっかり忘れてたよ。

 妙な前座もあったところで、開かれた扉の先は下に続く階段が見える。いよいよ、いかにもな感じがするが……ここは進むしかないだろう。4人で頷きあうと、階段のステップに思い切って足を踏み出す。地下に続く階段らしいが、灯りがあったるするから……意外と、足元がよく見える。


「灯りが点いているって事は、ここを通る奴がいるって事だよな?」

「そうなるな……」


 その割には、さっきから人の姿が見えないんだが。俺達が正面を避けて、裏口から入ったせいか? 俺達は先方にとって、かなーり都合が悪い場所に踏み込んでいると思うんだけど。しかし、見張りもいないみたいだし……なんだろうな。聖教本部っていうのはハコだけで……こうも中身は空っぽなものなのだろうか。

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