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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−64 怪盗紳士グリードと深窓の令嬢(7)

 その場の空気と、自分の役割と。理不尽な状況に耐えきれずに泣き始めた姫様に対し、やっぱりあらぬ方向で娘を鼓舞し始めるロヴァ親父だが。あぁ、あぁ。なんつー有様だよ。それ、真っ当な父親の発言じゃありませんから。


「ルヴラ、何を言っているのだ! お前はグスタフ王子に嫁ぐことが、3年も前から決まっていたのだ! 本来ならすぐにでも輿入れしなければいけなかったのを、お前が16になるまで待っていてくださったのだぞ⁉︎ そんな一途で寛大な王子を今更、裏切るのか⁉︎」

「いい加減にしとけよ、おっさん。その姫様は醜い豚野郎に嫁ぎたくないって、泣いてんだろーが。大体、娘を出汁にしなければ結べないような親睦に意味なんてあるのかよ? 自分では苦労もせずに、娘に全部押し付けて……何が国王だ。その程度の事くらい、テメー1人でやってろ」

「うぐぐ……あなたは何故、帰らないのです⁉︎ 娘を助けてくれれば、それだけで良かったのに! どうして、ここにいるんです⁉︎」

「あ? 忘れたの? 俺、まだ見返りを貰ってないんだけど」

「み、見返り……。今、それを言っている場合ではないでしょう⁉︎」

「そう? う〜ん……そう言や、何を要求するか決めていなかったっけ。どうしようかな……」


 俺が思いあぐねていると、反則にも程がある剣戟が飛んでくる。その鋒を素気無くつまんで、受け止めてやると。今度は驚いた様子でレイピアを引っ込めようと、必死にフガフガ言い始める子豚ちゃんだが。……こいつは随分と、死に急ぎたいらしい。


「ったく、人が必死に考えているのに、ナニ、不意打ち喰らわせてくれてんだよ。危ないだろーが」

「グググ……! は、放せ! ど、どうなってるんだ、これ⁉︎」

「このくらい、振りほどけると思ってたんだけど……豚ちゃんはご立派な図体の割には、非力なんだな? はいよ、放せばいい?」


 呆れ半分に親指と人差し指を離してやると、必死に得物を引っ込めようと力んでいた子豚ちゃんが、背中から見事にコロリンと転がり始める。弾み具合から、クッション性のある肉襦袢はそれなりに防御力はありそうだが。それ以前に、どこの喜劇だよ。その転がり方は……。


「なーにが、剣の達人だよ。基本すらできてねーじゃん。踏み込みも浅い、手首のスナップも効いてない。そもそも剣の振り方がなってないにも、程があんだろーが。いいかー? レイピアは振るんじゃなくて、真っ直ぐ突くようにしないとダメなの。豚には棍棒の方がよっぽど、お似合いだと思うぞ?」

「ウググググググ……! おい、お前達! こいつの口を塞げ! 殺しちゃっても構いません!」

「ハッ!」


 そうして今度は自称・剣の達人ではなく、取り巻き共が剣を構えてくる。得物はみんな揃いも揃って、レイピアらしいが……もういいや。ちょっと面倒だし、取り巻きにはサクッと退場してもらおう。


「初狩の鐘を打ち鳴らさん、弓付きの刃を振り降ろさん。我は死を望むものぞ……ジャッジオブデス、ファイブキャスト、っと。皆さん申し訳ないけど、さっさと人生リタイアしてくださーい。さようなら〜」

「……⁉︎」


 きっちり人数分の死神を呼び出して、目の前の面倒を丸ごと綺麗さっぱり片付けてもらえると、視界も随分とクリアになる。やっぱり、処刑はプロに任せるに限るな。


「何だ……今の魔法? 死神を召喚した……?」

「あぁ、そっか。人間が使えるのは、初級魔法程度までだったっけ? 一応、説明してやるとな。さっきの魔法は闇属性の上級魔法で、対象の処刑をプロの死神さん達がサックリやってくれる、とーっても便利な魔法なんだけど。死体の後処理まできっちり仕上げてくるのは、流石だよな〜。うんうん」

「チミは、何者なんだ……?」

「それは知らない方がいいと思うけど」


 とは言え……ここまでやったら、俺が人間じゃないことくらいは気づきそうなもんだが。子豚ちゃんは頭の中まで鈍いんだな。


「……あ、そうだ。いいこと思いついた。ロヴァニア!」


 豚のフレーズに引っ張られた訳ではないが。考えたら、この子豚ちゃんはディテール的には生贄にもぴったりじゃん。生贄と言えば、豚の丸焼き……って、どっかで聞いた気もするし。ここは1つ、子豚ちゃんを捧げてもらおうか。ご本人的には高貴なつもりらしいから、さぞ高級なお味でもするんだろう。


「見返り、決めたぞ」

「は? ……え? 今、ここで何を要求されると?」

「俺を呼び出すには本来、1000人以上の生贄が必要だ。それを大サービスで30人程度で済ませてやったんだから、差分をここで頂くことにした。この場の全員の命を寄越せよ。上級貴族とやらは魂もきっと高貴なんだろうから、ちょうどいいじゃん」


 ぶっちゃけた話、上級貴族だろうが、貧乏人だろうが魂の重みに差はないが。脅しも含めて言ってやると、すぐに悲鳴と怒号が上がり始める。そうして我先にこの場から逃げ出そうとする人間達を冷ややかに見つめながら、意地悪がてら逃げ道も塞いでやる事にした。


「宵の淀みより生まれし、深淵を汝らの身に纏わせん。時空を隔絶せよ、エンドサークル……イレブンキャスト!」


 わざわざ小分けにした檻の中で、今度は逃げられない事に絶望して泣き始める者、自分は関係ないと訴える者。誰1人として自分のことしか考えていないのが、手に取るように分かるのが……更にムカつく。仕方なしに、耳障りな雑音に辟易しながら、黙らせる意味で更に脅しをかけてみる。


「あ〜! お前ら、冗談抜きで煩いし。そうだな……この際だから、煩い奴順に切り刻もうかな……」

「ちょ、ちょっと待ってください! そんな事をされたら、困ります!」

「へぇ、どう困るの?」

「ここにいる方々は我が国にとって、重要なお客様ばかりなのです! 生贄は後日きちんとご用意しますから、私も含めて……ここにいる方々は助けてください! どうか、ご慈悲を!」

「却下。俺はこの豚ちゃんに心底ムカついてんの。だから、今すぐ見返りを要求する事にしましたー。……薄汚い豚如きが、俺に楯突きやがって。覚悟はできてんだろうな? あぁ⁉︎」

「そ、その……ごめんなさい! 僕を助けてくれたら、我が国からも生贄を差し上げます! だから、許してください!」


 揃いも揃って、自分の事しか考えてないんだな……。とは言え、これで本丸を落とす算段もついたし。今は他のことは目を瞑ってやるか、仕方ない。豚の丸焼きも諦めよう。……どーせ、俺は食わないし。


「そんなにも助かりたいのかよ、お前らは……他の奴を犠牲にしても、自分は助かりたいと?」

「も、もちろんです! 何でもしますから!」

「だから、僕の命だけはお助けを!」

「ハイハイ、分かりました。……ったく、豪勢なのは外見だけかよ。こうもクズしかいないとなると、いよいよ面倒になってきたな……。それじゃ、代わりに姫様を貰うとしようかな」

「はい?」

「今……何と? 娘を……どうされると?」

「俺に望まれた本当のオーダーは、姫様の婚約破棄だ。だから、それと引き換えに全員を助けてやるって言ってんだよ」


 本当は、姫様以外をこの場で丸焼きにしても良いんだけどな。後々のことを考えると、こいつらを丸焼きにするにしても……今じゃない。


「しかし、ルヴラは……それでいいのかい? 僕は……毎日毎日、君を思い続けて……ようやく……!」

「あなただけは、絶対に嫌!」

「はぐ⁉︎」

「私、グリちゃんと一緒に行きます」

「だーかーらー……グリちゃんは止めろって、言ってんだろうが……」


 そんな事を言いつつ、嬉しそうに抱きついてくる姫様を仕方なしに抱き上げると、同時に翼を広げてみせる。そうして、俺の正体をようやく理解したんだろう。目の前の子豚ちゃんだけでなく、その場の全員が恐怖で縮み上がるのが……ちょっと気持ちいい。


「さって、とりあえず逃げるとするか。そうそう。この錬成度だと、魔法の効果は2時間ってとこだな。それさえ過ぎてしまえば、後は自由の身ですから。ハイハイ、お邪魔しましたよ、っと。それでは皆さん、ご機嫌よう〜」


 形だけの挨拶をして、悪魔としてはデザインが気に入らないステンドグラスを木っ端微塵にしながら、外に飛び出す。檻の効力は2時間程だが、これだけ派手に魔法を使ったとなると……そろそろお出ましになるだろう。避難についてはアグリッパがうまくやっているだろうが、まずは合図通りに姫様を送り届けることが先だよな。

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