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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−59 怪盗紳士グリードと深窓の令嬢(2)

 踏み出したポータルの先に広がっていたのは、陰湿なカビ臭い部屋。少し、違和感のある感覚が体に巻きついてくるが。それをも容易く振り払い、仮面越しの世界に目を凝らすけれど。慣れているはずの漆黒に少々、戸惑いつつ……自分を見つめている召喚主に気づくと、事と次第を尋ねてみる。


「俺を呼び出したのは、お前か?」

「これはこれは。遠路はるばる、よくぞお越しに……」

「……社交辞令はいい。サッサと要件を話せ」

「あ……も、申し訳ありません……。私はヴァンダート王の命令で悪魔召喚を執り行った、アグリッパと申します。王の願いは、姫君の延命にございます。そのご助力を賜りたいと、お呼び立てしてしまったのですが……」


 ……なんだ? その妙な願いは。普通、悪魔を召喚するとなると……気に入らない奴を痛めつけてくれとか、呪ってくれだとか。大抵は、そういった類のネガティブなお願いだと思うのだが。


「延命? そんな事のために俺を呼んだのか? それ、悪魔に望む事じゃないだろ」

「そう仰らずに。姫様に聖痕が出てしまった関係上、神々は彼女を救うどころか、差し出せと申しているのです。そのため、神々に姫の延命を望む事は難しく……」


 あぁ、そういう事……。神様にも見捨てられたから、悪魔に頼る他ないって事か。しかし、聖痕……ねぇ。これはまた、厄介だな。


「ふ〜ん……神様とやらは、随分と薄情なんだな。まぁ、いいか。そういう事なら、力を貸してやっても。で? 姫様は死にかけてるのか? 聖痕は死に直結するギミックじゃなかったと思うけど」

「はい……姫様は今、不治の病に冒されております。その病は人間には治療できないものでして。ですので、簡潔に申せば……病を治療して頂きたいのです。……こちらにどうぞ」


 終始丁重な姿勢を崩さない割には、アグリッパと名乗った若い女……多分、エクソシストだと思う……が、別の腹積もりで自分を呼んだことくらいは想像がつく。きっと、彼女には別の目的があるんだろう。

 そんな事を考えながら、か細い背中を追う様にして地下室から続く廊下を進む。そうして、一際大きな扉の向こう側に案内されると……月明かりに照らされて尚も青白く見える、弱々しい吐息の姫君が横たわっているのが、嫌でも目に入った。命の薄さを予想させる銀色の髪が、無造作にベッドからこぼれ落ちている光景は幻想的なのかもしれないが……。


「随分と毒気に侵されてるな、これ。こうなると……確かに、人間には治療できないかもなー」

「……その通りです。姫様は瘴気黄熱で苦しんでいるのです」

「そう? 多分、これはその程度の病気じゃないだろ。発端は呪いな気がするけど……まぁ、いいや。こいつを助けてやれば、いいんだよな?」

「……⁉︎ は、はい……お願いできますか?」

(……聖痕もフェイクか? 悪魔はこれに触れる事はできないはずなんだけど。ま、とにかく。瘴気を祓ってやればいいか)


 人助けなんて、格好悪いと思うけれど。さりげなく、「あんなもの」を仕込んでいた女の意図も確かめなければいけない。そこまで考えを巡らして、それとなく姫君を助ける事に決めると、そっと姫君の唇に自分の唇を重ねて瘴気を吸い込む。そうして根本までを吸い尽くすと、軽微の毒混じりながらも素朴な香り付きの美味に……舌舐めずりしながら、アグリッパにお仕事完了の報告をしてみる。


「……終わったぞ。瘴気を根っこごと吸い取ったから、しばらくすれば回復するんじゃない? あ、そうそう……」


 そこまで言いかけたところで、勢いよく部屋の扉が強か壁に打ちつけられる。威勢のいい雑音で、俺の厚意が台無しになりそうになったが……騒音の主を見やれば、そこには恰幅だけは見事な丸顔の男が立っていた。


「アグリッパ! 悪魔の召喚に成功したと聞いたが、誠か⁉︎」

「えぇ、本当ですよ。今、悪魔殿に姫の瘴気を全て祓って頂きました」

「おぉ!」


 紹介を待つ事なく、自分を品定めする様な視線に拒絶感を覚える。初対面でそれは幾ら何でも、失礼だろう。そんな事を沸々と考えながら勢い、仮面越しに男を睨みつけるが……こういう時、自分はつくづく子供だと思わされるから、余計に腹が立つじゃないか。どうしてくれるんだよ。


「あっ……」

「お前、誰? 突然やって来て、大騒ぎしやがって。……ウルセェだろうが」

「も、申し訳ありません。えぇと、余は……じゃなくて、私はルヴラの父でロヴァニア・ヴァン・クレスト・ヴァンダート15世と申します……」

「無駄に長ったらしい名前だな……えぇと、で? 要するに、おっさんの娘がこの姫様って事でいい?」

「あ、間違いありません……」


 この卵オヤジの娘がこれってことか? いやいやいや、待て待て待て! 父親の遺伝子はどこに行ったよ? 父親のブサイク加減を無視できるくらいに、母親が美人だったってことか……?

 そんな事を考えつつ、腹の出具合だけは立派な父親を見つめながら、とりあえず帰ろうと……仕方なしに、言いかけた話の続きをし始める。アグリッパの目的も、気にはなるが。これ以上付き合うのも、なんだか馬鹿馬鹿しくなってきた。


「で、さっき言いかけたことなんだけど」

「あ、はい……」

「瘴気の根っこは吸い取ったとは言え、具合が安定するには時間がかかると思うし、再発もゼロじゃないだろう。だから一応、こいつを渡しておくよ。何かあったら、飲ませるといい」


 そうしてマントの袂から紫の液体が入った小瓶を取り出すと……姫君の枕元に添える。


「それは?」

「……秘密の霊薬。簡単に言えば、瘴気を払う効果がある花の精油だけど。香りを嗅ぐだけでも、それなりの効果はあるが。何かあったら、1滴でも飲んでしまった方が早いだろうな」

「おぉ! 何とお優しいことか! やはり神々よりも、悪魔の方が頼りになる!」

「……やはり?」


 ロヴァ親父の興奮まじりの言葉に、妙に帰るに帰れなくなった気がする。

 そもそも、お祓いの類は悪魔の得意分野じゃない。どう頑張っても天使や……それこそ、エクソシストの得意分野だ。大体、あの魔法陣で本来呼び出せる悪魔のレベルだって、高が知れている。そんな中途半端な悪魔に、何をさせるつもりだったんだ?


(あぁ、なるほど。この女は……)


 そこまで考えて、アグリッパの正体が何なのかが少し分かってくる。服装に騙されそうになったが、さっきの魔法陣は明らかに呪詛の類を拡張したものだった。だとすれば……。


「ところで、アグリッパとやら。お前……修道服を着てはいるが、中身は呪術師か?」

「いいえ? 私はご覧の通り、ただのシスターですよ」

「……フゥン? ただのシスターがさっきの第3等級の召喚魔法陣を描けるとも、思えないけど」

「それは……」

「まぁ、そんな事はどうでもいいか。俺は今日、サービスでこっちに来てやったんだ。見返りは用意できてんだろうな?」

「み、見返りですか?」

「あ? おっさん……まさか、タダで悪魔をこき使おうだなんて、考えてんじゃないだろうな? 大体、さっきの安っぽい魔法陣で呼び出せるのは本来、中級悪魔までだ。その魔法陣で今回は特別に、最上級悪魔が直々に様子を見に来てやったんだから、差分はきちんと寄越せよ。そうだな……」

「さ、最上級悪魔?」


 俺がそんな事を言いながら、見返りに何を要求しようかと思案を巡らせていると、背後からか細い声が聞こえてくる。……意外と生命力は強かったらしい。瘴気を祓った後は起き上がれるくらいに調子を取り戻した様だが、そんな姫様の顔を見やれば……結構、可愛い顔をしている事にも今更気づく。


「あなたが、私を助けてくれた……悪魔さん?」

「へぇ。人間にしちゃ、意外と回復が早いな。どうだ? ちっとは元気になったか?」


 何故か彼女を怯えさせまいと、努めて陽気に振る舞っている自分を苦々しく思いながら。彼女の様子を窺っていると……その空気を壊す様にロヴァ親父が間に割って入ってくる。おっさん、さっきから空気読めよ……。


(まぁ、父親が娘を心配するのは当然か……?)


 とりあえず、俺は空気を読んでやるよ。俺はお前と違うもんでな。

 仕方なしに黙り込んで、彼らのやり取りを見守っていたが。段々と様子がおかしい事にも気づいてしまう。と言うか、さっきから……この空間は気になることが多すぎて、落ち着かない。


「おぉ! ルヴラ! 良かった、目が覚めて……!」

「……良かったのでしょうか……」

「当たり前ではないか! これで、カンバラとの約束も果たせる! お前は架け橋になる使命を帯びて生まれて来たのだから、生きていてくれないと困るのだよ!」


 生きていてくれないと困る? 架け橋になる使命がある……?

 父親の言い分にしては、違和感のある言葉の意図が見えなくて。そして彼らの様子が……何となく、ヨルムツリーのそれにも似ている気がして、腹が立つ。しかも……背後で俺がイライラしているのを尻目に、今度は姫様が悲しそうに泣き始めたじゃないか。だけど、その涙には相当の事情があるみたいで……探る様にアグリッパをチラリと窺うと、彼女は彼女でとても苦しそうにしている。


「私を……カンバラに嫁がせるのが、そんなに大事なのですか? あの卑しく、醜い王子に……輿入れしろと? 私に生涯を共にする相手を選ぶ自由は、ないのでしょうか?」

「お前はこの国の姫君なのだ。国のために相手がどんなに気に入らぬとしても……繁栄の礎になるのは、当然の義務だろう!」

「だったら、いっそ……このまま死んでしまえば良かった……! そんな事なら、死んでしまえれば良かったのにッ!」


 人が助けてやったのに、何て言い草だよ……とか俺が上の空で考えていると。突然、何かを張るような破裂音が部屋中に響く。驚いて見やれば、髪を振り乱したロヴァ親父があろうことか……一心不乱に娘の頬を何度も打ち据えていた。その形相は、明らかに怒りを剥き出しにしていて。娘の延命を望んでいた父親のモノとはとても思えない。


(オイオイ。言う事を聞かないからって、そこまでする事はねぇだろうが……)


 一頻り娘に折檻をした後で息を荒げながら、さも忌々しいとロヴァ親父がアグリッパに向き直る。……この光景も、きっと初めてじゃないのだろう。アグリッパはアグリッパで、沈痛な面持ちこそすれ、慣れたようにすんなりと返事をする。


「アグリッパ! 傷を治療しておけ! 折角の手土産が傷ものでは、話にならん!」

「承知致しました……」

「親に口答えしおって……お前は黙って、言う事を聞いていれば良いのだ! 望みや夢なんぞ、捨ててしまえ!」


 親御様のお言葉には思えない暴言を吐きながら、俺には一応の一瞥をして、部屋をズンズンと退室していくロヴァ親父。……なんだろうな。確実に妙な事に巻き込まれたな、これは。

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