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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−34 意思と意義を持つ魔法道具

「……そう言えば、オーディエルはどうした? まさか、またサタンとの文通に熱を上げているのか?」


 懲罰房エリアに移動する道すがら、オーディエルの所在を尋ねるルシフェル様。あ、そう言えば。確かに、さっきからオーディエルの姿が見えなかったけど。まだ部屋で落ち込んでいるんだろうか?


「いいえ……実は一足先に、懲罰房を調査しているのです。ですので、私が代わりにルシフェル様にお声かけしようと、お待ちしておりました」

「そうであったか。……ふむ。私自身が懲罰房に足を踏み入れるのは、初めてかもしれんな。懲罰房は何せ、元々はウリエルが建設した施設だったし……」


 始まりの天使のうち、最も血を好むとされていた破壊天使・ウリエル。ボク自身はかつてガブリエル様配下だったこともあって、彼女に酷い目に遭わされたことはなかったけど。ちょっとした過失でも、かなり手酷い罰を与えられるとかで……排除部隊の天使は威圧的でピリピリしていたのを、俄かに思い出す。それを考えれば、オーディエルはまだ話は通じるし、優しいと思う。


「オーディエル、ルシフェル様を呼んできたわ。それで……どう? 何か分かった?」

「うむ。手間をかけさせて、すまなかった。しかし、何かがいるだろう事がなんとなく分かる以外は、皆目見当がつかなくてな……」


 きっと、明日リッテルを解放することもあるのだろう。鉄門が開けっ放しの状態で、向こうからオーディエルがこちらに出てくる。そうして……あれ?


「すまぬ。リッテルは少し早いが、不測の事態も考えて外に出していたのだが……。リッテル、お前が見た事を皆にも説明してくれんか」

「……はい。大丈夫よ、是光ちゃん。酷い事はされないと思うから」


 胸元で俄かに騒いでいるらしい白い鞘を諌めるように宥めると、リッテルがポツリポツリと刑罰房で見たものの事を話し始める。それにしても、ボクには何も聞こえないけど。リッテルはもしかして……刀と喋れたりするんだろうか?


「刑罰房で色々と考えていた時に、黒い何かが同じ部屋にいまして。どこか傷ついているように見えたので、お話しようと申したのですけど……。恥ずかしがり屋さんだったみたいで、すぐに消えてしまいました。なので……結局、お話は聞けなかったのです……」

「黒い何か……?」

「はい。是光ちゃんが言うには、何かの残留思念だという見立てでしたけど……えっ?」


 リッテルがそんな事を言っている側から、多分、当人から茶々が入ったんだろう。あやすように白い鞘を抱きかかえていたかと思うと、リッテルが思いもよらぬ事を言い出した。


「あの……是光ちゃんが直接、話すと申しています……」

「はい?」


 全員が目を丸くしていると、痺れを切らした是光ちゃんの声が聞こえてくる。って、本当に喋ったよ、この刀……。


(あぁ、もう! 天使共は間抜け揃いで、もどかしい!)

「ご、ごめんなさい……。私の説明が下手で……」

(あ、妻君は別ですよ。あなた様にそんな顔をさせたとあらば、お館様に怒られてしまいます! 某が申している間抜けというのは、ここにいる大天使の事です! 今の今まで、あの様な者が神界に巣食っていることに気づかないなんて……しかも、そんな所に妻君を放り込む等、以ての外‼︎ 状況が許せば、全員叩き切ってやりたいくらいです!)


 妙な具合でリッテルを慰めつつも、ボク達には棘のある態度で接してくる是光ちゃん。持ち主がマモンだということを考えると、彼にも嫌われている気がして、微妙に切ないものがある。


(それはさておき。アレは特殊な残留思念……おそらく、魔禍になりかけている者かと)

「魔禍になりかけている……?」

(本来、魔禍とは強い禍根を残した者の残留思念が魔力と結合して、仮初めの姿を取っている状態を指します。ただし、媒体を失っている故に、魔力を保持する器がないため、一定時間しか姿も意識も保つことができず、殺傷能力は皆無に等しく。悪魔が生まれた遥か太古から、害がある相手としては認識されていませんでした。……しかし、その存在意義を大幅に塗り変える出来事が起こったのです)


 魔禍の存在意義を塗り替える出来事。それは現代の人間界で認識されている魔禍が生み出された……魔力崩壊に伴う、かの竜族の絶望に違いないだろう。そっか、魔禍は本来は無害だったんだ。


「なるほどな。マモンの刀は随分と物知りと見える。しかも、お前達は語りかける事もできたんだな。何故、今まで頑なに黙っていた? そもそも……お前達は一体、何者なんだ?」

(某らの意思を保っている原理は魔禍と同じでして。意思の出どころは覚えてはいないのですが……ただ、アレらと決定的に違うのは、ヨルムンガルドが飲み込んだ禍根と同時に、かの肉体の一部を引き継ぎ、所定の姿を保っているという点です。ヨルムンガルドが東方生まれ故、某らがオリエントの武器の姿をしているのは、彼の生まれに起因すると思われますが。それはここで言及することでもありますまい。何れにしても……某らが今まで黙っていたのは、ヨルムンガルドの遺言に従っていたからです)

「ヨルムンガルドの……遺言?」


 ルシフェル様の質問に教え説く様に切々と、自分達の成り立ちを話し始める是光ちゃん。下手をすると、真祖の悪魔以上に物知りかもしれない不思議な刀は、ボク達が話に聞き入っているのに、満足なのだろう。更に得意げに話を続ける。


(某はヨルムンガルドの脊椎より出でし守り刀……身上は魔界を守護し、お館様の補佐をする事。他の3振りも某と同様、それぞれヨルムンガルドから異なる思惑を託されております。そして、全てを魔界の王として作られたお館様……マモンに引き継ぐべく、某らを下賜されたのです)

「マモンが魔界の王として作られた? では、どうして畏怖を集められないと力を発揮できないなどという、面倒な作りになっている?」


 ここにきて、あのイケメンに魔王説が浮上したんだけど……? うーん。でも、魔王って感じじゃないよねぇ、マモンは。


(真祖の悪魔は生まれた順番が遅ければ遅いほど、性質が安定する傾向がありまして。……簡単に申しますと、後に生み出された真祖の方がヨルムンガルドも作り慣れていた、が正直な事情でしょうな。そういった事情から、真祖の悪魔は生まれた順番が遅いほど、能力が高くなる傾向があるのです)


 と、言うことは。マモンは一番最後に生まれたって事かな? 魔王の上に、末っ子属性まであるとか。どんだけ設定を盛れば、気が済むんだろう……。


(とは言え、今となっては順番もあまり意味はないかもしれません。三男のベルゼブブ様が立派に魔界を牽引しているところを見ても、想定外もあるでしょう。そういう意味で、ベルゼブブ様はヨルムンガルドの思惑を裏切ったと言えるでしょうが、悪いことではありますまい。そして……一方で最強の真祖として作られたお館様の特性は偏に、ヨルムンガルドの親心というものです)


 是光ちゃんの得意げな解説によると。

 マモンは強大な魔力と冷静な判断力を備えた、最高傑作の大悪魔なのだそうで。だけど、圧倒的な実力は驕りの原因になりかねないから、ヨルムンガルドはマモンに枷となる特性を付与したそうな。


(強欲を本質とするが故に、全てを手中に収めようとするお館様が、いずれは魔界を滅ぼしかねないと危惧したのでしょう)


 なるへそ。要するに、自分より強くなっちゃったかもしれないから、マモンの実力に制限をかけたんだね……。それで、ちゃんと王様をしていない……つまりは、みんなから認められていないと、マモンは弱くなるって事なんだろう。……意外と魔界ってのは、色々と考えられているんだね。システムが欠陥だらけの神界とは、大違いだなぁ。


(そして……某らに沈黙を課していたのは、お館様のお側仕えとするために、ヨルムンガルドがお館様以外との交流を禁じていたからです。某らは意思と意義を持つ魔法道具。忠誠を捧げる相手として、定められたお館様を本当の意味で王とするまでは、沈黙を守ることを是としてきたのですが……)

「ふむ? だとすると……お前が禁を破ったということは、マモンが魔王として完成した判断になったということか?」

(左様ですな)

「それに……なるほどな。あの時、私を拒絶せずに7人目の真祖として受け入れたのは、試練として利用するためか。私は実力で玉座を奪い取ったつもりでいたが、腑に落ちない部分もあったし……鯔のつまり、私は当て馬にされたのだな……? 全く、あの邪悪な霊樹めは……」

(ふん。ようやく勝利が偽りだった事に気づきましたか、この愚か者。悪魔は欲望に流される身であるが故、王が自らを律し、他を正すことができなければ魔界の秩序は崩壊してしまう。ヨルムンガルドは悪魔に極限の自由を許す一方で、規律を逸した自由の対価には確固たる自己責任と……状況によっては、真祖にも連帯責任を求めます。当然、自己責任を課せられるのは、真祖も例外ではなく。かつてのお館様の屈辱は、某らの忠告に耳を貸さずに、自由ばかりを求めた……ヨルムンガルドの本意に背いたが故の罰だったのです)


 ……ヨルムンガルド、スパルタ過ぎない? 当て馬にルシフェル様を起用するのも、大概だけど。配下のやらかしも連帯責任があるなんて……真祖の悪魔って、大変なのかも……。


(試練を乗り越えて、随分とご立派になって……。それに、今のお館様には何よりも……あ、この先は口外する必要はありませんな。いずれにせよ、妻君には感謝してもしきれないのですよ、某は)


 そこまで話したところで、急に黙り込む是光ちゃん。「この先」がと〜っても気になるけど、話してくれるつもりもないらしい。それにしても、ルシフェル様を愚か者呼ばわりできる相手がいるなんて、思わなかったなぁ……。

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