9−28 アンバーグラス
「さて、着いたぞ。ここがルシエルお気に入りの雑貨屋です」
雑貨屋のドアを開くと、涼やかなウィンドーチャイムの音が俺達を迎え入れてくれる。そうして今日も今日とて、店主のおばちゃんがにこやかに「いらっしゃいませ」と言いながら、奥からやって来た。
「あらあら、旦那様お久しぶりです。奥様もその後、お元気でしたか?」
「は、ハィ……おかげ様で、毎日の楽しみが増えました……」
「まぁまぁ、それは何よりでございます。あら? ところで……」
「今日は知り合いも連れて来ました。嫁さんがお気に入りの雑貨屋があるって言ったら、興味津々みたいだったから。ちょっと騒がしくて申し訳ないんだけど、全員でお邪魔して構わないかな?」
「えぇ、もちろんですわ! 是非、楽しんで行ってくださいまし。見るだけでも歓迎しますよ」
気さくなおばちゃんの対応に、子供達も安心したのだろう。早速、ノスタルジックなおもちゃ箱のような店内を見渡しては……嬉しそうにはしゃいだ様子を見せる。一方でプランシーは何やら、店先にディスプレイされていたランプが気になるらしい。真剣に見つめているのを見る限り、余程に気に入ったようだ。
「マダム、こちらのランプはもしかして……アンバーグラスの一品では?」
「おっしゃる通りですわ。こちらはアンバーグラスのアンティークランプです。今は珍しい……というよりは、もう使うことはできない、が正しいのですが。元は魔力式のランプでして。かつては魔法の力で光を灯していたそうですが、こちらは蝋燭用に仕立て直してあります。ですが、当時の雰囲気を残す意味で仕掛け自体は残っていますわ」
うん? だとすると……これって、いわゆる魔力遺産ってヤツじゃないか? 仕掛けが残っているのなら、元の通り使えるってことなんだろうし、かなりの貴重品に思えるが。
「そうでしたか……いや。この透明感といい、深い紺碧色と黄昏色の絶妙なコントラストといい。かなりの一級品では?」
「まぁまぁ、ムッシュは随分とお詳しい上に、目利きなのですね。……実を申しますと、こちらのガラスはアンバーグラスの中でもトワイライトと呼ばれる最上級品ですわ。ガラス自体にそれなりの価値がございます」
「なるほど……。やはり、本物は色味が違いますな。こんな所でトワイライトにお目にかかれるとは。……いやはや、なんと幸運で感動的な事なのでしょう」
トワイライト……黄昏、かぁ。うーん……良く分からないなりに、彼らの話を聞いている限り、本来の使い方はできないものの、存在自体も貴重なのだろう。控えめなプランシーが食い入るように見入っているのが、とても意外だが。確かに、人間界では滅多にお目にかかれるものじゃないよなぁ。
「そんなに気に入ったんなら、買って帰ったらどう? たまにはいいんじゃない?」
「しかし、こちらはきっと相当のお値段だと思いますが……。これから何かと入り用だというのに、個人的な用向きで散財するわけには参りません。こうして黄昏を目にできただけでも、ありがたいと思うべきでしょう」
「そうか? ところで、おばちゃん。因みに、このランプはいくらなの?」
「この店にある品物の中で、3番目に高いお品物ですわ。……お値段はズバリ、銀貨10枚です」
おぉう、そいつは凄いな。普通に使えない品物にしては、随分と強気なお値段だな。俺にはちょっと不思議な色合いをしたランプにしか見えないが、そもそもが魔力遺産だもんな。強気になるのも、当然か。
「なぁ、プランシー。さっきから気になってたんだけど……このガラス、何がそんなに凄いんだ?」
「アンバーグラスはその名の通り、琥珀を特殊技術で加工したガラスなのですが……中でも、霊樹の琥珀を使ったアンバーグラスはトワイライトと呼ばれ、工芸品としても、魔力遺産としても最上級品とされています。そして現在の人間には、その加工技術は継承されていません。本来は非常に脆く、繊細なアンバーグラスのトワイライトが、ここまで完璧な姿で残っているのは、ある種の奇跡です。……銀貨10枚は正直な所、かなり良心的な価格設定ではないかと」
「ほぉ〜……プランシーは随分と詳しいな」
「ホッホッホ。実はとある方から、調度の知識も教えていただきまして。彼の地で非常にお世話になった方のですが……なんでも、怒りん坊の彼のご主人様が貴重なトワイライトのランプを割ってしまったとか。……それで涙を飲んでいらっしゃったのを、こちらを見て思い出しました。ふふふ、今頃どうしていらっしゃるやら」
「そういう事……。プランシーが気に入ったんじゃなくて……ヤーティが気に入りそうだから、そんなに気にしていたんだな」
「えぇ、まぁ」
なるほど? だとしたら……。
「それじゃ、おばちゃん。まずはこれを贈り物用にお願いできる? 俺達もお世話になってるし、いずれお礼もしなければなんて思ってたから。これ、丁度いいかも」
「よろしいので?」
「うん、構わない。羽のお返しもしないといけないだろうし」
ヤーティから貰った羽を殊の外気に入ったルシエルはあの後、ドリームキャッチャーの1番目立つ羽を翡翠色に差し替えて、毎日嬉しそうに眺めている。夜になると仄かな緑色の光を闇に落とすそれは、流石は一廉の上級悪魔の尾羽という事もあって、厳かな安定感で俺達の寝室を照らし続けていた。いつぞやの気遣いといい、もてなしといい。チョコレート1箱程度では、返礼には足りない気がする。
「かしこまりました。では贈り物用に包ませていただきますね。お買い上げ、ありがとうござます」
「うん、よろしく」
「そう言えば……いつぞやにやって来た、お嬢さんの贈り物は旦那様達に届きまして?」
「はい?」
贈り物で何かを思い出したらしい。おばちゃんがそんな事を言い出すが……お嬢さんと従者? 正直なところ、そんな感じの知り合いはそれこそ、人間界にはいないんだけど……はて。一体、誰のことだろう?