9−25 少し火消しに行ってこようかな
ギノ以外の子供達は、大好きなシリーズ物の小説を大量に選んだらしい。ほぼシリーズ全巻を買い占める勢いの冊数さえも、コンタローのポシェットが難なく飲み込んだのを確認して、カフェに行こうという話になったが。
「ところで、ギノは……何の本を選んだんだ?」
「植物学の本ですよ。それと併せて、地質学の本も選んでみました」
「そ、そうか……」
余程、気に入ったのだろう。コンタローのポシェットに預けることもせずに、手元に残してある本の表紙には『ボタニカル・メディエイド・ディクショナリー』とか書かれていて……タイトルを見る限り、完全に学術書だと思われる本をギノが嬉しそうに抱えている。彼がゲルニカから受け継いだのは、魔法の知識やお作法だけではないらしい。この子が何を目指しているのかは、知らないが。彼を追従するように、ものの見事に学者肌になりつつあるギノの行く末が、少し心配になる。
「おやおや、ギノは植物が好きだったんだね。こうして興味があることを勉強できるのは、とてもいいことですね。今度の孤児院では子供達の興味や好奇心を満たす意味でも、本を選ぶのもいいでしょうか」
「そうですね。教育や知識は生きていく中で、大切なことでしょう。子供達には食事や寝床だけではなく、人としてきちんと自立できるように、環境を用意してあげなければいけませんね」
「えぇ、えぇ。その通りです。ただ受け入れるだけでは、本当の意味で助けた事にはなりません。問題は大人になった時、きちんと生きていけるかどうかです。動物の親が子供に餌の捕り方を教えるのと同様に、子供達にも生きていく術を教えなければなりません。私は今度こそ……その場凌ぎの安寧ではない何かを、彼らに残してやりたいのです」
ルシエルとプランシーのやりとりを聞きながら歩いていると、いつものカフェが遠くに見えてくる。前回の顛末から、あまりルシエルを連れて来たくはなかったのだが。しっかりカフェモードに入っているエルノアを前にして、流石の嫁さんもイヤとは言えないのだろう。何より、エルノアとモフモフズに見事に馴染んだルシファーも、カフェ体験に乗り気だし……。しかし、さっきの本屋の後から妙に気がかりなことができたので、少し別行動を取りたいのだが。大丈夫だろうか。
「……ルシエルにプランシー、悪い。ちょっと気になることがあるから、カフェで待っててくれる? ……これ、お代な」
そうして、銀貨3枚を嫁さんに握らせるが。相手が相手だけに、すんなり納得してくれる甘さはない。
「どうした、ハーヴェン? 今回は店中でケーキを作れなんて、言わないぞ?」
「いや、そうじゃなくてだな……少し火消しに行ってこようかな、と」
「火消し、ですか? 何かあったのでしょうか?」
「大したことじゃないんだが……楽しい時間を台無しにされたくなくてな。少し急いだ方がいいだろうし……」
「そうか……。それじゃ、30分! 30分だけ時間をやる! 折角のお買い物に、お前がいないのは何よりもつまらん! だから、絶対30分以内で帰ってこい!」
「う、うん……。妙に嬉しいことを言うようになったな、お前も……」
「べ、別に! とにかく約束を守らないと、許さないんだから!」
「お、おぅ……」
精一杯の照れ隠しとばかりに、頬を膨らませるルシエルに……朗らかに笑うプランシーの様子に安心して、さっき来た道へ踵を返す。
エルノアは何となく「彼」に気づいていそうな気がしないでもないが、「自分には無関係」だと判断したのかもしれない。いや、違うな。多分、ケーキに意識が向いていて、忘れている……が正しいか。
何れにしても、あまり悠長な事を言っていられる状況でもないため、サッサと人気がない路地裏に入ると……壁を駆け上がり、見晴らしのいい屋根の上に出て匂いを手繰る。幸いにも、ターゲットはあまり遠くに移動していないようだが。まさか今日も屋根の上をランニングする羽目になるとは、思いもしなかった。こう立て続けだと、人探しも楽じゃないな。




