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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第1章】傷心天使と氷の悪魔
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1−35 排除の大天使

「あ、あの……どうか、頭を上げていただけないでしょうか……?」

「この度は、私の監督不行き届きで君に多大な迷惑をかけてしまって、本当にすまなかった‼︎」


 部屋に着くなり、まさか大天使に土下座をされるなどとは、露にも予想していなかった。一体、どういう事なのだろう? これはこれで、恐ろしくて仕方がないのだが……。


「オーディエル様、どうか頭を上げてください。そして、事情をご説明いただけませんか?」

「そうよ、オーディエル。ルシエルに状況を説明してくれないかしら?」

「あ……あぁ、そうだな」


 ラミュエル様にもとりなされて、ようやく顔を上げて立ち上がる排除の大天使。その背は高く、肩幅も広い。そして、彼女の腕はしなやかな筋肉をしっかりと纏っていた。


「……リヴィエルからの報告を受けて、私も初めて知ったのだが……何でも、私がハーヴェン様の粛清を命じた事になっていたらしいな……」

「ハ、ハーヴェン……様⁇」


 しかし……屈強な大天使様のお口から、あからさまに変な呼び名が飛び出したのに、ますます訳が分からなくなる。大天使がハーヴェンに様付け? どういう事だ? そうして、置いてけぼりの頭で混乱している私に……そっとラミュエル様が耳打ちしてくれるが……。


「オーディエルは『愛のロンギヌス』の大ファンなのよ」

「……あぁ、左様ですか……」


 まさか、ここでぽっちゃりの呪いを食らう羽目になるとは、思ってもいなかった。……本当にどうしてくれよう。


「私はラミュエルからの嘆願を受け、アヴィエルにユグドノヤドリギの強制契約を解除し、君への無礼を詫びてこいと言ったのだが。あの愚か者! あらかじめリヴィエルに命じていたラディウス砲の試験に乗じて、君達を襲ったらしい」

「……ということは、あの襲撃はオーディエル様のご命令ではなかったと?」

「そうだ。現に、この部屋の従者の記録にも、きちんと命令内容は残っている。私は一言も、ハーヴェン様を殺してこいとは、言っていない‼︎」

「あの。ハーヴェンでいいと思います、そこは……」

「昨日の出来事はアヴィエルちゃんの独断だったらしいの。それにしても、勇気があるわよね〜。オーディエルの命令に背くなんて」


 一応、ツッコませていただくが。……そこは感心するところではないと思う。


「ところで、アヴィエル様は今どちらに?」

「あいつは今、懲罰房だ。あろうことか同胞に武器を向け、酷いことに殺す必要のない精霊を1体、分解したのだ。罪状を具に調べた上で、罰を与える予定だ」


 そうなると、気になるのはアヴィエルの部下達の処遇だ。上司命令だったとはいえ……実質の攻撃は彼女達が行なっていたわけだし、オーディエル様の性格からしても、不問にはならないだろう。ただ、正々堂々とゲルニカ相手にも立ち回っていたリヴィエルも罰せられるのは、気の毒なのだが……。


「……彼女の部下達の処遇は?」

「アヴィエルの独断だったとは言え、命令を是とした時点で判断力に問題があると判断した。……今後は正しい判断をできるように、私の方で厳しく再教育を施すつもりだ」


 厳しく、の一言に一抹の不安を思えたが。取り巻き達はあまり酷い目に遭わなくて済みそうだ。それでなくとも、ゲルニカの迫力に圧されて泣き出した者もいたことだし……これ以上、怖い思いをさせるのも可哀想だろう。半ばアヴィエルに騙されていた部分もあるし、冷静な判決は偏屈とは言え……流石は大天使と言ったところなのかもしれない。


「とにかく、この度は本当に申し訳ないことをしてしまった。今後はこのようなこともないように、このオーディエルも含めて邁進していくつもりなので、よろしく頼む」

「事情はよく分かりました。……こちらこそ、よろしくお願いいたします」

「……ところで、次回作はいつになるのだろうか?」

「じ、次回作?」


 明らかに方向性が迷子になっているお言葉に、非常に嫌な予感がする。


「いやぁ……私もすっかり、この愛の物語の虜でね。ハーヴェン様の活躍の続きが、早く読みたいものだ」

「次回作の予定はありません」


 そうだ。ここは断固、ビシッと拒否せねば。


「そうなのか? まさか……話題がないということか?」

「いえ、そういうわけではなく……」


 そこまで食い下がられて、私が答えに窮していると……いよいよ、オーディエル様は方向性が迷宮に踏み込んだと思われることを、宣言なさる。


「心配には及ばぬ! 先ほど、リヴィエルに今回の戦いの様子をマディエルに伝えるよう、計らっておいた!」

「はい⁉︎」

「何でも、君達は強い絆で結ばれた連携魔法を発動したらしいではないか! まさしく、愛だな!」

「いえ、それは……!」

「大丈夫だ。リヴィエルは記憶力がいい。君達の発言や振る舞いも、詳細に伝えてくれることだろう‼︎」

「……心配しているのは、そこではありません」


 もう……何も言えなかった。それでなくとも……あの時は熱くなっていたこともあり、冷静に考えれば色々と恥ずかしいことをしていた気がする。……ハーヴェンの「ツレ発言」もあった気がするし、何より……ドサクサに紛れて抱き上げられたような気が……するのだが。


「まぁ、素敵‼︎ それは楽しみね、オーディエル!」

「あぁ! お前には、この素晴らしい物語に引き合わせてくれたことを、感謝している。次回作もすぐに回してくれぬか?」

「もちろん、いいわよ。ウフフ。こんなところで趣味が合うなんて、思ってもみなかったわ〜」

「全くだ! これからは、お前とうまくやっていけそうな気がする!」


 仲が悪かった大天使同士が、こんなことでうまくやっていけそうなのは、大変喜ばしいことだが。代償に私の精神が消耗されているのは、気のせいだろうか。この様子だと、ぽっちゃりの呪い第2号が遠からず発動されるのは間違いないだろうが……私はこの先、どんな顔をして神界を歩けばいいのやら……。


***

「ねぇ、知ってる? ラミュエル様の所のルシエルがまた、超大物と契約したらしいわよ?」

「もちろん、知っているわ! 魔力レベル15なんて、初めてじゃない?」


 地下の薄暗い独房の天井部分、一部地上の空気と繋がる鉄格子の向こうから、はしゃいだ声が聞こえる。

 懲罰房があるエリアは神界の中でも最重要警備区域のはずだが、そのエリアを任されている見張りの天使でさえ、浮足立つ出来事があったのだろう。彼女達の浮かれた声に極限の不愉快を感じながらも、罪人の耳は尚も、声を気にせずにはいられない。


「しかも、前哨戦のシーンで愛のロンギヌスの続編が出るらしいわよ!」

「まぁ、本当⁉︎ 私もハーヴェン様みたいな素敵な精霊と契約したい〜」

「聞いた話によると、バハムートも超カッコいいんだって!」


 一斉に羨ましい〜、と甲高く響く黄色い声。一頻り、そんな喧騒が続いたところで……最後の最後に、最も聞きたくない言葉が彼女の耳に届けられる。


「……それにしてもアヴィエルの奴、いい気味ね」

「そうね。普段から威張り散らしてて、嫌な奴だとは思っていたけど……勘違いもここまでくると、笑うしかないわ」


 轡を嵌められているので声を上げることはおろか、唇を噛みしめる事もできない。手は拘束されていて、自由もない。


 屈辱まみれで神界に戻ったアヴィエルを待っていたのは、大天使の怒りと叱責だった。

 アヴィエルは自分に足りないものは武力だと思っていたが、オーディエルの意図は当然ながら、別のところにあったのだ。アヴィエルには未だに、それが何なのかが分からない。

 契約している精霊は、格下のルシエルが契約しているものに勝てるものは、1体もいない。だから、奪おうとしただけなのに。アヴィエルはそれが悪い事だとは、露にも思っていなかった。

 有限のもの、貴重なもの。それが誰かのものなら、奪えばいい。自分の手に収めることができないものならば……壊せばいい。「排除」とは、そういうものではなかったのか?


(オーディエルの奴、この私を裏切るなんて……!)


 世界の何もかもが、憎い。自分の思い通りにならないもの全てが、憎い。

 一頻りの雑音が過ぎ去ったところで、静寂を取り戻した独房に闇が落ちる。暗い暗い地下の底。慰めてくれる者も寄り添ってくれる者もいない、陽の当たらない暗い底。そんな常闇に溶け込んで……全身を言い得ぬ寒さが襲う。


《取り巻きを連れていないと何もできない羽虫が、何言ってやがんだ》


 そんなことはない! そんなことはないはずだったのだ!

 1人で否定してみても、答えてくれるものも誰もいない……いない、はずだった。しかし、なぜだろう……? この独房の隅にうずくまっている闇が、誘っているように微かな囁きを漏らした気がする。ついに、自分は気が狂れてしまったのだろうか……? アヴィエルには、独房に同居する闇が……自分に笑いかけているように見えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 拝読しながら、 これはどういうことかな? なにか引っかかるな と、感じたもののほとんどに解を得られて、第一章を読み終えることができました。 ルシエルのラミュエルへの不信感や、神界への…
[良い点] ルシエルとハーヴェンの心の動きが丁寧に描かれていてとても良かった。二人とも鈍感ではないところがまた良い。ハーヴェンはカッコイイし、ルシエルの素直じゃないけど素直な性格のさじ加減が絶妙! …
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