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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−21 事故物件とやらを即決する物好き

 プランシーと役所の廊下を進み、「居住課」のプレートが掛かっている部屋に入る。既に数人が順番待ちをしているようだが、用向きで窓口自体が分かれているらしく……受付名簿に名前を書いた後は、意外とすんなり名前を呼び出された。


「こんにちは。えぇと、ハーヴェンさん? でしょうか。こちらは新規転居や物件購入のご相談窓口ですが、本日はどのようなご用件ですか?」

「この街に孤児院を開設したいんだ。それで、孤児院に使えそうな居抜きの物件を探しに来ました」

「それはそれは、素晴らしいことですね! でしたら、大きい物件がいいのでしょうか?」

「えぇ……可能であれば、部屋数は多めに欲しいところです。それと、浴室等もきちんとある建物がいいのですが」

「なるほど……少々お待ちくださいね。いくつか候補になりそうな物件がありますので、間取り図をお持ちします」


 プランシーが具体的な希望を伝えたところで、世話好きな印象のお姉さんが奥に引っ込む。そうして丸メガネをクイと持ち上げながら、3枚程の巻紙を抱えて戻って来た。


「でしたら、オススメできそうなのは、こちらの3件です。特に、この物件は元貴族のお屋敷で内装も綺麗ですよ」

「……いえ。今回は孤児院にする建物を探しています。子供というのは得てして、壁に落書きをするものですから。内装はどちらかというと、気取らないものの方がいいでしょう」

「あぁ、なるほど。……では、こちらはいかがでしょう? 元々は宿泊施設だったようでして……ただ、なんと申しますか」


 彼女の言葉が不意に詰まったので、間取り図を見てみると。酒場だったらしいカウンターと、ステージらしきものが描かれている。受付らしき場所からすぐ奥には大きめの浴室と、明らかに数だけは多い寝室が並んでおり、明らかにこれは……うん。ただの宿泊施設でも、酒場でもなさそうだな……。


「……あぁ。これは宿泊施設というよりかは……その」

「はい……表向きは宿泊施設だった、が正しいと思います。住所的にも路地裏に面しているところといい、各部屋に浴室だけはしっかり付いているのといい……ちょっと如何わしい用途の建物だったかと。もちろんとっくに運営自体はしていませんので、内装次第では気にならないと思いますが」

「……子供は意外と、そういう空気には敏感な事があります。もちろん、そちらの教育をするのも大人の役目とは思いますが、それは段階を踏んで話をする必要があるでしょう。でしたら尚のこと、そんな空気を匂わせるような建物は孤児院には不向きですね。それに、浴室は各部屋には必要ないでしょう」

「……ですよね。では、最後の物件ですが……これはあまりオススメしません。と申しますのも……」


 あまりオススメしませんと言われた割には、1番用途にも合いそうな規模と設備が揃っている間取り図が広げられる。部屋が綺麗に区画分けされているのといい、きちんと1階に大きめの浴室が男女別に付いているのといい。3階建らしい建物が3棟もあり、整然とした間取りは子供達をグループ分けするのにも好都合だ。しかし……これは元々、どんな施設だったのだろう?


「これは何の跡地なんですか?」

「え、えぇ……実は元々は病院だったそうで……。割合、築浅の建物のため中も非常に綺麗ですし、お話にあった条件にも合致しているとは思うのですが」

「えぇ、問題なさそうです。部屋数も十分ですし、元病院ならば清潔感のある落ち着いた雰囲気でしょうし」

「そうですね。それだけなら、問題ないのですが。実はこの元病院……出るらしいのです」

「出る?」

「えぇ、出る」

「出るって、何が?」

「所謂、事故物件というやつでして。そのため、非常に破格の上に……手続きだけで、すぐにお譲りはできるのですが。この建物内に夜な夜な子供の幽霊が出るとか、出ないとか……」


 きっと、事故物件のおどろおどろしい雰囲気を上向かせるつもりなのだろう、受付のお姉さんが「ファントムバスターズ!」とか言いながら、十字架を切っておどけてみせる。ファントムバスターズ、か。確か、生前の俺をモデルにしたらしいエクソシストの冒険譚だった気がするが。こんな所で昔の俺絡みで妙な気分にさせられるとは、露にも思わなかった。


「ホッホッホ。それはそれは。では、幽霊さんのお話も是非、聞いてあげなければいけませんね。どんな未練を持って、彷徨っているのやら。……何と痛ましい事でしょう」

「まぁ、その辺はプランシーの十八番ってところか。実はな、この爺さんは神父でな。お祓いやお清めも、できるらしいぞ?」


 プランシーはエクソシストではないため、悪魔祓いはしていない気がするが。本人は既に悪魔なわけだし、その程度の脚色はしても構わないだろう。


「えぇ、そうですね。……ただ、できればお祓いではなく、きちんとお話を聞いて、咎を落としてあげられればいいのですが」

「な、なるほど! では、あなた様がたにとって、打って付けということですね! 早速、ご案内しましょうか? 因みに、この元病院はグリーン・ストリートから少し入った、居住区の合間に位置しています。ここからそこまで遠くないですし、それにまだ昼ですし。いかがです?」

「お願いしたい所だけど……人を待たせていてさ。だからここで手続きもして、自分達で確かめに行くよ。プランシーもそれでいい?」

「えぇ、構いません。資金もお預かりしていますし、こうして巡り会えたのも、何かの縁でしょう。この場でお譲りいただきたいと思います」

「そ、そうですか⁉︎ えぇ? ほ、本当に⁉︎ えっと……少々、お待ちください。契約書とお見積もりの準備をして参ります」


 まさか事故物件とやらを即決する物好きが、この世にいるとは思いもしなかったのだろう。若干飛び上がるように一頻り驚いた後で、お姉さんが病院の間取り図を1枚のみを残し、そそくさと奥に引っ込んだ。

 それにしても……事故物件か。そんなものが本当にあるなんて、思いもしなかったな。

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