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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−14 小さな出来事

 ローヴェルズとルクレスは連合チームで持ち回ることになったらしく、引き継ぎの場には救済部門の上級天使5人とラミュエル様、そして、興味本位でやってきたミシェル様が揃っている。

 ティデルの事を考えると、ラミュエル様には辛い話になりそうだと思っていたが、彼女の方は意外と冷静だ。相変わらずフワフワ加減は抜けないものの、前向きに私の説明を聞いてはきちんとポイントを抑えてくる。伊達に大天使階級にいるわけではないのだろう。……今回はあまり心配しなくても良さそうだ。


「……ということで、ローヴェルズには目立った動きはありません。しかし、先程も申しました通り、塔が観測範囲外としている水面下で活動している可能性は非常に高いと思います。そちらは別途、調和部門の方で計画を練ることにしていますので……皆さんにはまず、ローヴェルズとルクレスにおいて、異常がないかを随時ご確認いただくようお願いいたします」

「重要なポイントになるのが、ボーラという町ですね」

「えぇ、そうです。……ただ、この周辺は高山地帯である上に、瘴気濃度もそれなりの数値が測定されています。空気が薄い中でこの濃度となると……天使がこの場所で活動するのは、ほぼ不可能と言っていいでしょう」


 かつての故郷があった「ボーラ」はとてもではないが、天使はおろか、人間も住めない場所であることは間違いない。ただし、それはあくまで地上部分のみ。……地下はどうなっているのか、分からないのが現状だ。


「そこで、悪魔達の協力を得ようって事だったよね? あぁ、ボクもちょっと作戦に参加したいな〜」

「作戦には相当の戦力を用意しなければならないと思われますので、他部門の大天使に協力を仰ぐこともあるかと思われます。その際はご助力をお願いいたします」

「あ、なるほど。ボクも悪魔達との交流に期待してもいいって事? だったら、それはそれで楽しみだなぁ」

「交流に関して、私は関知しません。……ご本人様の自己責任でお願いします」

「えぇ⁉︎ そうなるの? ルシエル〜、ちょっとくらい便宜を図ってくれてもいいじゃーん」


 相変わらずの調子で、出会いに重点を置くミシェル様を尻目に、彼女を少々放置しながら話を進めるが。その場にいるのが流石に、ネデルを含む上級天使の中でも切れ者揃いとあって、ミシェル様が茶々を入れてくる以外は話もスムーズに片がつく。後は……コンラッドのお願い事を、担当者が揃っているこの場で相談してみるのもいいかもしれない。


「順調に話は進んでいるようだな。……どうだ、ルシエル。そろそろ終わりそうか?」

「……マナツリーとのお話は済んだようですね。こちらも粗方の概要は説明いたしましたので、問題ないかと思います。ただ……私から相談とお願いを兼ねて、お話したい事があるのですが。良いでしょうか?」


 いつの間にか同室に居合わせていたルシフェル様に声をかけられて、最後のお願いについて打診してみる。恐らく、もう1つの鍵となるコンラッドの相談事なので、却下はされないだろうが。話し合いの結果、色々と制約は出てくるかもしれない。


「うむ? 構わんぞ。ここで言い出すということは、作戦にも関係のあることなのだろう?」

「えぇ。……実はカイムグラントが、カーヴェラで孤児院を再開したいと申していまして。担当区域外の街に彼を住まわせても良いものかも含めて……一存で決めかねましたので、彼からの相談を持ち出してみたのですが……」

「プランシーちゃんは元々、タルルトで孤児達の面倒を見ていたのよね。……そう。悪魔になっても、子供達の事が気になるのね……」


 コンラッドの名前を出した途端、少し悲しそうに仰るラミュエル様。コンラッドのお願いを叶えるには、彼女の承認が何よりも必要なのだが。この様子だと、前向きに検討してくれるだろうか。


「しかし、カイムグラントは憤怒の悪魔と聞きます。暴走した場合は性質上、ハーヴェン様の比ではないのでは?」


 しかし、私としては非常に都合が悪いことを、ラミュエル様の代わりにネデルが抑えてくる。彼女の指摘は至極当然であり、仕方のないことだろうが……この場合、不安要素を埋める安心材料を私自身は準備できていない。解決策もないまま、コンラッドにもよく言い含めるしかないのだが……仕方ない。先日から頼りっぱなしで悔しいが、今回も旦那の案に乗っかるとするか。


「そちらに関しては、ハーヴェンとも相談済みです。コンラッドは私と全幅の契約をしている以上、余程のことがあれば、強制契約に切り替えた上で活動を停止させることも可能は可能です。……しかし、彼の望みは記憶を引き出すトリガーにもなるだろう事が想定できるため、あくまで強制契約は最終手段でもあります。そこで、ハーヴェンの方で以前と同じように、“差し入れ”の合間に様子をそれとなく見てもらう事にしました。ハーヴェンの直接的な定期確認と、私の間接的な常態監視の二重体制で管理をしたいと考えています」

「なる、ほど……ルシエル様がそこまで仰るのであれば、私としましては異存はありません。それに何かあった時のために私達にも話をして下さっているのでしょうし、最悪の事態にならないように……こちら側も努めなければいけませんね」

「そうよ〜。そもそも、プランシーちゃんをそこまで追い詰めたのは、私達にも責任があるのだし……。私も是非、プランシーちゃんのお願いは叶えてあげたいわ。こちらでできる事があったら、惜しげなくバックアップしますから、遠慮なく言ってちょうだいね」


 ネデルを納得させたところで、ラミュエル様が快諾してくださるのに胸を撫で下ろす。どうやら……コンラッドに朗報を持ち帰る事ができそうだ。


「ありがとうございます。ハーヴェンやコンラッドとも話をし、所在地等、具体的な話が決まりましたら、お知らせいたします。皆様の惜しみないご助力とご協力を……切にお願いしたい所存です。よろしくお願いいたします」


 ついで、という訳ではないが……こうして必要な話をできて、一安心と言ったところか。実現にはそれなりに準備や段取りも必要だろうが、その辺りは彼らと相談して順番に決めればいい事だろう。何より、孤児院を作る事でコンラッドは元より……多くの子供達の拠り所になるのであれば、決して悪いことではない。場所が必要以上に賑やかなカーヴェラという部分に少々、不安が残るが。それこそ、今から心配しても仕方のないことだろう。


***

「そうか。お前は優しくしてもらえたのか。故に、対象を取り込んでこなかったと。……フフ。そう落胆するでない。お前がそうして戻ってきたのが、私にはとても……嬉しく思える」


 どこまでも真っ白な空間に、真っ黒な怪物が2匹。片方は言葉を紡ぐことすらできないらしい、柔和な言葉に返事をする事もなく、ただただ声もなく泣き続ける。その様子に、大きな方の黒い怪物が諭すように……辛うじて形を留めている怪物に言葉をかける。表情こそ、窺い知ることはできないが。掠れた声色はとても穏やかなものだった。


「それでいい。優しくされたなら、相手にも優しくしてやりたくなるのは、当然の道理ぞ。我が身からこぼれ落ちたお前達に……何も分からないまま苦痛の中にいるお前達に、僅かな安寧すら与えてやれなくて、本当にすまない。私もこの身故、これから先も続くであろう苦痛から、お前達を掬い上げる事すらできぬ。……だけど、辛うじて導くことはできるだろう。誰かに優しくされた事は、きちんと覚えておけ。誰かを苦しめる事を厭う感情を、決して忘れるな。支配者の意図を是とするのを、常に疑うのだ。……泣くな、我が分身よ。お前のした事は間違っておらぬ。優しさに優しさで返すのは……至極、正しい事なのだから」


 縋るように自分に顔を向ける小さな怪物に、おそらく瞳だろう……緑の光を細めて、寄り添う大きな怪物。そうして自分の存在を肯定された安心感を抱きながら、小さな怪物は大きな怪物の中へ吸い込まれていく。残滓を取り込んでなお、虚空を見上げる大きな怪物は……戻ってきた「分身」に優しくしてくれた相手に思いを馳せる。そして……その小さな出来事が何よりも大きな意義を持つ事を、「彼女」は誰よりも理解していた。

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