9−8 血筋だけのボンクラ
「頼も〜!」
「……おや、お客さんかな?」
父さま達が少し苦しそうに笑っている矢先に、今度は誰かの呼ぶ声がする。突然の来訪に、父さまが出迎えに行くけれど……一方で、お客様の声を合図にするように、アウロラちゃんのマドレーヌをつまんでいた手がピタリと止まっている。
「アウロラちゃん、どうしたの」
「今の声、まさか……」
「アウロラちゃんの知っている人?」
「……じゃない事を祈る」
「アウロラの嬢さん、どうしました? 顔、真っ青ですぜ?」
「う、うん……大丈夫。今、私には猫さんのモフモフがある。きっと……大丈夫」
何がどう大丈夫なのかは、分からないけど……。アウロラちゃんが怖い顔をし始めたものだから、声の主が気になって仕方ない。一体、誰が来たんだろう?
「ここにいたか、アウロラ! どうして、お前は私が帰ってくる時にトト様の城にいないんだ⁉︎」
「兄上、しつこい。私、四六時中兄上に付き纏われるの、疲れる」
「な、何を言っているんだ、アウロラ! 今日はお前が喜ぶだろうと、色々と珍しい品を持ち帰って来たのに……」
「それ、後で受け取る。別に直接じゃなくても、問題ない」
えぇと……この人はアウロラちゃんのお兄さん、なのかな?
「えっと……アウロラちゃん。どうしてそんなに、お兄さんを毛嫌いするの?」
「兄上、血筋だけのボンクラ。トト様と同じヤトノカミなのに、中級魔法すら使えない。……ここまで情けないと、妹として恥ずかしい」
「何も、そこまで言わなくても……」
アウロラちゃんからすれば、お兄さんが情けなく映るみたいだけど……。でも、どことなくラヴァクールさんに似ているし、そんな事はないんじゃ……?
「そのために修行をしているのだろう? こうして、方々旅をして……」
「修行と放蕩、意味違う。兄上、トト様の権威を振りかざして好き放題してるだけ。……それが分からないほど、私、甘くない」
「えっと、アウロラちゃん。その根拠は……?」
「根拠、これから見せる。ところで、ゲルニカ様」
「うん? 何かな?」
「はい。先日、ゲルニカ様から魔法の指南書がトト様に送られていたかと思いますが」
「あぁ、その事か。そうだね。元はと言えば、エトルタ君の魔法の鍛錬のために用意していたものだったし……ラヴァクール様にもきちんと納めたけど……。それがどうしたのかな?」
アウロラちゃんの突然の質問にも、穏やかに答える父さま。話の向きが妙に変わった気がするけれど……アウロラちゃんはどうするつもりなんだろう。
「……では、兄上。魔法書の存在は知ってる、当然ですね?」
「あ、当たり前だ!」
「……その初級編の中で、水属性魔法の最初の項目に書かれている魔法名は?」
あれ? 確か、この間の指南書に初級編はなかった気がするけど……。もしかして、ラヴァクール様の所には初級編もあったりするんだろうか?
「……アイスニードル! 当然だろう!」
「それが兄上の答えですか? ……本当に情けない」
「な、何がだ⁉︎ 水の基礎魔法が最初の項目にあるのは、当然だろう⁉︎」
「……ゲルニカ様、正解を」
「あ、あぁ……」
この様子は、もしかして……。
「父さま……その指南書って、僕達が頂いたものと同じですか?」
「……その通りなのだが……」
「あい? でしたら、指南書は中級編からしかなかったでヤンす。初級編もあるんでヤンしょか?」
「あっ。そう言えば、そうでしたね」
「つまり、この青い坊っちゃまは初級編から勉強している、って事ですかい?」
いや、違うと思う。これはきっと……。
「すまない、そうじゃないんだ……。この間編纂した指南書に、初級編は存在しない。だから、この場合は……初級魔法の指南書と言われた時点で、そんな書物はない、が正解なんだよ……」
父さまがどこかバツが悪そうに、呟くと……妙に静まり返る、応接間の空気が痛い。
「ア、アウロラ! 事もあろうに、この兄を騙すなんて!」
「……兄上、魔法書の存在知ってる、嘘ついてる。その時点で、修行しているも嘘。……そんなんだから、トト様が悩みに悩んで、ゲルニカ様に魔法書の作成を依頼してた。でも、それすらも手に取らずに遊びまわってる。……同じ兄妹を名乗られる、とっても迷惑。それに私は今日、ギノ様に会いに来てる。邪魔しないで欲しい」
「ウググ……そう言えば、そのギノとやらはとトト様とカカ様も気に入っておいでだったが……! どこのどいつだ、それは⁉︎」
どこのどいつだと、言われましても。さっきから、ここにいますけど……。
「えっと、自己紹介が遅くなってすみません。僕がギノです……。初めまして……」
「あ、初めまして。私はエトルタと言います……じゃ、なくて! ふん! なんだ。見れば、まだ随分と子供じゃないか? どうせ、魔法も碌に使えないんだろ?」
「あ、その……」
ここは僕も魔法は使えないことにしておいた方が、丸く収まるかな……。
「そんな事、ないもん! ギノは、さいきょ魔法使えるもん!」
でも、僕が悩んでいる間にエルがちょっぴりプンプンしながら、エトルタ様に答える。あぁぁ……ここでそれは言わないでほしかったなぁ。しかも、妙に間違っているし。
「……だからエル、最上位魔法だよ……」
「違うの? でも、1番強い魔法だよね、それ」
「うん、一応……。ただ、僕はもう片方のハーベストフィールドは使えないし……。使える魔法の方だって、連発できないし……」
とりあえず、上手く使いこなせないアピールをすれば間に合うかな。これ以上はエトルタ様を追い詰めない方が……。
「あい? 坊ちゃんは確か、地属性の上位魔法は全部使えてましたよね?」
「しかも闇属性の魔法に加えて、回復魔法までビシッと使えますぜ?」
「あ、みんな。今はそれ、内緒にしておいて……!」
「どうしてです? 折角ですから、こちらの兄上様にも坊ちゃんが一緒にお稽古付けてあげたら、よろしいのでは?」
「そう言うハンナは……たまにものすごく、意地悪になるよね?」
「あら、そんなことありませんよ?」
そこまでモフモフ3人組が畳み掛けると、きっと相当に悔しいんだろう。アウロラちゃんのお兄さんが顔を真っ赤にして、僕を睨んでいる。……どうしよう。僕、とっても居た堪れないよ……!
「まぁ、ギノは元々物覚えもいい上に、勘も鋭いみたいだからな。他の子より、色々と器用にできちまうもんなんだろう」
「ホッホッホ。ギノは魔法の勉強も頑張ったんだね……そうか。私も今度、教えてもらおうかな?」
どこか他人事のように、ハーヴェンさんと神父様がそんなことを言うけれど……。僕自身は普通に頑張っていただけで、環境の方が恵まれていたというか……。
「あ、それはちょっと違うと思います……。僕は身近にハーヴェンさんとか父さまとか……気軽に魔法を教えてくれる人がいただけで……。そこまで、特別な事はしていないと思います……」
「でも、兄上も一緒。その気になれば、トト様が魔法を教える。それにカカ様も、かなり魔法使える」
「そうなんだ?」
「カカ様、私と同じ、サンダードラゴンという中級の竜族。トト様に比べれば劣るかもしれないけど、基礎はしっかり持ってる。……兄上に魔法を教えるくらいのことはできる」
アウロラちゃんは随分、お兄さんに厳しいなぁ。これは何を言っても、無駄な気がしてきた。
「昔から、いい加減で遊びまわってる。そろそろ三度目の脱皮だというのに、未だに中級魔法も使えない。ゆくゆくはエレメントマスターとして、トト様の跡を継がないといけないのに。自覚がない時点で、論外。しかもいつも、馴れ馴れしく私に付き纏う。……それも私を気にしているのではなく、相手を気にしての事」
「どういう事?」
「兄上、自分で頑張る気がない。だから、将来は私の婿様にぶら下がるつもりでいる。……私は自分の婿様にそんな苦労は掛けたくない。だから、ここで兄上をしっかり拒絶する」
「そ、そんなことはないぞ! アウロラ、一体、何を言っているんだ……」
「お兄さん、嘘ついてる……アウロラが真剣に悩んでいるのに、可哀想……」
「は⁉︎ 何だと、この小娘が! 大体、偉そうにお前はなんなんだ!」
きちんとお兄さんの気持ちを読み取ったんだろう。ポツンと呟くエルに、噛み付くエトルタ様。……ってことは、アウロラちゃんが言っていることの方が正しいんだ。……それはちょっと、あんまりかな……。
「……兄上、口の利き方、気をつける。こちらはエルノア様。ゲルニカ様とテュカチア様の娘御にして、女王殿下の孫。……多分、将来のドラゴンプリエステスになると思われる。エルノア様、女王殿下と同じ相手の気持ちを読み取る能力ある。兄上の嘘、ここでは通用しない」
「……⁉︎」
「えぇと……。エトルタ君、どうだろう……。よければ、喧嘩はそのくらいにして、一緒にお茶でも……」
アウロラちゃんに言葉のトドメを刺されて……顔が引きつる、エトルタ様。そんなエトルタ様を慰めようと、父さまがお茶を勧めるけれど……多分、それどころじゃない気がする。
「ゔ……きょ、今日はこれでお暇します……。ゲルニカ様、急に押しかけて、失礼いたしました……」
「え、あ……あぁ、別にこちらは気にしていないから……。また何かあれば、お越しください。ラヴァクール様にも、お祝いの品をありがとうございましたと、伝えてくださると助かります」
「は、はぃ……」
スゴスゴと部屋から出て行く、エトルタ様の打ち拉がれた背中が妙に悲しげだ。
(なんだか、変にやり込めちゃったし……。大丈夫かなぁ……)
それにしても、アウロラちゃんはお兄さんと会いたくなくて、ここに来ていたんだ……。僕には兄弟はいないけれど。お兄さんって、みんなこんな感じなのかな。




