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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−5 罰が必要だと思わないの?

 ルシフェル様のご一喝で、まとめて放り出された渡り廊下。その道中で沈みに沈んだ表情のオーディエル様だが……彼女は相当、サタンのことで気を揉んでいるようだ。


「ルシエル……おかげで助かった。すまない」

「いいえ、お気になさらず。私も同じ立場だったら悩むでしょうし、ルシフェル様にはこのテの悩みは理解できないのでしょう。ですが、次からは注意してくださいね。本当に取り上げられてしまいますよ」

「うむ、そうだな。にしても、ルシエルはサタン様のことをハーヴェン様から、何か聞いておらぬか?」


 ここでこの質問が飛んでくるとなると……オーディエル様の恋煩いも重症だと思う。


「いいえ? 先日の会合で殊の外、紳士的に挨拶してきたは良かったが……その後、ヤーティ様のお怒りを買ったとかで。かなり厳しいお説教を食らう羽目になったみたいだ、とは聞いていましたが」

「そのようだな……ヤーティ様に手帳を取り上げられたのを、ようやく取り戻したらしいのだが、お仕置きは継続中らしくてな。毎日涙を流されているそうなのだ……。あぁ、今すぐ慰めて差し上げに参上したい!」

「そういう事でしたか……」


 サタンの苦境というのはお説教継続中、という内容だったらしい。それにしても……真祖さえも泣かせるお説教って、どんなものなのだろう……?


「にしても、さっすがルシエル〜! ちゃーんと話のネタを用意してきてくれてて、助かったよ。ボク、あの場で意見を求めらても答えるなんて、無理だったし」

「そうね。私も話を聞いているだけになっちゃったけど……それで済んだのですから、ルシエルに感謝しないと〜。それと……ウフフ。ここからは私の領分だし、頑張らなきゃ〜」

「うん! そうだよね! 今からマディエルに話を付けに行くんでしょ?」

「もちろんよ〜。こういうものは、早いに越したことはないわ。早速、お願いしないと!」

「あ……その辺はお手柔らかに願います……。あまりリッテルの負担になるようなことは……」


 勢いで妙な内容の小説にならないといいのだが。

 耐性を受け取っているという時点で、リッテルはマモンとかなり深い関係になっていることは間違いないだろう。その行為が魔界で長期間過ごす場合は必須とは言え、屈折して内容が伝播した場合に、どのような反応を天使達が示すのかは未知数だ。

 私の時は物語の前座も十分にあったため、ある程度緩慢に受け取られた部分があったが……リッテルの場合はあまりに性急というか。どんな仕上がりになるのかは、一種の賭けなのだろう。何れにしても、リッテルは謹慎後は私の部下になるのだろうし、その辺にも気を向けておいた方がいいか。

 ここにきて、また仕事が増えた気がするが……。それは今更、気にしても仕方ない事なのかもしれない。また帰りが遅くなる日が続きそうだな……。


***

 師匠にいくら言い含められても、やっぱり昨日の光景を納得するのは難しい。あれだけのミスをしたのに、自分で戻ってきたってだけで……既に歓迎ムードなのはどう考えても、あり得ない。なんで、みんな……あんなに優しくできるんだろう。どうして、みんな……あんなにすんなり納得できるんだろう。


(……師匠は忙しそうだし、お仕事も思ってたより面白くないし……。何だかつまんないなぁ……)


 憧れのルクレスは異常なまでに平穏で、昨日大きな魔力反応があったりしても、それは札付き……師匠の旦那様ご一行だったことに気づいて落胆した。

 確かに、ハーヴェン様は格好いい。あの師匠の旦那様という事もあって、きっとハイスペックなんだと思う。でも、なんか違う。昨日の穏やかなお買い物の光景には、心底ガッカリさせられた。私的にはもっと、こう……色々とイザコザというか。切った張ったを期待していたのに。どうして、あんなに平和な日常に疑問を持たないで済むんだろう。

 それこそ、自分が痛い目にあっても、マモンとの一戦はこれ以上ない程、気分が奮い立つのを感じていた。目の前で繰り広げられる、激しい技のぶつかり合い。そして、圧倒的な実力を誇る悪魔との遭遇。こちらが不利な展開だったとしても、興奮で……痛みさえも忘れていたのを思い出しては、身震いしちゃう。やっぱり悪魔と言うからには、凶暴な方が私としては好みだ。……それなのに……。


(それが、あんなに大人しくなっちゃって。それもリッテルのせいなのかな? 大体さ、なんなの? ちょっと美人なだけで魔界でいい思いをして帰ってきた上に……死ぬような罰を与えるのはなし、ですって? 超ムカつく!)


 あまりに呆気なさすぎて、とってもつまらない。屈辱的な罰を与えて、それでみんなから唾をかけられて、最後には徹底的に痛めつけられて……その上で死んじゃいました、だったら最高に面白かったのに。そんな事を考えながら、精霊帳のアップデートを待っていると……背後から楽しそうな声が聞こえてくるので、つい耳を攲てる。


「ねぇ、聞いた? 正式な話は明日らしいんだけど……」

「何? 何かあったの?」

「とうとう、ルシエル様が調和の大天使になられるそうよ。それで、リッテルの件は調査書を兼ねた小説が刊行されるんですって!」

「小説って……もしかして、マモン様との愛の物語ってことかしら?」

「そうみたい! そんな話を聞かされたら、今から待ちきれないわ」

「あぁ〜、いいなぁ……。一体、向こうでどんな景色を見てきたのかしら。リッテルに今度、話を聞くのもいいかも……」


 なんなの、それ。しかも師匠が救済部門の所属じゃなくなったら、気軽に話を聞けなくなるじゃない。

 アヴィエルの後ろからいつも見ていたけど、師匠はたくさんの嫌味にも耐えて……それを跳ね返して、今の地位を築いたんだ。正直、あの睨み返すような真っ直ぐな瞳を見た時は心底、悔しかった。同じ下級天使なのに、どうしていつも堂々と毅然としていられるのか、不思議でならなかった。……そして、その姿が最高に格好よかったのを、未だに覚えている。

 しばらくそんな事を考えていると、エラーもなく精霊帳が手元に戻ってくる。置いてけぼりの私の精霊帳は相変わらず、巻末のページは白紙のままだ。以前は他の精霊界に出向いて契約をお願いする事もあったけど、素気無く断られることが多くて。私が下級天使だったからだと考えていたけど……どうも、そうじゃない気がする。

 そうして白紙のページをぼんやり見つめていると、背後の集団が大きくなっているのに気づく。彼女達の話題はリッテルの話から逸れていないみたいだったけど、内容が悪口ではなく例の小説の話……しかも妙に友好的……に傾いているのに、改めてガッカリする。


「ねぇ。みんなは……リッテルに罰が必要だと思わないの?」

「え? そりゃある程度、必要でしょうけど。でも、それは天使長様達の決定次第でしょうし」

「それにリッテルが死んじゃうと、マモン様がお怒りになるんでしたっけ? できれば是非、お友達を紹介してほしい〜」

「そうよね〜。リッテルと仲良くしておけば、チャンスが巡ってくるかもしれないわよね」


 そこまで話をして、チャンスの可能性とやらで盛り上がる天使の集団。見れば、中級天使の集まりみたいだけど……そのせいか、こちらを妙に見下している感じがするのが、またムカつく。


「でもさ、あれだけの事をしたんだよ? どうして、そんな風に許せちゃうの?」

「アハハ、何をムキになっているのよ、あなたは。考えてもみなさいよ。ここでリッテルを攻撃するより、仲良くした方が圧倒的に旨味が大きいじゃない」

「言えてる! ちょっと悔しいけど、上辺だけでも仲良くするに越した事ないわよね」

「……みんな結構、打算的なんだ……」

「とにかく、罰を与える、与えないは私達には関係ないわ。そもそも発言権もないんだもの。上層部の決定に従うより、他ないでしょ? 特にルシフェル様に反抗したら、何されるか分からないし」

「あぁ〜、そうよね〜。怖いもんね、ルシフェル様」


 結局、望んでいる答えが出てこないみたいなので……ルシフェル様の話で盛り上がり始めた一団を尻目にエントランスに出れば、向こうから師匠もこちらに向かってくるのが見えた。師匠にお話を聞きたい。でも、既に何人かが師匠を囲んでいて、師匠の方も律儀に返事をしている。私がいくら見つめても、こちらに気づいてくれさえしないのが、とっても悔しい。師匠は私だけの師匠だもん。私だけの……。


「ティデル? ティデル、どうしたの? こんなところで」

「あ……」


 こちらに気づいてくれないと思っていた師匠が、いつの間にか目の前に立っている。綺麗なブルーの瞳に、お洒落なお洋服を着ていて……出で立ちも含めて、とっても羨ましい。


「どうしたの? ……少し、元気がないみたいだけど」

「あのぅ……」

「うん?」

「師匠、救済部門じゃなくなるって、本当ですか?」

「正式なお話はこれからだったんだけど……。ミシェル様とラミュエル様があの調子だったからね。ティデルも知っていたんだ?」

「はい……あの、もうお話聞けなくなっちゃうんですか? 質問しに行けなくなるんでしょうか?」

「そんな事ないよ。部門替えとはいえ、今の任務を放り出すわけにもいかないし、しばらくは救済部門も兼任するつもりだから。遠慮はしなくていいよ」

「本当?」

「うん、本当。ただ、忙しくて……相手ができないことがあったら、ごめんね」

「あっ、それは仕方ないですッ!」

「気を遣わせてすまないけど、何かあったらできるだけ答えるよ。お話するだけでも、楽になることもきっとあるだろうから」

「は、はいっ‼︎」


 そうして柔らかく微笑むと、また人集りに囲まれて……忙しそうな様子に戻る師匠。本当はすぐに話したいことがあったんだけど、今は遠慮した方が良さそうだな……。


(それに、話を聞いてもらえるのは変わらないし……でも、つまらないなぁ。……あ、そうだ。だったら、私だけでも……ちょっと罰を与えるのはいいよね。少しくらい……)


 期待していた騒動が起こらない。

 期待していた罰執行の瞬間を、見ることができない。

 誰かが死ぬのを、見ることができない。

 なんて退屈で、つまらないんだろう。

 自分でも明らかに「悪い」と認めざるを得ないドス黒い感情を諌めるように何かが煩く頭の中でもがくけど。それすらも不愉快と……あまり考えないように振り切る。

 そうして、自分でもおかしいくらいにボンヤリ歩いていたみたいで、よく分からない空間に出てしまっている事に気づく。あれ……ここ、どこ?

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