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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第1章】傷心天使と氷の悪魔
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1−33 魔禍の原点

「さて……契約も受け入れて頂いたところで、最後にエルノアが人間界に迷い込んだ原因と、竜族の現状を少し話しておきましょう」


 ゆっくりとお茶を一頻り頂いた後に……放り投げられたゲルニカの言葉に、テュカチアが不安そうに押し黙る。どうやら、彼が話そうとしていることはあまりいい内容ではないのだろう。それでも話してくれるということは、エルノアを預かる上で大切なことに違いない。


「……現状、ですか?」

「えぇ。今、我々の頂点に君臨する女王殿下……エスペランザ様の命は尽きようとしています。もちろん、明日明後日の話ではありませんが、あまりいい状態ではないのは事実です」

「……そう言や、竜女帝様はエルノアのお祖母様になるんだっけか? あの子も、そんなことを言っていたな」

「エルノアはそんなことまで話していたのですね。……警戒心や人見知りもさることながら、相手の悪意を読み取ることができるあの子が、一族の事を話すなんて。あなた達には相当の信頼を寄せていたという事でしょう。その能力自体は、エスペランザ様とテュカチアから受け継いだ能力でして。しかし……それがあったせいで、面倒ごとに巻き込まれたようなのです」

「エルノアは周りにいる相手の感情をそれとなく、読み取る力があったようでした。その力のことですか?」


 ゲルニカが私の質問を認めるように、静かに頷く。と、なると……エルノアは間違いなく、ドラゴンプリエステスの孫なのだ。だとしたら、今度は種類の問題が浮かんでくるが……ゲルニカは1つため息をつくと、私の疑問に対する答えも明かしてくれた。


「……ドラゴンプリエステス、通称・竜女帝は特殊な種類でして。もちろん我々も精霊ですから、他の者は生まれた時から種類は決まっています。しかし……ドラゴンプリエステスだけは、その規則性を無視して誕生する、特別な種類なのです。竜界の魔力の源である霊樹・ドラグニールは竜女帝を定める際や、我々と交信する為に大凡300年程の間隔で化身を遣わせてくるのですが……その化身と魔力の交換をすることで、光属性のハイエレメントを手にしたメスのドラゴンがドラゴンプリエステスとなります。竜族は基本的に、メスがハイエレメントを持つことはありません。しかし、ドラゴンプリエステスは例外中の例外として……最も崇高な竜族と定められ、我々の頂点に君臨するのです。その暁に、竜界の魔力の蒸留塔として機能すると同時に、全ての竜族を意のままに従える権威を手にします。しかし、あまりに大きな権威は個人的な感情で振るっていいものではありません。魔力分配の公平性を保つに為にも、竜女帝は相手の苦しみをきちんと理解できる必要があります。故に、竜女帝の座に就くのは特殊な力を持つ者に限られますが……現在、女王殿下以外にその力を持っているのは、エルノアしかいないのです」

「どういう事ですか? だって……今、テュカチア様もその力を持っているって……」

「私が感じ取ることができるのは、喜びや寂しさなどの上澄み……単純なほんの少しの部分なのです。あの子のように、はっきりと悪意や相手の悲しみ、苦しみまで感じ取ることはできません」

「そして、妻の姉君であるフュードレチア様は……悪意しか感じ取ることができないのです」

「……姉は自分こそが次代の竜女帝になると、信じて疑いませんでした。勿論、私にも資格はないので、姉の自負は当然と言えば、当然なのですが……にも関わらず、エルノアは資格をしっかりと備えていました。おそらく、主人の魔力の影響でしょう。そんな姉にとって、資格を備えたあの子は……邪魔者以外の何者でもなかったはずです」


 それ以上の内容を口にするのは、奥方には辛いらしい。彼女の悲しそうな様子を心配そうに見つめた後……ゲルニカが代わりに話を続ける。


「……悪口になってしまい、心苦しいのですが。フュードレチア様は周囲の相手を思いやることはできず……少しでも自分に対する悪意を抱いているものがいると、感情任せに排除してきました。エルノアを人間界に落としたのもおそらく、フュードレチア様でしょう。竜王城には封印された扉があり、その先に罪人の追放に使われていたポータルがあるのです。そして……そのポータルが繋がる先は、時々によって毎回違います」


 なるほど。だから、彼はエルノアを探し出すのに時間がかかったのか。きっとゲルニカは今までそれこそ、必死に娘を探していたのだろう。どの世界に放り出されたか分からない娘を、しかも魔力の安定しない異世界で探し出すのは、並大抵のことではないはずだ。


「でもよ、エルノアはこうも言っていたぜ? 叔母さまもとっても優しいのよ、って」

「確かに、言っていたな。だから、私も叔母さまとやらが跡を継げばよいのでは……と思ったのだが」

「……姉は自分の感情を隠すことができるのです。私も含め、母上にも自分の感情を気取られるのが、嫌だったのでしょう。……だから、あの子は優しい姉しか知らないのです」


 奥方の言葉に、今度はゲルニカが悲しそうに首を振って続ける。


「……エスペランザ様はさぞ苦悩された事でしょう。それでなくとも、現在のエスペランザ様は魔力崩壊の時から大量の魔力を失ったままの状態なのです。自分が生きている間になんとかしたいと思っていらっしゃるでしょうが、ご自身の寿命が近い事もご存知のはず。……もどかしい思いをされているに違いありません」

「……魔力崩壊って、あの?」

「人間界の暦で312年前に起こった、霊樹・ユグドラシルの喪失のことだろう。燃えかすとなったユグドラシルは魔力を生み出すことができなくなり、今も少しずつ枯れている。霊樹からの魔力の受け取り方は様々だが、人間は霊樹から過剰な魔力を吸い上げたせいで……霊樹を失うことになった。しかし、他の世界の出来事である魔力崩壊、竜界には直接影響を出さないと思うが……」

「もちろん、直接の影響はありません。しかし、結果的に女王殿下の力を失わせる理由を作ったのです。……エスペランザ様は当時、ある天使と契約しておりました」

「……」

「どうした、ルシエル?」


 急に黙り込んだ様子を心配するハーヴェンの優しさに、すぐに反応できないほどに私は動揺していた。ひり付くような焦燥、尊敬していた大天使の消失。話の流れが思い出したくない事に繋がる気がして、体の震えが止まらない錯覚に陥る。


「どうやら、ルシエル様はその天使をご存知のようですが……このまま話を続けても、大丈夫でしょうか?」

「え……えぇ、大丈夫です……」


 ゲルニカの気遣いに、やっとの事で答える。その場にいる全員が、私を心配そうに見つめているが……深いため息をつくと、ゲルニカが思い切ったように話し始めた。


「……エスペランザ様のかつての契約主・ハミュエル様は非常に慈悲深く、そして誰よりも気高い天使だったそうです。しかし……その慈悲深さが仇となりました」

「どういう事だ?」

「初め魔力崩壊の原因が分からなかった人間達は、人間界に来ていた1人の精霊が原因だと断定したようです。……悪い事を何1つしていないのにも関わらず、その精霊は邪竜と呼ばれ追われる身となり……謂れなき仕打ちに対する嘆きはあまりに深く、魔力の毒を喰らい命を絶って尚、彼の残滓はいつしか大きな黒い魔物に成り変わっていました。あなた達の言葉で言う魔禍の原点は……そんな彼の成れの果ての姿だったのです」

「……」

「……精霊の名はリンドヴルム、個体名・シェルデン。エスペランザ様の夫であり、ハミュエル様の妹・ラミュエル様が契約していた精霊でした」

「おい、ラミュエルって確か……」

「そうだ。……今の私の上司であり、自らの精霊を見捨てた大天使だ」


 既のところで、吐き捨てる。無論、ラミュエル様は決して悪い人物ではない。そこまでの経緯には、かなりの部分で仕方なかったものがあるのも事実だし、分かっているつもりだ。しかし……私はそれを分かっていても、未だに納得はしていない。


「……なるほど、知っている程度の関わり方ではなかったようですね。……ラミュエル様も手を尽くしたようですが、シェルデン様の嘆きを鎮める事はできませんでした。そうして、ラミュエル様はとうとう……精霊との契約を一方的に解除したのです」


 ……もう、いいだろう。ここまでお膳が出された以上、この先は神界側の私が話すべき内容だ。


「だが、妹の犯した裏切りをハミュエル様にはどうしても許すことができなかった。妹の汚辱を雪ぐため……魔禍と化したシェルデンを救おうと、ある決断をしたんだ。その決断とは……自分の翼一対を禊として彼と一体化し、魂ある限り彼に寄り添い続ける事だった」


 ハーヴェンが殊更心配そうな顔をしているが、今はもうそれすらも構っていられない。……それ程に気づけば、私は溜め込んでいたものを吐き出すように話を続けていた。


「翼を清めの糧として消費すること……それは、天使である事を少しずつ棄てるということ。それでも、ハミュエル様は彼の安寧を望んだが、予想以上に淀みは大きいものだった。そこまでしても魔禍を抑え込む事はできなかったが、尚もハミュエル様は諦められずに……頭を擦り付けるようにして契約していた精霊と、当時の従者にそれぞれ願いを託した。精霊には、特殊魔法を使って魂の寝床を作ることを。そして……従者には自分が持っていた聖槍を託す代わりに、その鋒で自分の命に止めを刺す事を願った」

「エスペランザ様はその願いを聞き届け……自分の魔力と鱗のほとんど全てを消耗し、気高い契約主とかつての夫が安心して眠りにつけるよう、1つの独立した異世界を作り上げました。……創世魔法・デュプリケイトガイア。大量の魔力を必要とするこの魔法は、たった一度の発動だけでも……身重だったエスペランザ様を瀕死に追い込むのに、十分でした。鱗を大量に失う行為は竜族にとって、自殺行為に等しい。竜族の鱗は時間をかければ、多少は再生しますが……再生に必要な魔力を溜めておく鱗そのものを大量に失った場合は、それすらも難しくなってしまう。……辛うじて命を繋いではいますが、エスペランザ様は魔法発動の時からずっと小康状態のまま。そうして生まれた娘……妻は小さく、魔力も十分に行き届いていない状態で生を受けることになりました」

「一方で従者は上司の命に従い、彼女の心臓を聖槍・ロンギヌスで貫いた。……その後、従者は上司を殺した罪で4枚の翼と、契約していた精霊を全て取り上げられたんだ。どんな形であれ、上司殺しは大罪だ。最後まで尊敬していた大天使のした事は間違っていないと信じていたし、それが命を奪う命令であっても……彼女の願いを叶えたかった。ハミュエル様はきっと、自分が自分でなくなるのが、何よりも怖かったのだろう。だから、精霊に魂が感化され完全に闇に落ちる前に自我を失うこと……死を選んだのだと思う。そして、大天使を殺して生き延びてしまった従者は、周りの者が恥さらしと言おうが……自分のした事は正しいと思い込むことで、ようやく自分を保っていた」

「そんなことが……あったのか……」


 ハーヴェンがしみじみと、苦しそうに呟く。それにしても、因果なものだ。気まぐれで助けた少女との縁が……ここまで、自分の過去に繋がっているとは。


「……申し訳ありません。竜界の現状を知っておいてほしくて話したつもりでしたが、ルシエル様の傷を蒸し返す事になるとは思いもしませんでした。不愉快な思いをさせてしまって、本当に……申し訳ございません」

「……いえ、気にしないでください。今のお話でエルノアが竜界の未来にとって、重要な存在だということがよく分かりました」

「そう言って頂けると、助かります。ぬるま湯のような竜界を離れ……人間界で生活するという事はきっと、あの子にとって成長に繋がることも多いでしょうが……苦しみに遭遇することも、等しく多い事と思います。人間界で暮らす、暮らさないに関しては、エルノアの選択次第ではありますが。過保護に任せて束縛するのは、親が真にするべきことではないだろうと、私は考えております」

「……この度は本当にありがとうございました。しばらくこちらで休ませれば、エルノアはじきに元気になるでしょう。あの子の希望にもよりますが……きっと、エルノアはあなた方の所で過ごす事を選ぶと思います。その時は改めて、娘をよろしくお願いいたします」


 そこまで言って、夫婦揃って深々と礼をする。その様子につくづく真面目な夫婦だと、関心せずにはいられなかった。これが親の愛情というものなのだろう。娘の希望を叶えるために私如きに何度も頭を下げ、あまつさえ、娘を見守るために従者となるべく契約まで託してくるのだから。


「さて……長々と時間を取らせてしまって、すみませんでした。あなた達の世界まで、私の翼で送りましょう。……テュカチア、留守を頼むよ」

「えぇ、もちろんですわ。ルシエル様、ハーヴェン様もお気をつけて」

「おう! そのうちエルノアの様子を見にくるから、こちらこそよろしく! 奥さんもお元気で」


 最後はいつもの調子に戻ったハーヴェンが、満面の笑顔で別れを告げる。普段なら、失礼だろうと諫めるところだが……今回ばかりは彼の明るさが、ちょっと嬉しかった。

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