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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第9章】物語の続きは腕の中で
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9−2 恋物語のヒロイン

 気を使ってくれたらしい、他のメンバーが引き上げた後。デザートをいただこうとしていると、いつもながらに私の懸念事項を見抜いては……ハーヴェンだけは、最後まで一緒にいてくれるつもりらしい。どこか嬉しそうに、私の食事の進みを眺めて、予断なくお茶のお代わりも準備してくれるが。この抜け目なさを見せつけられると……彼の気配りには敵わない気がして、情けない。


「さて、と。新しいお茶を淹れてくるな。その様子だと、今日も話があるんだろうし」

「うん……。本当にハーヴェンはそういう所、よく気付くよな……」

「ふっふっふ。これでも、ルシエルの旦那様なんで。という事で、ちょっと待っててな」


 サクサクのパイ生地とカスタードクリームのまろやかな風味に、苺の爽やかな酸味と香り。いつもながらに、きめ細やかな味わいのデザートに合わせて、追加のお茶を淹れてくれると……彼が私の隣に腰掛けてくる。その距離がさっきよりも近くて、なんとなく嬉しい。


「で、何かあった?」

「あ、あぁ……今日、リッテルが帰ってきたんだ」

「そう、だったんだ……。と、いう事は」

「きっと今頃、マモンは1人きりだろうな」


 互いに相当の覚悟をして離れ離れになった彼らのことを考えると、顛末はあまり悲観しなくていいにしても、心が痛む。今頃……彼はどんな思いで過ごしているんだろう。


「……それが原因でマモンが暴れなきゃいいけど」

「どう、なんだろうな……。ただ、ラミュエル様の話を聞く限り……随分大人しくなったみたいだな、マモンも」

「だから、言ったろ? 以前のあいつとは別物だって」

「そうみたいだな。なんでも、リッテルをよろしくお願いします……なんて、ラミュエル様に頭を下げたらしい」

「は? それ、何の冗談?」


 彼が以前とは、「別物」だと言いつつも。流石にマモンが頭を下げるとまでは、思っていなかったのだろう。ハーヴェンがちょっぴり間抜けな声を上げる。


「フフ、それは驚くよな、ハーヴェンも。実際、ルシフェル様もほぼ同じ反応をしていたぞ」

「あっ……何、その言い方。選りに選って、あのルシファーと一緒にするなよなぁ。……まぁ、そんな事は置いといて。しばらく離れ離れなのは変わらないし、後はそちらさんの決定次第なんだろうけど。……リッテルはどうなるんだ?」

「それは恐らく、明日決まるだろう。多分だが……ルシフェル様の筋書き通りだとすれば、暫くの謹慎の後晴れてあちら側にご帰還、となるだろうが。……問題はその期間だろうな」


 よろしくないことに、神界と魔界の時間の経過スピードには結構な差がある。こちらでの謹慎処分はある程度の期間は確保したいが……魔界側の時間経過が早い以上、あまり引き延ばすと、今後の事に支障が出てしまう可能性があるのだ。


「神界の1時間が、現在の魔界で約1日換算で考えても……マモン側からすれば、かなりの期間を引き離す事になる。それに可能な限り、早めに悪魔達の協力を仰ぎたい部分もあるし……謹慎はなるべく、すぐに解いたほうが良いとは思うんだが」


 しかし……あまりに軽い罰では、周囲の不満を抑え込むこともできないだろう。それに、謹慎処分が戒めにならなければ、意味がない。故に、謹慎期間が短過ぎるのも考えものだ。しかも……。


「それでなくても……リッテルはマモンと契約した上に、結婚指輪まで持ち帰ってきたんだ。ルール違反をした挙句に、厚遇で帰ってきたとあっては、彼女への僻みも大きいに違いない。周囲からの嫌がらせもあるだろうし、彼女を守る事も考えてないといけなくて……」

「あぁ、だったら……マディエルに頼んだら、良いんじゃない?」

「は? マディエルに?」


 私の真剣な悩みに、突拍子のない事を呟くハーヴェン。どうして、ここでマディエルが出てくるんだ?


「うん。リッテルとマモンの話も小説仕立てにして、神界の皆さんに読んでもらえば? ほれ、現にルシエルだってあの小説があってから、他の皆さんと仲良くできるようになったんだし。それとなく、リッテルに感情移入できるような筆致で、報告書を出してもらえばいいんじゃないかな」


 確かに……一理ありそうか?


「ペンは剣より強し……うまくいけば、リッテルへの嫌がらせを抑え込める以上に、魔界がどんなところかも、もう少し知ってもらえそうだし」

「な、なるほど! 報告書と称して、リッテルを恋物語のヒロインに仕立てれば……みんなあの調子だし、ある程度は丸く収まるかも!」

「だろ? 折角、腕のいい小説家がいるんだから、こういう時に頼まない手はないって」

「まぁ……あの才能のせいで私は散々、苦労したんだけど……」

「あ……それは今となっては、仕方ないだろ」


 ハーヴェンが私を慰めるように頭を撫でてくれる頃には、すっかりデザートもなくなっている。彼はそうして空になった皿とティーカップを手早く片付けると、当然のように私を抱き上げて……風呂場に連行するつもりらしい。


「……さて。物語の続きはBプランの後で……と参りましょうか?」

「はい……。それで、お願いします……」


 気恥ずかしさに抗いながら、絞り出すように返事をする私を、軽々と抱き上げたまま階段を上がるハーヴェン。今日も帰りが遅くなったけど、こうして少しでも一緒に語らえる時間があるのは、幸せな事なのかもしれない。

 そうだ、今夜も眠る前に色々と話をしよう。ルシフェル様の計画と悪巧みと……そして、これからの事。自分の胸に閊えている何もかもを、きちんと受け止めてくれる相手がいる。それが何よりも幸せなのだと、目を閉じ、彼の温もりを余す事なく感じようと、身を委ねる。その揺らぎは私の疲れも憂いも……全てを包み込んで、溶かしていくようだった。

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