8−45 ここに来て、また4対1
「……刻まれし力を解放せん。我が根源の名に於いて、汝の定めを覆さん! エンチャントエンブレムフォース・ルスト!」
アスモデウスがようやく、真祖の特殊魔法を展開するが。発動と同時に、最下落ちの足元をスッポリと覆う魔法陣から真っ赤な煙が湧いてきたかと思うと、クロ助の身を丸ごと包む。そうして、煙が撤収する頃。真っ黒なだけだった悪魔は、妙に乙女趣味な感じの悪魔になっていた……が、何だろう。色合い的には、真っ黒で良かった気がするんだけど……。
「あぁ〜……色欲の最下級悪魔はインプだもんなぁ。にしても……これまた、随分とファンシーになったな……」
「ふん! 裏切り者を超キュートなインプに直してあげただけでも、感謝しなさいよ⁉︎」
「キュート、ねぇ……」
見れば一般的なインプ……顔と下半身は羊だけど、チンチクリンのくせに胸元だけは妙にセクシーな小悪魔がこちらを見つめている。と、言うか……。
「こいつ、最下落ち前は男……だったんだよな? これ、性転換したことになるのか、もしかして」
「はぁっ、はぁぁ……そうっすよ。最下落ちになってたって事は……そいつは上級悪魔だったってことっすね。だとすると、リリスか……俺と同じインキュバスだったはずなんすよ。で、インプはメスしか居ないもんすから。インキュバスだった場合、それは仕方ないっすね」
「あぁ、そう……」
アスモデウスに遅れて、ライトニングフィールドの束縛から解放されたジェイドが、右耳の根元を抑えながら答える。上級悪魔は傷の治りは遅いと思うが、耳程度であれば、1ヶ月くらいで再生すんだろ。
「で、そのキュートなインプのお名前は?」
「アチシ、名前……ありましぇん……」
俺が何気なく聞いた質問に対して力なく答えると、さも悲しそうに大粒の涙を流し始めるインプ。両手で腰あたりの自分のモコモコを握りしめているのが、これまたか弱い感じを演出していて……妙に同情してやりたくなるから、不思議だ。
「……アスモデウス、こいつの名前は?」
「う、どうしてそこで私に振るのよッ⁉︎」
「こいつの記憶を留めてんのは、お前だけだ。……名前くらい、ちゃんと教えてやれ」
「……ハンスよ。そいつの名前はハンス!」
「妙にいけ好かない名前だな……。やっぱり、完全に男の名前じゃん……」
ハイ、性転換した事が、確定しましたね。……以前の記憶がないから、まだ救いがあるんだろうけど。これ、以前の記憶とか残っていたら、どうなるんだろう……。
「仕方ないでしょ⁉︎ そいつはそういう名前だったんだから!」
確かに……これは仕方ないのかもしれない。インプがメスしかいないのは、アスモデウスが決めた事じゃないし。
「そういうもんか。まぁ、用事も済んだし帰るか。で、ハンスはどうする? お前は色欲の悪魔だ。本来なら、ババアの所にいるのが普通なんだけど」
「……アスモデウスしゃま、怖いでしゅ……」
「あぁ〜、だよなぁ。さっきの顔、完全に鬼婆の形相だったし」
「な、何ですってぇ⁉︎ ちょっと……なんて言ったのよ、マモン!」
「……鬼婆。鬼婆って言ったんだよ、こんのクソババア。いちいち、ギャーギャー煩ぇんだよ。……こいつで舌を切り落とされたくなかったら、少しは大人しくしてろ」
風切り片手に睨み付けると、アスモデウスもさっきの恐怖を思い出したのか、ようやく大人しくなる。……ったく。そこまで言われなくても、弱い奴は弱い奴なりに、しおらしくしてろよ。
「あの……」
「あ?」
「アチシ、マモンしゃまの所に行きたいでしゅ……。一緒にリッテルしゃまのお帰りを待っているでしゅ」
モジモジしながら、リッテルの事は覚えていたらしいハンスが俺を見上げてくる。彼女の様子に、足元に固まっていたグレムリン達も俺を見上げてくるが。ここに来て、また4対1かよ……やれやれ。
「そ。それじゃ、ハンスも俺のところに来るか。あぁ、そうだ。そう言や、リッテルから置き土産があるんだった。後で渡すから、とにかく帰るぞ」
「リッテル様、何をくれたです?」
「おいらの分もありますか?」
「マモン様、待ちきれないです」
「……いいから、今は帰ることだけ考えろ。そもそも……さっきから何で、そんなに馴れ馴れしいんだよ、お前らは」
「マモン様、強いです!」
「マモン様、黄色いですよぅ!」
「マモン様、甘いもの苦手です!」
「……後の2つは俺に懐く理由になるのか、それ。……完全に意味不明だし……」
俺が呆れ気味に言い返すと、これまた元気に手を挙げて返事をするグレムリン共。俺としては、こういう姿をアスモデウスに見咎められたくないので、早く立ち去りたいんだけど。グレムリン共は空気を読まずに、期待一杯のキラキラした瞳で俺を見上げている。あぁ、もう……。
「ハイハイ。待ちきれない悪い子には、この場でリッテルのマフラーを進呈しますよ、っと。……それ巻いたら、トットと帰るぞ」
諦め半分でリッテルから受け取ったマフラーを呼び出して、3人に1本ずつ手渡してやると、一層はしゃいだ甲高い声を上げて、グレムリン達がピンクのそれを首に巻き始める。あとは……。
「ほれ、ハンス。お前の分もあるみたいだから、巻いとけ。俺の家は妙に寒いし、このくらいはあっても良いだろ」
「アチシの分もあるです?」
「らしいな。底抜けにお人好しな天使様は最下落ち相手でも、真剣に考えてくれてたみたいだぞ」
「リッテルしゃまの色……良い匂いがするでしゅ」
最後の1本を手渡してやると、少し目を潤ませてシミジミと言いながら、首にマフラーを巻き始めるハンス。首元のモコモコとマフラーが同じ色なもんだから、馴染みすぎててマフラーが埋もれてるんだけど……まぁ、それはそれで良いか。
「よーし、用事も済んだし帰るぞ。……と、いうことで邪魔して悪かったな。その妙ちくりんな頭で、花探しとやらにせいぜい、精を出すこった」
「ふん! 言われなくても、分かってるしッ! さっさと行きなさいよ! もぅ! お前のせいで、もう1度着替えないといけないじゃないッ⁉︎」
「お前が真祖のクセに雑魚すぎるから、いけないんだろーが。毎度毎度、人のせいにするのも、いい加減にしろよな」
そう吐き捨てる様に言ったところで、今度は一斉にグレムリン共とハンスが飛びついてくる。そうして4人で好き勝手に、俺にピタリとくっ付くが……すごく動きづらいんだけど、コレ。
「ダァ〜ッ‼︎ お前ら、ちょっと離れろ! 歩けねぇだろーが!」
「嫌です!」
「抱っこ!」
「おんぶ!」
「肩車でしゅ!」
「……チッ。結局、お前ら……全然、言うこと聞かないのな……。仕方ない……このまま飛んで帰るか……」
もう何もかもを諦めて、出来立てホヤホヤのお勝手口から帰り道に飛び立つ。当然ながら、いつもより体が重いんだけど……。だけど、その重みは何となく1人きりじゃないことの証明にも思えて、不思議と怒る気にもならない。こうして配下にべったりくっつかれるのも……たまにはいいか。




