表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第8章】悪魔の概念
318/1100

8−39 どうしても覆せない現実

 浅い眠りから目覚めて、瞼を開けると……上半分が異様に黒い。しかし、その黒は何かが視界を塞いでいるものらしき事に気付くと、まだ少し定まらない意識の中で手を伸ばしてみる。ウゥ〜ん……これ、何だろう?


(柔らかい……。えぇと、この感触どこかで……)


 そこまで思い出し、正体が判明して慌てて手を離す。いや、待て待て待て! 何で……「これ」がこんな所にあるんだ⁉︎


「……目、覚めた?」

「あ、あぁ……。えぇと……」


 クスクスと上から降って来る、どことなく嬉しそうな声。自分の頭も柔らかな何かに預けられている事にも気付いて、ようやく起き上がる。膝枕なんて初めてなものだから……ちょっとドギマギしてしまいつつも、かなり嬉しい。


「……ここがよく分かったな?」


 何かを取り繕うように、ちょっと不機嫌に応じれば。すぐさま、寂しそうな顔をするリッテル。もしかして、何も言わずに出たのが、悪かったのだろうか。思いの外、心配させちまったか……?


「ベルゼブブ様に聞きました。……あなたが考え事をする時は多分、ここだろうって」


 しかも、リッテルはこの場所をベルゼブブに聞き出してまで、やってきたらしい。それはそれで、驚きだが……それ以前に、何をベルゼブブは軽々しく暴露してるんだよ。……頭を冷やしたら、すぐに戻るつもりだったのに。


「あんのハエ男……! ったく、いちいちお喋りなんだから……!」

「……ごめんなさい……」

「それ、何に対するごめんなさい、なんだ? ここに来たことか? それとも、ベルゼブブからこの場所を聞き出したことか?」

「違うわ。今まで私のワガママで、あなたを傷つけていたこと……。色々と無理を言って、あなたを苦しめてた事に対して……申し訳ない事をしてしまっていたのだと……」

「別にそんな風に思っちゃいないよ。嫌だったらハッキリ言うし、苦しかったら我慢しないし。……別にお前が申し訳なく思うことなんか、何1つない」


 確かに、色々と傷ついてはいたけど。でも、それはリッテルのせいだけではないし、むしろ……俺自身の問題だろう。

 俺は、自分に自信がない。そして、リッテルがずっと一緒にいてくれるだなんて、甘い事を確信できる程の余裕もない。他の奴らと仲良くしているリッテルを見ていたら、彼女の相手は俺じゃなくてもいいんだろうとも思えてきて。……とうとう、耐えきれなくなった。リッテルが他の奴らと馴染んでいる姿を見つめるのが、ただただ辛かったんだ。


「じゃぁ……どうして、何も言わずにいなくなってしまったの? どうして、何も言わずに……」

「言っても仕方なかったから。……真祖でも覆せない事や、できない事。それをどう説明しても、お前の望みを満たしてやる事ができそうになかった……ただ、それだけだ。それに、あのままお前らの楽しそうな空気に馴染める程、俺は器用でもなくてな。誰かの輪に割って入っていくのは、とても疲れる事で。俺はそういう苦労をするくらいなら、ハナから諦める癖がついてるんだよ。だから……逃げ出して、ここでサボってた」

「……そう。でも……」


 何かを言いかけて俯くリッテルの髪の毛が、肩の少し上からスッパリなくなっている事に気づく。元々は腰くらいまであったはずだけど……一体、何があったんだ?


「そういや、お前……髪、どうしたんだ? 随分、短くなってる気がするんだけど……」

「え、えぇ……ベルゼブブ様に切ってもらいました。それで、みんなに色々と作ってもらって……」


 そう言いながら、ニットらしい物を広げて見せた後に……俺の肩幅に合わせるように押し付けて、幅がぴったりな事に少し満足げに微笑むリッテル。だけど……彼女の笑顔があからさまに悲しい事に気づけない程、俺は鈍感でもない。


「……そうか。行くんだな」

「……」

「覚悟とやらが、できたって事か?」

「このままでは、ずっと嘘をついたまま作り笑いしかできない……その事にやっと、気づきました。私はあなたの隣で胸を張って笑いたい。あなたの隣で……後ろめたい思いをしながら嘘を重ねるのは、もう終わりにしたいの。これでは、魔界の真祖様のマスターを名乗るには、あまりにもお粗末だもの。だから、私は自分が納得できる形で、あなたの側に戻って来たい。大丈夫。死なない限り……私には帰る場所があるのだもの。私を忘れないでいてくれると、約束してくれた人がいるのだもの。生きている限りは、何があっても……絶対に諦めない」

「俺はそこまで大層なもんでもないけど。でも……そうか、仕方ないよな。元から、その約束だったし……」


 仕方ない? 何が、仕方ないんだ? どうして、行かないでくれと言えない? どうして、寂しいと言えないんだ? それさえ言えれば、彼女は神界に帰ることを諦めてくれるかもしれない。そうだ、このまま暮らしていく事に……何の不都合があるんだ? だったら、いっその事……。

 そこまで考えて、自分の考えを強か打ち消す。

 それだけは絶対にやめようって、決めたじゃないか。彼女を無理やり縛り付けることだけは、もう絶対にしないって……決めただろうが。


「……泣かないで、お願い。そんなに悲しい顔をして、泣かないで……」

「別に泣いてねーし!」


 いくら強がってみても、視界がぼやけるのを止められないまま。まるで、今までの分と言わんばかりに涙が溢れてくる。

 ほんの少しの幸せも、ほんの少しの温もりも。どうして、この手に残らないんだろう。どうして、何もかもがこの手をすり抜けて行ってしまうんだろう。


「そう……ごめんね。ワガママばかりで……悲しませてばっかりで。でも、忘れないで。身も心も……私の全てはあなたの物だから……それだけは、忘れないで」


 絞り出すような懇願にも近いセリフの後に、口づけをもらっても……互いにいろいろ話しても、互いにいろいろ認めても。どこまで行っても何1つ、何もかもが納得できない。だけど……それでも。彼女の覚悟もまた、俺にはどうしても覆せない現実だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ