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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第8章】悪魔の概念
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8−36 不要な繋がり

 手始めに屋根の上で集中して、風の中に混じる雑多な匂いから、目当ての匂いを辿ってみる。

 プランシーはちょっと特殊な存在だから、すぐに嗅ぎ分けられると思っていたが。意外と、この短時間で随分な距離を移動したのか、鼻に届く匂いは随分と薄く、彼がすぐ近くにはいない事を知らしめてくる。それでも、大体の場所は把握できたし……とにかく、そこに向かおう。


(……にしても、無言で離れることはないだろうよ……。子供達が心配するだろうが)


 タルルトを「懐かしい」の一言で片付け、ギノの好きな花の名前をすんなり思い出したのを考えても、プランシーには「孤児院の記憶」はある程度、残っているのだろう。それはそれでかなりの例外だと思うが、それと同時に……彼の封印された思い出は、タルルト以外の場所にあるだろう事を示している。ただ……人の賑わいに触れたいなどという、物静かな彼にしてはちょっと珍しいお願いにも、違和感があったのが妙に気になっていた。そういう事もあって、今日は「泳がせる」つもりでカーヴェラに連れ出したんだけど……。

 まぁ、それは置いておいて。今は彼の所在を確かめる方が先か。折角だし、少し屋根の上をランニングと洒落込みますか。


(結構、奥まで来てしまったが。……なるほど?)


 しばらくいい運動をして、着いた先の路地裏を見下ろせば。プランシーが誰かに詰め寄っている姿が見える。そうして、彼らの会話に耳を傾けるが。プランシーが向き合っている相手に、俺自身も心当たりがあるものだから、図らずとも困惑していた。……まさか、もう1度この顔を拝む事になるなんて。


「……久しぶりですね、ヤジェフ。こんな大きな街で、何をしているのです?」

「い、いや……もう悪いことはしてないよ? あんたがこんな場所にいると思いもしなかったけど……いや、本当に本当。盗賊からは足を洗ったんだよ。今はこのカーヴェラで、鍛冶屋見習いをしているんだ。ところで……ジーノは元気か?」

「あの子を置き去りにしたあなたが、どの顔を下げて仰るのです? それに、あの子はジーノではありません。ギノ、ですよ」

「そう、だったな……。で、ギノは元気か?」

「……死にましたよ。少なくとも、あなたが知っている姿では生きてはいません」

「⁉︎」


 終始手厳しい様子で接しているプランシーを見る限り、彼にとって……元盗賊らしい男はあまり歓迎したい相手ではないのだろう。それにしても……この男、ギノとはどういう関係なんだろうか。


「もう少し早く迎えに来てくれていれば、あの子もここまで苦労せずに済んだかもしれないのに……」

「な、何があったんだ⁉︎ ジーノ、どうしたんだ⁉︎」

「色々ありすぎて……私も全てをお話しはできませんが。あの子は人としての一生を終え、現在は全く別物の存在として生きています。少なくとも、あなたが今更……父親面をして接していい相手ではありません」


 父親ヅラ。その言葉に、すぐさま、彼とギノとの関係性を思い知る。まさか、こいつは……。


「そ、そんな……! ようやく……ようやく、職を見つけて迎えに行けると思っていたのに……」

「もちろん、あなたの苦労を否定するつもりはありません。ただ、あなたは彼を置いて家を出るべきではなかったのです。聞けば、あの子はあなたが出て行った後、母親に捨てられ、私のところに身を寄せるまでに相当の苦労したようです」


 ここに来て明かされる、ギノの境遇。あの子は散々苦労してきたんだろうなと、思ってはいたけれど。……そうか。ギノは、父親にはともかく……母親に捨てられたのか……。


「……いいえ、違いますね。……結局、私も決して幸せとは言い難い毎日を過ごさせてしまいました。そういう意味では、あなたを責める権利はないのでしょう」


 しかし、一方で……プランシー自身も、ギノの日常に思うところがあった様子。後悔混じりの深いため息を落としては、悲しそうに首を振っている。


「だったら、どうして……どうして、金を受け取ってくれなかったんだよ⁉︎ それがあれば……」

「前にも言ったでしょう! 悪事に手を染めて手に入れたお金で、あの子を救った気になるなと! あの子が何よりも必要としていたのは、お金ではなく、親の愛だった事になぜ気づけなかったのです。確かに、生きていくには多少のお金は必要です。でも、それ以上に……あの子には家族が必要だったのですよ。あなたはただ、盗賊になる前にあの子に父親として、会いに来てくれるだけで良かったのです。いくらお金を積んでも、絶対に買う事のできない愛を与えることが……あの子にとって何よりも必要だった事に……もっと早く気づいてくれるだけで良かったのに……」


 プランシーがそこまで捲し立てるように言うと、もう反応する事もできずに泣き崩れる男。……そうか、彼にとっての「帰らなければいけない場所」はギノの元だったのか。

 プランシーから事実の一端を知らされて、背中を丸めて泣いている男に同情しなくもないが……もうそろそろ、戻らないと。必要以上に、その子供達を心配させてしまう。話も途切れたみたいだし、彼らの邂逅としては潮時だろう。

 俺はそう思い、屋根から飛び降りてプランシーの隣に着地する。


「もういいか? プランシー、子供達が待ってるぞ」

「これは……ハーヴェン様、すみません。勝手に別行動をとったりして。通りを行き交う人の中に、見覚えのある顔があったもので。つい……心配になりまして」

「そか。それは、別にいいよ。ただ、次からは一声かけてくれよな」

「はい、気をつけます……」

「うん。それにしても……こいつ、ギノの父親だったんだな……」

「あ、あんたは……あの時の⁉︎」


 俺の顔も、しっかり覚えていたらしい。元盗賊が座り込んだまま、涙を残した顔に恐怖を乗せて……ジリジリと後ずさりし始める。何も、そこまで怖がらなくてもいいだろうに。


「はーい、お久しぶり。……あぁ、そんなに怯えなくていいよ。今日は足をぶった切ったりしないから」

「……ハーヴェン様もヤジェフをご存知で?」

「いや、名前は知らなかったけど。エルノアを連れていた時に、こいつを含む盗賊に襲われたことがあってな」


 かくかくしかじか……と、「足がくっついたよ!」なあの日について、プランシーに話してみる。

 彼を含む盗賊を返り討ちにした事があったが……俺だけだったなら、こいつを切り捨てたままだったろう。一緒にいたエルノアが傷を治してやったりしたもんだから、俺の方も覚えていただけで。それがなければ、顔なんかとっくに忘れていたかも。


「そう、でしたか……。でしたら、いよいよ情けない……」

「そう言ってやるなって。それで、どうするんだ?」

「ギノにヤジェフを会わせる必要はないでしょう。……あの子には不要な繋がりでしょうから」

「……そういうもんかな。まぁ、いいや。とにかくヤジェフさんとやら。どうしてもギノに会いたいというのであれば……声をかけないにしても、遠くから見つめる分には構わないと思う。ただ……あの子の変わり果てた姿を、あんたが受け入れられるかは、俺には分からない。それでも、あの子を捨てた結果がどんなもんかを、受け入れる覚悟があるのなら……春先の花屋を気にしているといい」


 そこまで言ってやると……ヤジェフが何かを言いかけたが、無視してプランシーと一緒に裏路地を後にする。

 今頃、子供達はきっと本屋かカフェだろうが、プランシーを連れてギノを安心させてやらないと。それでなくても、ギノは必要以上に自分を責めたり、溜め込んだりする傾向があるから……不安を少しでも取り除いてやらないと、いつか限界を迎えてしまうのではないかと思う時がある。しっかり者っていうのは、基本的に苦労人でもあるんだよなぁ。

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