8−33 茶色はダメでヤンす
「ここがカーヴェラ……」
「神父様、大丈夫ですか?」
「あぁ、大丈夫だよ。思った以上に賑やかだから、ビックリしてしまったけれどね」
「そう、ですか……」
まずは冬物を買おうと……洋服屋さんを目指すエルの背中を目印にしながら、神父様の様子を窺う。僕自身も意識的に気分を盛り上げないと、気弱になってしまうのだけど。それよりも……神父様が昨日から、妙に不安そうな顔をしているのが、気になって仕方ない。
「お。どうした〜? 2人とも大丈夫か?」
「えぇ。大丈夫ですよ、ハーヴェン様。人々の活気にも、だんだんと慣れてきました」
「そか。もうすぐプリンセスお気に入りのお店に到着するから、どんなものが欲しいか考えておいてくれよな。それでなくても、ローヴェルズはルクレスよりも寒いはずだから、ちゃんとした物を買わないといけないし」
「そう、なんですね……そっか。前に住んでいた場所よりも、今のお家は北にあるんでしたっけ……」
「そういう事。標高も若干高いから、雪もかなり降ると思うぞ」
「悪魔の旦那、雪って何です?」
「あい?」
ハーヴェンさんが何気なく答えた内容に、ダウジャとコンタローが首を傾げている。あ、2人とも雪を見た事ないんだ。
「そういやコンタローは雪、見た事ないよな。で、ダウジャもないのか?」
「うん、ないぞ」
「ないでヤンす」
「そか。雪って言うのはな、寒い時に降るものでな。普通は雨として降ってくるものが、凍った状態で降ってくるもののことを言うんだよ。厳密に言えば、大気中の水分が氷点下の気温にさらされて、氷結したものが降ってくる現象を指すんだけど……ま、小難しい理屈は置いといて。平たく言えば、真っ白で冷たいものが降ってくるのが雪だな」
「ほぉ〜。白いのが降ってくるんですね! ……一体、どんな感じなんだろう?」
「あい! お頭、おいらそれ、早く見てみたいでヤンす」
そんな事を話している僕達の少し前を、エルとハンナがお喋りしながら歩いている。2人はどんな色の上着を買おうか、話しているらしい。女の子同士ではしゃぎながら楽しそうにしているのを見ていると、僕もようやくウキウキしてきた。
「あ! ここなの! 今日もここでお買い物でいいかな?」
「うん、それでいいぞ。なんだかんだで、ここだときちんと揃うし。コート代は俺の方で出すから、全員好きな物を選んでいいぞ〜」
「やった! それじゃぁ……赤とピンク、どっちがいいかなぁ……」
ハーヴェンさんの太っ腹な返事に、嬉しそうにしているエルがお店に入っていくのに続いて、僕達も中にお邪魔する。相変わらず、たくさんのお洋服が綺麗に掛けられているお店の中は、全体的に落ち着いた雰囲気ではあるものの、1つ1つは目移りしてしまうほどに色鮮やかだ。
「いらっしゃいませ。……あら、旦那様。お久しぶりですね」
「うん、久しぶり。突然、大人数で押しかけて申し訳ない。冬支度に、コートを探しにやってきました。少し煩くなるかもしれないけど、頼めるかな?」
「えぇ、もちろんですわ。思う存分、お試しくださいまし。まぁまぁ、お嬢様と坊っちゃまもお元気でしたか? この間、丁度冬物の新作が入荷しましたので……是非、気に入ったものがあったら、声を掛けてくださいね」
「はい、よろしくお願いします……」
「うん! よろしくなの!」
坊っちゃまも元気でしたか……なんて言われて、ちょっと照れ臭くなっている僕を尻目に、エルが早速、女の子のお洋服が並んでいる所に吸い寄せられていく。こういう時は本当に元気だなぁ……。
「ね、ハンナ! やっぱり赤がいいかな?」
「えぇ、そうですね……私もお嬢様には、はっきりした色合いが似合うと思いますよ」
「うん! あぁ〜、でも。こっちのふわふわのフードのピンクもいいなぁ……ところで、ハンナは決めたの?」
「まだ……私はそもそも、洋服を着る習慣がありませんから。上着と言われても、ピンとこなくて……」
「そうなの? でも、ハンナもピンクがいいと思うの。ほら、長靴もピンクだし」
「あ、なるほど……。そういう風に選んでみると、いいんですね」
女の子2人は相変わらず、楽しそうにしている。一方で……コンタローとダウジャはハーヴェンさんを頼ることにしたみたいで、まごまごしながら子供服を着せてもらっている。でも、ハーヴェンさんはマスターのコートも選ぶんだろうし、こっちは僕が手伝ったほうがいいかな……。
「コンタロー、ダウジャ。よければ、僕も一緒に選んでいいかな」
「あい? 坊ちゃんも迷うんです?」
「うん……僕も今まで、洋服を自分で選ぶなんてなかったから……」
「そうなんですかい? ま、そういうことでしたら……男同士で色々、探しましょうか」
こっそり目配せすると、僕の意図を読み取って嬉しそうに頷くと、ハーヴェンさんがそっとその場を離れる。一方でコート相手に2人がボタンに苦戦しているのを手伝ってあげると、嬉しそうに鏡の前で胸を張り始めた。そう言えば……僕も最初はボタンに苦労したっけ。
「2人とも、よく似合っているよ」
「本当ですかい?」
「あい?」
「色もサイズもピッタリ、って感じだよ。さて、僕はどうしようかな? やっぱり、茶色がいいかな……」
「あふ……。茶色はよくないでヤンす……」
「そうなの?」
「ベルゼブブ様とお揃いは、ダメでヤンす」
「ベルゼブブさんと? でもこっちに来た時は……茶色じゃなかったよね?」
「そういう意味ではないでヤンす。とにかく茶色はダメでヤンす。坊ちゃんは、緑色がいいと思うでヤンすよ」
「……そう? それじゃぁ……僕は緑にしようかな」
頑なに茶色はダメだと言い張るコンタローの意見に従って、深緑色のコートを鏡の前で当ててみる。鏡に映る自分の姿に思いの外、しっくり馴染む感じがあって……確かに、緑も悪くないかもしれない。
「お、緑色、似合ってますぜ。コンタローがどうして茶色はダメなんて言っているのかは、知らないですけど……うん、いい感じです」
「そうだね、僕も気に入ったかも。……あまり目立たない色で、なんて思ってたけど。折角だから、綺麗な色のものを選ぶのも悪くないよね」
「あい!」
「ところで……あれ? 神父様はどうしたんだろう……?」
そんな事をしているうちに、一緒にいたはずの神父様の姿がないことに気づく。
「お、みんなちゃんと選べたか〜?」
「うん! 私は赤いのにするの!」
「そうか。それじゃ、全員分まとめて……って、あれ? プランシーはどこに行った?」
「ハーヴェンさんも見かけていないんですか?」
「あ、あぁ……。店の中にはいないみたいだが……先に外に出たのかな。まぁ、とにかく支払いをしないとな……と、いうことですみません。お会計をお願いします」
「はい、ありがとうございます」
そんな事を言いながら……多分マスターの分と思われる青いコートに、きっと自分の分らしい黒いコートと一緒に僕達の分の会計を済ませるハーヴェンさん。そうしてかなりの大荷物になってしまったものを、店の外に出たところで……コンタローのポシェットに預ける。
「う〜ん。プランシー、外にもいないか……どこに行っちまったんだろうな……」
「あの、ハーヴェンさん。僕、探してきます」
「いや、ここは俺が探してくるよ。裏路地も見たほうがいいと思うし、何かと物騒だからな。悪いんだけど、ギノ。他のみんなを連れて、本屋とカフェで遊んできてくれるか」
「え? でも……」
「大丈夫。迷子探しは手慣れてるから」
「は、はい……」
ハーヴェンさんが押し付けるように、銀貨3枚を僕に手渡してくる。そうして、片手を振りながらその場を離れて行くけれど……ハーヴェンさんはどうして、神父様が裏路地にいるなんて思ったんだろう。
「ギノ、大丈夫よ。多分なんだけど、ハーヴェン……何か、知っているみたい」
「そ、そうなの?」
「うん。だからハーヴェンに任せれば、問題ないと思うの」
自信たっぷりに、エルがキッパリと断言する。きっと彼女はハーヴェンさんの中に、確かな感情を何か読み取ったんだろう。だとすると、僕もハーヴェンさんに任せた方がいい気がしてきた。
「あい! お頭にできないことはないでヤンす」
「ま、悪魔の旦那であれば、人探しも容易いってことなんでしょうが。……坊ちゃん、どうします?」
「そうだね、確かに、裏路地はちょっと怖いところもあるし……うん。ハーヴェンさんの言う通りに、本屋さんに行こうか。それで冬の間に読みたい本を探すのも、いいかもしれないね」
「本屋さん……。私、初めてです……」
「姫様。俺達にしちゃ、人間の街では初めてじゃないことの方が少ないと思いますぜ?」
「あっ。それもそうね……」
いつもの調子でダウジャに指摘されて、モジモジと恥ずかしがるハンナ。そんな様子をみんなで嬉しそうに笑い合うと、残ったメンバーで本屋さんに向かう。そう言えば……マルディーンさん、元気かな。




