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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第1章】傷心天使と氷の悪魔
31/1100

1−31 1人の父親として

 吐き捨てるような言葉をぶつけて、アヴィエルを視界からも切り離し。ようやく、バハムートがこちらに向き直る。彼の背後で、アヴィエルが金切り声をあげているが……彼は彼で、無視を決め込んだらしい。彼女の存在が初めからなかったかのように、静かに会話を切り出し始めた。


「……それより、エルノアの傷はどんな具合でしょうか?」


 1人の父親として……その言葉通り、愛娘を心底心配しているらしい端正な顔が曇っている。そうされて、彼の鮮烈なまでの黄金の瞳に、エルノアの瞳の色は父親譲りだったのだと、改めて気づく。


「……無事みたいだぜ。傷は塞がったみたいだし、翼も再生している。……何より、呼吸が随分安定するようになった」


 いつの間にか、人間の姿に戻ったハーヴェンが屈託なく答えるが。……こういう時も平常運転の彼が、ちょっと羨ましい。


「良かった……改めて、感謝いたします。本当にありがとう。……しかしながら、娘はだいぶ消耗しているようです。申し訳ありませんが、このまま連れ帰らせて頂きます」


 そう言って、彼がおもむろに左手をかざすと足元の魔法陣が搔き消える。もう魔法を継続している必要がないと、判断したのだろう。その上でハイヴィーヴルの額に手を置き、彼女を理性の姿に戻すとエルノアを軽々と抱き上げる。かすかな寝息を立てている娘の様子に安心したらしい……こちらに微笑みかけると、更に深々と1つ礼をする。


「……幼いこの子が、ここまでして守った相手だ。きっと、あなた達と過ごした時間は……エルノアにとって、とても良い時間だったのでしょう。そんな大切な仲間と引き離したのでは、きっと娘は寂しがるし、もしかしたら、私は恨まれてしまうかもしれません。よければ、ご一緒に来ていただけないでしょうか? 改めて、お礼をさせていただきたいのですが」

「私ごときがお邪魔しても、良いのでしょうか。まして、私と契約しているとは言え、こちらは……」

「俺の方は悪魔だけど、一緒に行っても問題ないかな?」


 私が言いあぐねている事を、すんなりハーヴェンが引き継ぐ。竜族が悪魔をどのように思っているのかは分からないが、友好的に接してくれるとは限らない。だが私の心配を他所に……竜神の返事は、拍子抜けするくらいにアッサリしたものだった。


「私は娘の恩人にお礼をしたいだけです。種族を理由に礼を欠く行為ができるほど、敬虔でもありませんので」


 その言葉と同時に、彼が再び大きな黒竜の姿に戻る。両手を皿のようにしてエルノアを大切そうに手のひらに乗せているが、どこか禍々しい赤く長い爪に守られながらも、滲み出る優しさ故か……まるで大きな揺り籠のように映った。そして……手の持ち主の方は低く、低く、黒い頭を垂れる。


「私の頭に乗ってください。いくつか魔力の気流を超えることになるので、かなり揺れるでしょうが……安定する場所が見つかったら、しっかり角か鱗に掴まっていてください」


 バハムートの言葉に、ハーヴェンと顔を見合わせ……2人で意を決したように彼の頭によじ登り、頭部の平たい部分に腰を落ち着ける。鱗はゴツゴツとした感触とは裏腹に、触れると意外にほんのりと暖かい。

 そうして、私達の準備が整ったと判断したのだろう。バハムートはゆっくり首を持ち上げると、一声鳴いて、翼を広げ力強く羽ばたく。その刹那、フワッと体が浮いたかと思うと……次の瞬間には、雲の波が真下に広がっていた。急に上昇したにも関わらず、体に負荷がかかった様子もない。そうして、広がる目の前の殊更鮮やかな夕焼けの温もりが……とても心地よかった。


***

「なぜ! なぜなぜなぜなぜ! あんな恥さらしの落ちこぼれが、私を差し置いて……!」


 悔しそうに大地を蹴る、滑稽な姿。六翼の天使ともあろう者が……これ以上の醜態を晒して、どうする。リヴィエルは未だにひり付く頬を摩りながら、自分の上司を苦々しく見つめていた。


「……皆、帰りますよ。ラディウス砲の威力は確認できました。報告としては、十分でしょう。それに、人間界の魔力は薄いのです。……このまま、無駄な時間をこちら側で過ごす必要もありません」

「しかし、リヴィエル様……アヴィエル様は良いのですか?」

「構いませんよ。ああなったら、しばらくはお1人にしておいた方がいい。何より、許してもらえたとは言え……竜族の大物を怒らせ、敵に回しかけたのです。早急に報告しておいた方が良いと思います。私達だけで、アヴィエル様の仕事を済ませておきましょう? それも、部下の仕事というものです」


 部下の仕事、か。……よく言う。

 分かってはいたが、アヴィエルは出来のいい上司ではない。かつて大天使になる前のオーディエルにゴマをすり、腰巾着をしていた際に、溜めていたチケットで昇進しただけの張子の虎なのだ。そして本来は4人いるはずの大天使が1人いなくなると、今度は自分こそが後釜に相応しいと勢いづいて、調子に乗っているだけに過ぎない。かの大天使が「天使ではなくなった理由」を知り過ぎ、それでも自分を曲げなかった「恥さらし」の方が……余程、後釜に相応しかったのではないかと、今なら思う。


(さて、その言葉が実際に相応しいのは、どちらでしょう……?)


 リヴィエルは首を振ると、4枚の翼を広げ他の天使を促して空へ戻っていく。しばらく放っておけば、アヴィエルの自尊心は自然回復するはずだ。あれの自己肯定力は、それこそ鋼のように硬い。そんな事を必要以上に心配してやらなくても……どうせ、大丈夫だろう。

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