8−27 それが個性ってやつか?
お帰りなさいの挨拶もそこそこに、家のドアを開けるとグレムリン共が飛びついてくる。馴れ馴れしいにも程があるし、グレムリンに懐かれた記憶はないが。今日はこいつらにとっても楽しみなこと……名前を付けてもらえるというイベントがあるのだから、仕方ないのかもしれない。このくらいは許してやってもいいか。
「あぁ、ハイハイ……ただいま、っと。ほれ、とにかく奥に入れよ」
「フフフ、お帰りなさい。3人ともあなたの帰りが待ちきれないって、ドアの前でソワソワしていたのよ?」
やや遅れて、リッテルがようやく出迎えにやってくる。彼女は彼女でとても嬉しそうだし、まぁ、そういうことなら……グレムリンに抱きつかれるのも、悪くない……か?
「ったく。だからと言って、ドアの前で待っててなくてもいいだろうよ。ちゃんと名前と祝詞はやるから、言う事を聞け。俺はちょっと疲れてるの。ほら、奥に行った行った」
「は〜い……」
グレムリン共を言い含めて家の中に戻るよう促すと、ようやく聞き分けていつものリビングまで辿り着く。そうして俺がソファに座るのを見届けて、膝のあたりでウキウキしたように、何かを急かすような視線を投げかけてくるが……名前をもらえるのが、そんなに嬉しいのかは俺には今ひとつ、よく分からない。でも……そんな様子を嬉しそうに見守った後、すんなりとリッテルが俺の隣に腰掛けてくるのは、ちょっと嬉しい。グレムリン共の浮かれ具合はともかく、リッテルにこうしてくっつかれるのは、悪くないな。うん。
「で、お前ら。名前は決まってるのか?」
「うん、リッテル様に付けてもらったです」
「ちゃんと貰えました!」
「そっか。……右のお前は何て名前になったんだ?」
「僕、クランです!」
「ハイハイ。それじゃ、右手を貸しな」
俺が左手を差し出すと、何の疑いもなくポフっと右手を置いてくるクランとやら。勢い、ちょっとした意地悪をしたくなるが、リッテルもいる手前……怒られそうな気もして、真面目に祝詞を目の前のグレムリンの中に刻み込む。根源は「強欲」でいいとして、グレムリンの細かい性質は「イタズラ好き」だった気がする。祝詞にはその辺を織り込めば、問題ないだろう。
「……ほれ、終わったぞ。次。お前は?」
「おいら、ゴジです」
「お前も右手を貸しな。……面倒だから、サクッと行くぞ」
2人目にも同じように祝詞を刻んだ後、3人目にも声をかける。
「お前が最後だな。で、名前は?」
「ラズですよぅ!」
「そういや、お前らって……意外と、口調とか見た目が違うのな。それが個性ってやつか?」
こうして祝詞を刻んでいると同じグレムリンでも、それぞれに違う部分があるのに気づく。
クランは、他の2人よりも目が丸くて大きい。
ゴジは毛皮の模様なのか、顔の斑点が大きめで色が濃い印象を受ける、と。
で、ラズは黒いはずの鼻が赤い……。
3人とも同じ水属性のはずだが、こうして並んでマジマジと見比べるまで、そんな事にも気づかなかった。
「やったです。これで正式にラズですよぅ!」
「正式に……って。まぁ、お前らがいいなら問題ないけど。あ、そうだ。そういや、今日はついでって訳じゃないけど、土産があるんだった」
「お土産? ですか?」
「マモン様、お土産、何ですか?」
折角、持ち帰って来たんだし……勿体ぶる必要もないんだけど。さっきから妙に馴れ馴れしいグレムリンに図らずとも慣れてしまったと戸惑いながら、例のお菓子を呼び出す。きっと出現した物体が何なのか、見当もつかないんだろう。グレムリン達が元々丸い目を更に丸くして……きっちりリボンまでかかっている箱を見つめている。
下級悪魔は生前に何を食べていたかを忘れていることも多いし、そもそも菓子を食べたことがあったのかも不明だけど。少なくとも、これは他の奴らを見ていても変な物じゃなさそうだし、食わせても問題ないだろうか。
「まずは嫁さんから。リッテル、どれがいいか選べよ」
「これは、もしかして……?」
「あぁ、ベルゼブブの供にエルダーウコバクが来ててさ。自分が原因を作った事を自覚してるのか、ご丁寧に土産まで用意してて。ベルゼブブの評価はともかく、他の奴らも平気そうに食べてたし、不味いものじゃなさそうだ」
「そう、ハーヴェン様のお菓子が魔界でも食べられるなんて、思いもしなかった……ありがとう。それじゃぁ、これを頂こうかしら」
リッテルが未だに、エルダーウコバクの事を個体名に「様」まで付けて呼んでいるのが、ちょっと気に入らないが……嬉しそうに白色の粒を摘むと、ゆっくりと口に含んで幸せそうな表情を見せるのに、それすらどうでもよくなってくる。怠惰の色女も、妙に甲高い声を出して喜んでいたし……。菓子作りが上手な部分も含めて、あいつはモテてたんじゃないかって気がしてきた。
「……つーことで、お前らも選んでいいぞ。……俺は甘いもの苦手だし、4人で分ければいいだろ」
「そうなの?」
「うん、まぁ。ベルゼブブのところで、こいつとは趣がかなり違うけど……ココアとちょっと特殊なチョコレートを振舞われてから、苦手になってな……」
そんな事を答えている俺の手元から、グレムリンも思い思いのチョコレートを選んで口に放り込んでいる。そうして、無事に気に入ったらしい彼らに箱をそのまま預けると、礼もそこそこに……次はどれにしようとか悩み始めた。
「……リッテルは、もういいのか?」
「えぇ。1つ頂ければ、十分です」
「ふ〜ん? ……憧れのエルダーウコバクのお菓子なのに?」
「……そう、ね。……あ、そうだ。ハーヴェン様、お元気だった?」
「まぁな。ベルゼブブの下で色々苦労している上に、ルシエルちゃんの尻にもキッチリ敷かれてるみたいだったけど」
「そう。相変わらずなのね、ハーヴェン様も。フフフ、何だろう……ちょっと、懐かしいというか」
エルダーウコバクの近況を聞いて、はにかんだように寂しそうな顔をするリッテル。そう言えば、リッテルはエルダーウコバクみたいな精霊が欲しくて……って話だったっけ。でも、この様子はそれだけじゃなさそうだな。もしかして……彼女には、それ以上の理由があったりするんだろうか。




