1−27 シンクロ率も上々ってとこか?
いつも通りに来る朝だったはずなのに、その日は何かが違っていた。その証拠に……いつもならとっくに出かけているはずのルシエルが、俺とエルノアを起こしに来ている。何か、悪い事でも起こったのだろうか?
「どうした?」
「……なんだか、あたりの空気がおかしくてな」
言われれば、確かに。いつもの穏やかな空気はなく……張り付くような嫌な予感が充満していた。流石にエルノアも、剣呑な空気にしっかりと目が覚めたらしい。不安そうにしながらも、周りの異常を確かに感じ取っているようだ。
「……お外に何か……うん。あのおばちゃん天使じゃないかな……」
「アヴィエルか?」
エルノアの言葉に急かされるように窓から外を見れば、天使が15人ほど待ち構えているのが見える。こんな朝っぱらから揃いも揃って、何の用だろう?
「……用事があるのは私に、だろう。とにかく……2人はここで待っていてくれ」
ウンザリそうな顔をして、ルシエルが外に出るが……多分、用があるのはルシエルじゃなくてエルノアに、だろう。そんな事を考えながら、エルノアには中で待っているように言い含めると、ツレに続いて外に出る。
「……何のご用でしょうか? アヴィエル様」
「ルシエルですか。まぁ、相変わらず貧相な出で立ちだこと。……そういえば、この間中級天使に昇進したそうですが、その程度で調子に乗らないで欲しいものですね?」
相変わらず嫌味な奴だな、本当に。しかし……嫌味にも慣れていますと言った風情で、ルシエルが冷静に答える。
「別に、調子になど乗っておりませんよ。先日の昇進は一刻も早くハイヴィーヴルを竜界に返してやれるよう、ラミュエル様がご配慮くださったのです。……もしかして、そんな事をわざわざおっしゃりにお見えになったのですか?」
「お前、毎回何様なんだよ? ルシエルに食ってかかるのは、もうそろそろよしてやってくれないか? いい加減、みっともないぞ?」
「フン、言わせてけば。まぁ、いいでしょう。今日はお前に用があって来たのです」
「……俺? 先日も言ったが、勧誘なら間に合っているぞ?」
「まさか。実は先日の夢魔の一件で、排除部隊は大元を駆逐することにしました。要するに……お前を粛清するために来たのですよ! ユグドノヤドリギ! いるのでしょう⁉︎ さぁ、今度こそ、そいつに寄生するのです‼︎」
ヘンテコな宣言にルシエルが珍しく、慌てた様子で異を唱え始める。どうやら、俺を粛清するとかいう内容は相当の事態らしい。
「ちょっと待て‼︎ ハーヴェンは私と契約している精霊だ! 他の天使が契約している精霊を故意に手にかけるのは、禁忌のはずだが……一体、それは誰の判断だ⁉︎」
「もちろん、オーディエル様のご命令ですよ? 何をグズグズしているのです⁉︎ 早くしなさい、ユグドノヤドリギ!」
なるほど。ルシエルとしては俺は精霊扱いだが、奴らは俺を精霊扱いしていない……と。それで、彼女達には精霊扱いされない俺を処分するために、アヴィエルはピキちゃんに無理を強いる命令を出したようだが。一方で、ピキちゃんは、アヴィエルの言葉にもがき苦しむように体を捩じらせながら……不自然な様子で飛んでくる。きっと、必死に強制契約に抵抗しているのだろう。
「ピキちゃん、ダメ!」
命令に抗おうと一生懸命な妖精に引きずられる形で……それを懸命に止めようとしているエルノア。一方、自分の命令がすんなり成就されない事に、苛立ちを隠せない様子でアヴィエルが舌打ちする。
「……レベル1のゴミのクセに、私の命令に抵抗するとは……なんて生意気で、身の程知らずなのでしょう⁉︎」
「ピキちゃんはゴミじゃないもん! ちゃんと生きているし、笑うし、私のこと慰めてくれたもん!」
「ほぅ? そうですか? でしたら、ハイヴィーヴル。お前と交換でどうです?」
「……それはどういう意味?」
「そのままの意味ですよ。お前が私の契約下に入るのであれば、ユグドノヤドリギは助けてあげましょう」
だが、当のピキちゃんは応じるなと一生懸命、エルノアに首を振って断れとレクチャーしている。強制契約の命令に抗い、エルノアを渡すまいと抵抗している小さな身は相当の苦痛を受けているはずだが……それでも、ピキちゃんは諦める気はないみたいだ。しかし、その様子がとうとうアヴィエルの堪忍袋を穴だらけにしてしまったらしい。もともとあいつの沸点は殊の外、低そうな気がするが……その怒り方は俺からすれば、オトナゲないの一言に尽きる。
「最下級の精霊のクセに……私の命令に背くばかりか、恥をかかせるなんて‼︎ もういい! 役立たずはこうです‼︎」
続いて、苛立ち紛れにアヴィエルが呪文を唱え始めるが……俺の耳でも聞き取れない事を考えると、かなり特殊な呪文のようだ。一体、何をしようとしているんだ……?
「あれは……何の呪文なんだ?」
「……⁉︎ よ、よせ! アヴィエル、それだけはやめろ‼︎ それは絶対に……してはいけない事のはずだぞッ⁉︎」
アヴィエルの呪文はルシエルの異常な慌て方からしても、かなりマズイものらしい。それは奴の取り巻きにしても同じことらしく、動揺のざわめきが起こっている。
「上級天使・アヴィエルの名において命じます! その名を永劫の闇に葬り去り、魂を引きちぎらんことを! ユグドノヤドリギ・ミルカ‼︎ 身に余る罰を贖うべく永遠の苦痛を与え、千々に引き裂かん‼︎ 魔力分解!」
「お、おい⁉︎」
「ピキちゃん⁉︎」
既に声すら発することのできない小さな妖精の体が光に包まれ……一瞬、血みどろになったかと思うと、灰がこぼれ落ちるようにパラパラと風に溶けていく。そうして寸の間の惜別も許されずに、エルノアの目の前でピキちゃんは跡形もなくなっていた。それと同時に、ピキちゃんが「いなくなってしまった事」を瞬時に理解したエルノアの金色の瞳から……大粒の涙がこぼれ落ちる。
「お前……一体、何をしやがった‼︎」
「魔力分解ですよ。役立たずの精霊を分子レベルに魂ごと魔力に返還させることで、二度とこの世界に生を受けることを許さないようにしたのです」
“絶対にしてはいけない事”か……なるほど。要するに、あいつは自分の精霊だった相手の何もかもを一方的に奪ったのだろう。……あまりに惨たらしい仕打ちに、反吐が出そうだ。とにかく、平気で誰かの命すらも奪えるような奴に、エルノアを渡すわけには絶対にいかない。……幸いにも、ツレも俺と同意見らしい。いよいよ、後ろでワンワン泣き出すエルノアを庇うように……一緒に彼女の前に出る。
「……おそらく、アヴィエルの本当の狙いはエルノアとの契約だろう。相手が上級天使である以上、強制契約も視野に入れなければいけない。……済まないが、お前の力を借りたい」
「そんなこと言われなくても、分かっているさ。……さっさと命令を寄越せよ、マスター‼︎」
俺の返事に……どこか安心したように、ルシエルが力強く頷く。ある程度の魔力解放は命令なしでもできるが、本領を発揮するにはマスターの命令……祝詞の解放が必要だ。それでなくとも、今日は別の意味でもトコトン暴れないと気が済まない。
「我が名において命じる‼︎ その身に封じし、永久凍土の魔境を示せ! 慄え、エルダーウコバク・ハーヴェン‼︎」
彼女の指令に応えると……身体中に力が漲るのが確かに感じられ、それと同時にルシエルの魔力と自分の魔力が接続されるのをハッキリと確かめる。……うん、色々といい感じだ。
「グルルルルルッ……! ハハッ、シンクロ率も上々ってとこか?」
「……そうだな。頼むぞ、ハーヴェン!」
「おう! 任せとけ‼︎」
精霊と契約主は固有名を含めた契約の中でも、精霊側が最上位の信頼を預けた場合……全幅契約を交わすことによって互いの魔力をやり取りし、補填しあうことができるらしい。互いの信頼度によって魔力の相互流通ができる度合いが変わるのだが、相互流通の補填率を一般的に「シンクロ率」と呼ぶそうだ。シンクロ率の上昇値は精霊と契約主の相性と関係性に左右されるが、シンクロ率が高ければ高いほど、様々な嬉しいオマケが付く。
まず、シンクロによって契約主の魔力と器を一時的に統合して、魔力を共有することができる。1人では発動できないはずの魔法でも……一時的に器を統合した結果、魔力量が増えたことで発動させることができるようになる。
また、魔力の器の統合は純粋な足し算ではなく、掛け算で上乗せ分のボーナスがつくが、掛け算の定数はシンクロ率の高さに比例して大きくなる。それと、もう1つ……。
「輝く朝日の黄金を纏い、天に舞え! 雷獣の咆哮をあげろ! エアリアルカノン、ダブルキャスト‼︎」
「凍土より封印されし氷海の雨を降らさん、その身を貫け! アイシクルレイン、ダブルキャスト‼︎」
ルシエルの風属性の攻撃魔法と、俺の水属性の攻撃魔法の魔法陣が重なり、4重の輪になる。シンクロ率が高いと、互いの呼吸を見極め魔法を同時発動し、連携魔法を発動させることができる。単体では絶対に成し得ない、四大属性の異属性魔法を合体させることで……より強力な魔法を生み出すことも、可能だ。
「「夢の彼方に終焉を見出さん! 天を落とし、地に注がん! オーバーキャスト・フューリースカイ‼︎」」
そうして連携させて発動したこの魔法は、発動範囲内に超常現象レベルの乱気流を巻き起こし、気性の荒い激流に仕込まれた鋭い氷の刃で、対象の身を滅多斬りにするものだ。多分、相当の防御魔法を使わないとあの乱気流相手に無傷でいるのは難しいだろう。
「行け! ハーヴェン! ただ、可能な限り殺すことは避けてくれ!」
「おう!」
そんな魔力の渦を物ともせず、俺の方は慣れたもので、背中の翼で気流に乗って突っ込む。遠慮もいらない状況で尾から冷気を思う存分撒き散らしながら、乱気流で視界のほとんどを奪われた天使どもの翼を凍らせ……時折、相棒の背で地面に撃ち落とす。
フューリースカイの効果が切れる頃を見計らって、ルシエルの前に戻ると……目の前には飛ぶ事叶わず、地に落ちた天使達が這っているのが見えた。氷の刃でできた傷は、水疱混じりの赤黒い凍傷に変わっているが……これは、すぐにでも手当が必要な状態だろう。
「……この‼︎ 悪魔の分際で、私達に土を付けるとは……‼︎」
「ア、アヴィエル様、いかがいたしますか?」
息も切れ切れの取り巻き達に言われ、アヴィエルは最も近くにいた小柄な天使に小さく命令を出す。どうやら……何かを準備させるつもりらしい。
「準備が整うまで、悪魔の相手は精霊にさせます! お前達、各々精霊を呼び出しなさい! また、回復魔法が使えるものは体制の立て直しを急ぐのです!」
「ハッ!」
体制を整える間の時間稼ぎをさせるつもりなのだろう、今度は攻撃役の取り巻きどもが思い思いの精霊を呼び出す。ヒィ、フゥ、ミィ……その数、ざっと7人ってところか? う〜ん……やっぱり、この程度で俺を抑えられると思っているのなら、大間違いだぞ……と言ってやりたいが。仕方ない。ここはちょっと、相手してやるしかないか……。