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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第1章】傷心天使と氷の悪魔
25/1100

1−25 あのぽっちゃりにそんな才能があったなんて

「もう〜! 素敵すぎて、私、感動しちゃったわ〜」


 代わり映えしないルクレスの監視データの報告書を提出したところで、またもラミュエル様に呼び出される。先日のナーシャの一幕について、話があるのだろうが……彼女の妙なテンションに慄いている自分がそこにいた。何がそんなに、「素敵」なのだろう?


「いえね、マディエルの報告書を読んだのだけど。小説仕立てになっていて」

「……しょ、小説? ですか?」


 小説仕立ての報告書……? なんだ、それは……?


「感動の大作なのよ? 特に、クライマックスのハーヴェンちゃんを取り合う2人の恋する乙女の激しい戦いと、それを止めに入る彼の格好よさったら! もう〜〜〜〜! キュンキュンさせられっぱなしなんだから〜」

「……⁉︎」


 驚きのあまり、声も出せない私を他所に……ごそごそと腰のあたりから、ちょっと小さめの本を取り出すラミュエル様。その手にある「小説」とやらの表紙には『愛のロンギヌス』と、明らかに恥ずかしいタイトルが踊っていた。


「……何ですか、それ?」

「マディエルが書いた報告書兼小説よ。今、神界で大ブレイクしているんだから〜」

「いや、大ブレイクって……夢魔を鎮めたのは、昨日のことですよ⁉︎ それが、何でそんなに広まっているんですか⁉︎」

「マディエルはね、人間界でこれを書き上げてきたの。ほら、人間界の時間の進みは早いでしょ? それでなくとも女ばっかりの神界にはこんなに心ときめく出来事、そうそうないし。複製して配ってあげたら、みんなもう夢中なのよ? ウフフ、愛っていいわね〜」


 あのぽっちゃりにそんな才能があったなんて。今日はやけに、自分に集まる視線が熱を帯びていた気がしたが。このせいだったのか。


「とにかく、今回はご苦労様でした。あなたに頼んで良かったわ。次もよろしくね。次回作、期待してるから〜」

「次回作は絶対にありません‼︎」

「もう、そんなこと言わないで。ハーヴェンちゃんとは仲良くしているんでしょ? 私もツレって言われつつ、肩を抱かれてみたいわ〜」

「……‼︎」


 精神に確実な大ダメージを受けつつも……昨晩のこともあるせいか、妙に否定できない。


「……そう言えば。ルシエル、今日は随分とオシャレな格好しているわね? それ、とっても素敵よ」

「あぁ、これですか? ……たまにはオシャレしろと、ハーヴェンが見繕ったも……」


 妙に脱力したついでに何気なく素直に答えてしまい、しまったと途中で口を噤んだが遅かった。心なしか微かに震えているように見えるラミュエル様の表情が、更に嬉しそうに紅潮する。そうして……一層クネクネしながら頬に手を充てて、更に悪夢のようなことをおっしゃった。


「もう〜、ラブラブすぎて、羨ましすぎるじゃない〜。マディエルに報告して、次回作を書いてもらわなくちゃいけないわね〜」

「報告って! それ、報告が必要なことですか⁉︎ というか、報告の序列が逆じゃありません⁉︎」


***

「愛のロンギヌスか。なかなか良い話ではないか? なぁ、アヴィエル?」


 珍しく上機嫌のオーディエルが、目の前で膝を着いている六翼の天使に話しかけるが……その手にはしっかり、今神界でブレイク中の小説があった。強硬派のオーディエルは、意外とロマンチストな一面がある。そのため、仲が良くないはずのラミュエルのところから差し入れられにも関わらず、手土産の小説が痛く気に入ったらしい。


「……オーディエル様。アヴィエルめに、どのようなご用でしょうか?」

「あぁ、実はラミュエルから嘆願があってな」

「……嘆願? ですか?」

「そうだ。お前が強制契約しているユグドノヤドリギについて、契約を解除するよう、求めがあった」

「……⁉︎」

「お前、ラミュエルの所のルシエルにちょっかいを出したらしいな?」

「いえ、そのようなことは……」

「じゃぁ、なぜお前が契約した精霊をルシエルが面倒を見ている? 聞けば、彼女の契約している竜族に自分との契約を迫ったところ、返り討ちにあったらしいな? この道化がッ‼︎」


 上機嫌からの叱責。オーディエルは確かに武力行使を厭わない性分だが、大天使の座に君臨しているだけあり、善悪の分別はきちんとある。むしろ真っ直ぐすぎて、融通が利かないとされるだけで……実際には、かなり真面目な性格だ。


「……できることと、やっていいことは違う。お前がしたことは、どれもやっていいことではない。……とにかく、命令だ。明日にでもルシエルの所に行き、ユグドノヤドリギの強制契約を解除してこい。そして、先日の無礼を詫びてこい‼︎」

「詫びる⁉︎ 私に格下の天使に謝れ、ということですか⁉︎」

「当たり前だ! 非を認めることに、格下も格上もない‼︎ それができぬようでは、新規編成する部隊の長を任せることはできん‼︎」

「……‼︎」

「これは試金石だと思え。お前には、決定的に足りないものがある。きちんとそれを見極めてこい‼︎」

「……しょ、承知いたしました……」


 あぁ、なんて忌々しい‼︎

 オーディエルの部屋から続く廊下を歩きながら、アヴィエルは腹が煮え滾るような怒りに震えていた。自分より格下の相手に、なぜ謝らなければならない? そもそも……あの魔神とかいうのが邪魔さえしなければ、今頃は竜族を手に入れられていたはずだ。


「アヴィエル様、かの武器の試験を仰せつかっていますが、いかがしますか?」


 アヴィエルが忌々しげに廊下を抜けると。今度は中央エントランス前に控えていた、小柄な天使に呼び止められる。


「……リヴィエルですか」


 リヴィエル。排除部隊の中級天使で、中でも合理的な判断力を持つかなりの切れ者だ。再編成予定の新規部隊の補佐役であり、この間開発された新しい武器の適合者として、アヴィエルの下に配属されている。


(……そうだ。あの武器なら……)

「アヴィエル様?」


 何か不気味な含み笑いを浮かべるアヴィエルを、怪訝そうに見つめるリヴィエル。


「……実は今、オーディエル様からその武器の試験も兼ねて、悪魔討伐のご命令をいただきました」

「悪魔……ですか? ですが、この間出現した夢魔はラミュエル様の部隊で鎮めたと、聞き及んでいますが?」

「そんな小物ではないですよ。聞けば、その夢魔はとある悪魔に会いに来るために、人間界に来たらしいではないですか。オーディエル様はそのことを懸念されていましてね。……大元を断つようにおっしゃったのです」


 アヴィエルの言葉に……今度はリヴィエルが微かに眉を顰める。


「その大元は確か、ルシエル殿が契約している魔神ですよね? 仮に元々悪魔だったとしても、今は精霊として扱われているはずです。曲がった事が大嫌いなオーディエル様が、規則に反するご命令をされるとは思えないのですが」

「うるさいですね‼ 上司である私の言うことが、信じられないのですか⁉︎」

「……失礼いたしました。では、本部隊は本稼働前ですが……試験的に悪魔討伐をするということで、よろしいですか?」

「えぇ、そういうことです。……編成はお前に任せます。明日、人間界のルクレスに向かいます」

「かしこまりました」


 違和感を押し流されて、小柄な天使は目の前を肩で風を切りながら闊歩する上級天使の6枚の翼を見つめている。

 その白さに曇りがないのを、訝しげに思いながらも……上長命令は絶対だ。中級天使のリヴィエルには、上長であり、自分よりも階位の高いアヴィエルにこれ以上の箴言を与えられる立場は、用意されていなかった。

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