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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第1章】傷心天使と氷の悪魔
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1−24 難しい質問

 朝目覚めればいつも通り、あいつはいなくて。テーブルの食材メモがなくなっているのを見ても、目の前に広がる光景は彼女の言う「当たり前」でしかない。昨晩の事は確かに本当の事だったのだろうけど……だからといって、過剰に馴れ馴れしくするのは、互いによくないだろう。

 俺は俺で気持ちを切り替えついでに、いつも通り掃除をして、夕飯の仕込みをしている合間にエルノアに朝飯を用意する。忘れたわけではないのだろうが……エルノアは最近、父さまと母さまという言葉を口にすることも少なくなってきた。きっと父さまと母さまに会えない寂しさを埋める何かが、今のこの子にはあるのかもしれない。

 そう、だな。エルノアの寂しさを埋める意味でも、今日はタルルトの孤児院に行くことにしよう。何せ、昨日は1日中他の街に出張していたのだから。それにしても……たった1日会わなかっただけなのに、妙に彼らの事も気になるから不思議なものだ。


「これは、ハーヴェン様。おはようございます」

「おぅ、おはようさん。子供達は元気か?」

「えぇ、おかげさまで。それに、ちょっといい知らせがありまして。……ただ、少し寂しくなりそうですが」

「ん?」


 老神父と話していると、さっきまで横にいたはずのエルノアがいない。そうして辺りを慌てて見渡せば、聞き慣れたはしゃいだ声が庭先から聞こえてくる。声のする方に視線をやると、エルノアは殊の外嬉しそうに子供達と畑の周りを走り回っていた。しかし、あ〜あぁ。また、あんなに泥だらけになって……やれやれ。早速、ピンクのよそ行きが普段着に成り下がっているじゃないか。そんな事を考えている俺が、エルノアの様子を確認するのを待っていてくれたのだろう。神父がいよいよ、「いい知らせ」の正体を教えてくれる。


「実は明日の早朝に、子供達とローウェルズ地方・アーチェッタの本部に越す事になったのです」

「アーチェッタの……本部?」


 神父が何気なく口にした地名に、ズキンと頭の奥が一瞬痛む。きっと、俺の記憶が何かに反応しているのだろうが……最近、事あるごとに頭が痛む頻度が増えた気がする。その痛みと違和感を少しでも紛らわすように、話を続けている神父の声に耳を傾ける。とりあえず……他の話をしていれば、平気なようだ。


「私の報告を読んだ教皇様が、ご慈悲をかけて下さったようで。それで、子供達を特別に保護して頂けることになったのですが……」

「ほぉ〜。それはよかったな。要するに……俺の気まぐれな差し入れに頼らずとも、ガキ共に腹一杯食わせてやれるって事なんだろ?」

「えぇ、おそらく。教皇様は子供には特にお優しい方だと聞いております。……ここには、例の撒き餌の影響で手足がない子も多い。私1人では彼らの面倒も満足に見てやれませんでしたが、アーチェッタに行けばきっと彼らの苦しみも和らぐように思います」

「と、言うことは……あぁ。今日が最後の差し入れになりそうだな」

「そういう事になりますね。……子供達のことを考えれば、アーチェッタに向かうのが最善策だとは思うのですが……」


 確かに、それは寂しくなるな……。特に、エルノアはなんて言うだろう。折角のお友達が遠くに引っ越してしまうとなれば、寂しい以上に悲しむに違いない。……だが、彼らが少しでも幸せになる道を邪魔する権利は俺達にはないし、ここはやはり快く見送るべきだろう。


「いや、気にすんなよ。短い間だったとは言え、趣味に付き合ってもらって楽しかったよ。ありがとう」

「……本当に、ハーヴェン様にはなんとお礼を申して良いのやら。こちらこそ、今まで本当にありがとうございました」


 大人同士の話が済んだところで、エルノアにも事情を説明する。内緒にしておいて、明日になったら友達がいなくなっているなんて、それこそ心に傷を残しかねない。そんなエルノアは突然のお別れに……初めは内容がうまく飲み込めなかったようだが、もともと素直で聞き分けのいい子だ。しばらくボロボロに泣いた後、特に仲が良かったギノには自分の尻尾から一枚の鱗を毟り、手渡す。


「……これ、お守り。……私の鱗だと、あんまり効果はないかもだけど……ドラゴンの鱗は魔除けになるの。大事にしてね」

「ありがとう……僕、エルの事忘れないよ」

「うん。私もギノのこと、忘れない」


 なんと言うのだろう、彼女達のやりとりがとても初々しいというか。これが青春てやつなのだろうかと……ちょっと羨ましく思いながら、彼女達のお別れの挨拶を最後まで見守って、孤児院を後にする。


「……みんな、向こうに行けば幸せになれるんだよね?」


 トボトボと歩く、帰り道。様子を見る限り、エルノアは頭では理解しているが、どうやら心では納得していないらしい。


「そうだな。腹を空かせて、寒い思いはしなくて済むようになる」

「そっか。……そう、だよね。だって、私には帰るお家も美味しいご飯もあるけど、あの子達にはそれがいつもあるわけじゃないんだよね」

「そうだな」

「……多分、こういう風に比べるのは、良くないことなんだと思うけど。私はとっても幸せだったんだって、思うの。今は会えないけど、私には父さまと母さまがいて、そしてルシエルとハーヴェンがいてくれて、ピキちゃんもいる。……生きていることは同じなのに。どうして、こんなにも持っているものが違うんだろう……」

「そいつは……難しい質問だな」

「……うん、分かってる」


 こんな時、この子の父さまとやらはなんて答えるのだろうな。この子がこちらに来てから、たった1週間と数日だが。幾ら何でも、心配して探していたりしないのだろうか。それとも……もう諦めてしまったのだろうか。

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