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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第7章】高慢天使と強欲悪魔
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7−4 雲行きが怪しくなってきた

「さて、と。そろそろデザートの時間かな?」


 穏やかな夕食の時間に、穏やかな嫁さんの笑顔。有り余る幸せの空気を噛み締めつつ……デザートを用意しに厨房に引っ込むが。そんな嫁さんが俺の後に付いてくるように、手慣れた様子で皿を回収して下げてくる。ルシエルはいつの間にか、お手伝いオプションまで習得していたらしい。以前は下手に出ることを嫌がっていたはずのルシエルが、こんなに甲斐甲斐しくしてくれるなんて。あぁ。今まで尽くしてきて、本当に良かったなぁ。


「手伝わせて、ごめんな」

「うぅん。今日はルシフェル様の事もあるし……このくらいはちゃんとしないとね」

「そか。それじゃ、半分運んでくれるか? 今日のムースは2層仕立てだぞ〜」

「バラとラズベリー? だっけ? 一体、どんな味なんだ?」

「それは食べてからのお楽しみ。ま、それなりに気にいると思うよ」

「うん……そうだな」


 ちょっと意欲作だけど、間違いなく女子受けするムースは……かの天使長様もきっと、お気に召すに違いない。


「これ……どんな味なんだ? 甘いのか? それとも……辛いのか?」

「甘いはずですよ。何たって、デザートですから」

「ホゥ?」


 さも不思議そうに、ルシエルから受け取ったムースと睨めっこしているルシファー。そんな彼女をからかうように、ダウジャがニヤニヤしながら囃し始める。


「なんですかい、天使長様は随分と臆病なんですね? 大丈夫ですよ。悪魔の旦那のデザートが不味かったことは、一度もありませんから。今日のだって……うん、いけますぜ。かなり洒落た味がする」

「うぐ……ケット・シーにそこまで言われるとは、思わなんだ。そこまで言うなら、食べてやろうではないか。あぁ、食べてやるとも」


 ダウジャの売り言葉に、天使長様がこれまた無駄に上から目線で買い言葉を吐いた後……周りの様子を真似るように、スプーンをムースに滑らせて、思い切ったように口に運ぶ。人が作ったムースに対して、おっかなびっくりとは……。それはそれで、妙に失礼な気もするが。仕方ない……その表情に免じて許してやろう。ルシファーのお口にムースはバッチリ合ったらしく、すぐさま嬉しそうな顔をしている。言葉の有無はともかく、作った料理が美味しいと受け入れられる瞬間が、俺は何よりも好きだったりする。


「……悔しいが、美味いな。うむ。確かに甘くて……これがきっと、上品な味というやつなのだろう……。それにしても、お前は若造のことを悪魔の旦那と呼んでいるのか? なんだ、その妙な呼び名は。どういった理由でそうなったのだ?」

「どういった……って。別に理由なんかありませんぜ。呼び名なんて、成り行きでしょ? 実際、悪魔の旦那からは何でって聞かれていませんよ?」

「そういうものか?」

「そういうものですよ。現に、天使長様も旦那のことを若造なんて呼んでいるじゃないですか。それこそ、何でです?」

「うむ? 若造は悪魔としては比較的、若いからな。それで……そうか、そうだな。確かに、私の呼び方も成り行きだ。ホゥ。物怖じしない態度といい、スパスパと歯切れのいい切り返しといい。お前、なかなか面白いヤツだな」

「そうですかい? ま、俺としては天使長様に気に入っておいていただくのも、悪くないかな」


 ダウジャの大胆不敵な態度が思いの外、気に入ったらしい。やって来た時はあんなにも、明らかに場違いな威圧感を放っていたのに。今の彼女は、しっくりと空間に馴染み始めていた。そんなダウジャを他所に、ハンナの方はマイペースにスプーンを口に運んでいたが……ふと、何かを思い出した様子。ダウジャを挟んだ先に座っているギノに話しかける。


「そういえば、坊ちゃん。デザートで思い出しましたが……ゲルニカ様のお願いは伝えなくて良いのですか?」


 何やら、ゲルニカから俺に言伝があるらしい。ギノがハンナの言葉に、小さく「あっ」と声を上げると……俺に向き直る。


「そうだ……神父様の事があって、すっかり忘れていました……。あの、ハーヴェンさん。明日、ハーヴェンさんはお出かけのご用事はありますか?」

「いや、特にないけど?」

「そう、ですか。あの、実は……父さまと母さまに子供ができたみたいで……」

「マジ⁉︎ いや、それはめでたいじゃないか。そっか、そっか。それじゃ、早速お祝いの準備を……」

「あ、その……」

「うん?」

「それが……父さま、お茶を上手く淹れられないらしくて、とっても困っているというか……。今日、母さまの母様……つまり、竜女帝様からもお茶が美味しくないって、散々言われてて……」


 何だろう。明るい話題から、いきなり雲行きが怪しくなってきたんだが。


「明日から約1ヶ月くらい……赤ちゃんが生まれるまで、父さまがお茶を淹れなければいけないんですけど、お茶が不味いと母さまがちょっとワガママを言っていて……。それで、ハーヴェンさんにお茶の淹れ方を教えて欲しいって、父さまからお願いを預かってきたんです」


 約1ヶ月? 竜族って……そんなに早く生まれてくるもんなのか?

 と思いつつ、それは今気にする事ではないだろう。とにかく、分かっていることとしては……ゲルニカは赤ちゃんが生まれるまで、奥さんの面倒を見なければいけない。しかし、家事スキルがほぼ0のあいつは、職務を全うできそうにない。それで……俺にヘルプのお呼出がかかった、と。そんなところか。


「あぁ、そういうこと……。ゲルニカのヤツ、いつもながらに奥さんの尻に敷かれてんのな……。そういうことなら、もちろんいいよ。明日は久しぶりに、あっちにお邪魔しようかな」

「ハーヴェンさんも忙しいはずなのに……すみません」

「どうしてギノが謝る? 別にそれは、お前が謝ることじゃないだろう。……ゲルニカは基本、引きこもりの魔法書バカだからなぁ。そりゃ、仕方ないだろうな」

「そう、みたいです……。父さま、意外と家事は苦手みたいで。あ、あと。それと……」

「お? まだ何かあるのか?」

「はい。エルがハーヴェンさんのスープを飲みたい、って言っていました……。向こうに帰ってから、たった2日なんですけど、ハーヴェンさんのお食事が恋しいって寂しがっていて。それで、もしよければ、スープも作ってあげてくれないでしょうか」

「おぅ。そういう事なら、スープも作るよ。プリンセスにそう言ってもらえると、作り甲斐もあるってもんだ。シェフはとっても嬉しいぞ〜」


 俺の答えに、緊張している面持ちだったギノの表情が柔らかくなる。最近、あまり構ってやれなかったせいもあって、必要以上に気を使わせてしまっていたみたいだ。


「その“父さま”というのは、さっきの話だと……ギノが竜族になるために力を貸してくれた人、だったね」

「はい。……無理やり精霊化させられて中途半端な状態だった僕に、精霊としての生き方を教えてくれた人です」

「そうか……ギノはマスターやハーヴェン様だけではなく、いろんな人に助けてもらって生きてこれたんだね。……だとすれば、ハーヴェン様。私もお会いして、是非にお礼を言いたいのですが。明日はご一緒しても、良いでしょうか?」

「あぁ、構わないよ。ゲルニカも快く迎えてくれるだろう」


 人間としての養父と、精霊としての養父。本物の父親ではないはずの2人がいたおかげで、ギノはやさぐれる事もなく、誰にでも優しい子に育った。竜族として生き延びたこと以上に……俺はそのことの方が、奇跡なんじゃないかと思ったりする。


「あ、最後に……クロヒメは相変わらず、マハさんのところでしっかり頑張っているみたいでした。向こうで困っていることは今のところないから、心配はいらないって言ってましたよ」

「そう。クロヒメは気が強い分、しっかり者だからな〜。だから、逆に魔界の子分達のまとめ役がいなくなってて……そっちが却って、心配なんだよなぁ。マハさんもクロヒメを大事にしてくれているんなら、しばらく預けておいてもいいか」


 俺がそんな事を言っていると、なぜかハンナの顔が険しくなる。そして何やら、ハンナの様子に思い当たるものがあるらしい。ギノが腕を伸ばして、彼女の頭を撫でているが。……何かあったんだろうか?


「……随分と、楽しそうな話だな。しかし、そのゲルニカというのは……聞く限り、かなり不甲斐ない奴みたいだが。どんな種類の竜族なんだ?」


 俺がそんなことを考えているところに、空気を読まないルシファーの言葉が上空を滑っていく。ゲルニカを不甲斐ないとは……いくら知った顔ではないとは言え、精霊最強の竜族に対してそれはないだろう。


「天下の竜神様に対して、それはあんまりだと思うぞ。……一応、説明しとくとな。ゲルニカは竜界のエレメントマスターで、バハムートっていう滅茶苦茶強いドラゴンだぞ?」

「あぁ、そうか。『嵐を呼ぶ愛の連携魔法』にルシエルがバハムートと契約したと書いてあったな。なるほど。お前達はその後も、バハムートと懇意にしているということか」


 俺の説明に驚きもせず、あの小説の名前を恥ずかしげもなく出してくる天使長様。なぜ、お前がそれを知っているんだ? その答えを求めて、右隣を向けば……さっきまでムースを味わうのに一生懸命だったルシエルの眉間に、深いシワが刻まれている。どうやら彼女の意図しないところで、ルシファーにあれを吹き込んだ奴がいるらしい。天使長までこの調子で、ルシエルの精神状態は大丈夫なんだろうか。


「……まぁ、その話はもういいや。ところで、天使長様は今夜のお食事には満足した?」

「フン、まぁ、それなりに美味かったな。また遊びに来てやっても構わないくらいには美味かった」


 なんだ、その妙な感想は。それって……また食べに来たいくらいに気に入った、ということか?


「それでだな、ちょっとルシエルとお前に話したいことがあってな。……そういうことで、若造。さっさと人払いをして、茶の用意をせんか」

「……へいへい。相変わらず、自分勝手な奴だな……。みんな悪いな。天使長様は俺達に話があるらしい。ちょっと早いんだけど、ギノ達は寝る準備をしてくれる?」

「はい。僕も今日は少し疲れましたし……それに、神父様と一緒にお風呂に入りながら話したいこともあります。ですので、先に休ませてもらおうと思います。今日もご馳走様でした」

「うん、お粗末様でした。明日は俺の方も竜界に行く準備をしておくから、よろしくな」

「ハーヴェン様、私も先に休ませていただきます。……久しぶりにきちんと食事を頂けて、少し人間だった頃を思い出せそうな気がしました。今日は……本当にありがとうございました」

「おぅ。プランシーも明日に備えてゆっくり休めよ」

「それじゃ、悪魔の旦那、おやすみ!」

「お休みなさい」


 そんなことを口々に言いながら、きちんと空気を読んで退散して行く4名様。妙に追い出してしまった気がして申し訳ないが……ルシファーの雰囲気に、さっさと退散した方がいいと肌で感じたのだろう。


「さて、と。お茶だよな?」

「うん、ごめんねハーヴェン。……こんな事になって」

「別にいいよ。すぐに淹れるから、ちょっと待っててな」


 そんな事を言いながら、茶の準備をするものの。天使長様が真剣な表情をしてまで、話したい事ってなんだろう? 俺……何か、やらかしたか?

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