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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第6章】魔界訪問と天使長
232/1100

6−40 生きていてくれて、本当にありがとう

「さて、プランシー。この屋敷は、ローヴェルズ側のルクレスとの国境付近の森の中に建っている。嫁さんの魔法道具のお陰で、瘴気は薄くなっているが……夜に出歩くのが危険なのは、今まで通りだ」


 プランシーにこちらの生活のことを説明しているものの。元現代人相手に、余計な気遣いな気がする。人間界の危険については、彼の方が俺よりも遥かに詳しいだろう。


「やはり、悪魔でも魔禍は危険ということですか」

「う〜ん……俺自身は悪魔になってからも、魔禍に会ったことはないんだけど。退治方法もない時点で、避けるに越したことないだろうな」


 普通の魔物なら、ともかく。魔禍みたいな得体の知れない化け物は、対峙することよりも、遭遇を避けることを考えた方がいいだろう。夜に出歩かなければ、とりあえずは安心なのも分かっているのだし。急用でもない限りは、むざむざ出かけていく必要もない。


「それで、な。嫁さんと俺以外に、エルノアとギノの竜族の2人に……ケット・シーが2人と、俺の子分でもあるウコバクが住んでいる」

「……ギノもここに住んでいるのですね」

「うん。でも、性格なんかは昔のままだから、中身はあの子が人間だった時と変わらない……あ、違うな。あの子は竜族になるために、もの凄く頑張ってな。その分、大人になった部分はあるかな。何れにしても、優しくてしっかり者なのは変わらないから、安心してくれていいぞ」

「そう、ですか……。そうか、ギノは頑張ったのですね……」


 そんな事を掠れた声で呟くと、プランシーはさめざめと涙を流し始めた。子供達を助けられなくて、闇堕ちした聖職者……か。親近感を抱くには、あまりに不謹慎な内容だが。彼の涙の意味を考えると、俺自身も込み上げてくるものがある。


「そんな感じで、結構な大所帯なんだが。元々かなりの貴族のお屋敷だったみたいで、部屋はまだ余っている。プランシーも使う部屋を決めた方がいいだろう」

「私など、玄関のソファで十分です」

「そういう訳にはいかないだろ。遠慮する必要はないから、ちゃんと1部屋使えよ。……そうだな。だったら、1階の部屋はどうかな。日当たりもいいし、どうかな?」

「よろしいのですか? そんなにいい場所を使わせていただいて……」

「あぁ、構わないよ。ただし、掃除は各自自分でする事になっているから、そこはよろしくな」

「……もちろんです。では、お言葉に甘えて、そちらを使わせていただきます」

「うん。あ、そうそう。それと。プランシーには念の為、これも預けておくな」


 そう言いながら……壁の鍵束からこの家の鍵を1つと、財布から金貨を5枚取り出し渡す。


「こんな大金を……ですか?」

「あぁ。必要に応じて使うといい……な〜んて、偉そうに言っているけど。出所は嫁さんの稼ぎだったりするんだよなぁ」


 プランシー相手に、お手伝いにお駄賃をあげる……なんて、子供達と同じ待遇を強要するのは、流石に失礼すぎる。まぁ、でも……その割には、嫁さんは小遣い制なんだよなぁ。ご本人様の希望とは言え、やっぱり違和感があるのは気のせいだろうか。


「……ま、とにかく。それは好きに使ってくれて構わない。もし足りなくなったら、言ってくれよ」

「ありがとうございます。大事に使わせていただきます」

「おぅ。その代わり、他の人間に迷惑をかけるようなことは、絶対にしちゃダメだ」


 俺達は元人間とは言え、中身は悪魔。人間には本来、不可能なこともできてしまう部分がある。多分、プランシーの様子からしても、問題ないとは思うが……人間に危害を加えることは何が何でも避けてくれと、しっかり説明する。俺達はルシエルと契約中の身だ。万が一、人間界に被害を出した場合は彼女の責任にもなってしまう。


「そいつは、そのための金でもあるんだよ。嫌な言い方かもしれないが、状況によっては金で解決する方が丸く収まることもあるだろう。人助けをするのは構わないが、人を困らせることだけはしないでくれよな。でないと、嫁さんに迷惑がかかる」

「心得ました。……私自身も、自分が変わってしまったことを痛感しているのです。以前は平気だったこと、何も感じなかったことにも反応するようになってしまいましたし……これが欲望に飲まれる、ということなのでしょう。しばらくはこちらで、感覚を馴染ませる意味でも大人しくしていようと思います。……分からないことがあればお伺いすると思いますが、その時はよろしくお願いいたします」


 そこまで言って、憤怒の悪魔とは思えないほどに、理知的に頭を下げるプランシー。うーん……この辺りの性格はあまり変わっていなさそうだし、大丈夫かな。


「あぁ。どんなに些細な事でも気になったら、遠慮なく聞いてくれよ。俺も分かる範囲で答えるから」


 そんなことを話しているところで、どうやら誰かが帰ってきたらしい。エントランスのベルがカランカランと、そのご帰宅を告げている。


「さて。帰ってきたのは、嫁さんかな? それとも……ギノ達かな?」


 リビングでご帰宅した相手を待っていると、少し疲れた様子のギノが顔を出した。お帰りが3名様であるところを見るに……エルノアとコンタローは依然、向こうに残留中といったところか。


「お帰り。お使いご苦労だったな」

「おぅ! 悪魔の旦那、ただいま!」

「ただいま戻りました」


 ケット・シー2人がそんな反応をしながら、リビングに入ってくる一方で……ギノが驚いたように立ち尽くしている。俺の向かいに座っているのが、自分の知った顔だということに、気づいたのだろう。


「もしかして……そちらは神父様……?」

「ギノ! 本当に生きていたのだね……! あぁ、良かった! お前だけでも生き延びてくれて……!」

「神父様も……! 僕は、その……」


 最後まで言葉を紡ぐことができず、堪えきれずに号泣するギノと、彼を優しく抱きしめるプランシー。見れば……プランシーもギノの頭を優しく撫でながら、涙を流している。


「あ、あの……悪魔の旦那。あの方は、坊ちゃんとどういう関係で?」

「あ、そうだよな。お前達にはこの状況、分からないよな」


 帰ってきて早々にこれじゃ、混乱するのも無理はないよな。ゴメンゴメン。


「ギノとあの爺さん……プランシーっていうんだけど。2人とも、元は人間だったんだよ」

「は⁉︎ 嘘でしょう⁉︎」

「そんなことで嘘をついて、どうするんだよ。ザックリ説明すると、だな。2人ともリンドヘイム聖教っていうインチキ臭い宗教組織に、怪しい研究の実験台にされてさ。離れ離れになった挙句に、ギノは竜族に、そしてプランシーは悪魔になっちまった。で、プランシーは元々リンドヘイムの神父でな。……孤児だったギノを含む、子供達の面倒を見ていたんだよ」

「そんな事が……」


 俺の簡単な説明に、ハンナがさも悲しそうに手を合わせている。どうやら彼女はしっかり、もらい泣きをしているらしい。大きな瞳を潤ませて、鼻を啜っていた。


「なるほど……。では、今まさに感動の再会、ってことなんですね……! そうか、そうか……坊ちゃんも、とっても辛い思いをしていたんですねぇ……!」


 若干遅れつつも、いよいよ感極まったダウジャも手鼻をかんでいる。彼らも必要以上に、再会を邪魔するつもりもないらしい。……静かに見守ってくれるようだ。


「僕、1人だけ生き残ってしまって、すみません……。みんなも一緒に生きていられれば、良かったのに……なぜか、僕だけ助かってしまって……!」

「そんなことは、ないんだよ。私は闇の底に堕ちた後、ハーヴェン様からお前が生きていると聞いて、自分を諦めずに済んだんだ。今はこうして、お前に会えたことが何よりも嬉しい。……生きていてくれて、本当にありがとう」

「……‼︎」


 きっとその言葉は、生き延びてしまった事に罪悪感を感じていたギノにとって、何よりも欲しかった言葉に違いない。彼の言葉を噛みしめるようにプランシーを見上げた後、更に大きく子供のように泣きじゃくる。明らかな嬉し涙を見つめながら、彼らが無事に再会できたことに……俺も嬉しくて仕方ない。


「……さて。とりあえず、お茶を淹れてやろうな。落ち着いたところで、こちらに来るといい」


 そう言いながら、厨房に引っ込むが。彼らには話す事があり過ぎて、暫く落ち着くことはないだろう。だとすれば、俺はさりげなくお茶を出してやればいい。今は彼らの邪魔をしないことを、何よりも優先すべきだな。

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