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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第6章】魔界訪問と天使長
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6−30 憤怒の悪魔

 私は紛れもなく、天使と呼ばれる存在なのだろう。今までしてきた事が間違いだらけでも、神の使いとして……彼のためにできる事があるのなら。その怒りを少しでも、軽くしてやれるのなら。ここで私ができる事は……。


「ハーヴェン。ちょっと彼と話をさせて……」

「ルシエル、下がってろ! 今はそんな状況じゃ……」

「いいから! とにかく話をさせて」


 あくまで私を守ろうとしてくれるハーヴェンの前に踏み出し、カイムグラントと向き合う。沸騰するような怒りの温度に、足が竦みそうになるのを堪えて……更に、勇気を振り絞る。


「……この場で私を打ちのめせば、少しはあなたの気が晴れますか?」

「ルシエル、お前、何を言ってるんだ⁉︎ ここでお前が傷つく必要はないだろう!」

「お願い、ハーヴェン。お願いだから……黙ってて」

「だけど!」

「ルシエル、ハーヴェン様の言う通りだ。彼の怒りは我々が全員で受け止めるべきもの。お前1人が抱える事ではない! とにかく、彼から離れるんだ!」

「オーディエル様も……大丈夫です。……ただ、傷の回復はお願いしてもいいでしょうか?」

「し、しかし……!」


 心配してくれているハーヴェンやオーディエル様の優しさを振り切るように……もう1歩、前に出る。


「グルルルル! テンシ、ニクイ! ハギャァァァア!」


 私を前にして、相変わらず奇声を発している……どうやら、彼の理性は吹き飛ぶ寸前のようだ。そうか。これが、憤怒の悪魔の姿か……。


「……私にはこれからなすべきことがあり、その為にあなたの力を是非、借りたいのです。勝手な事を言っているのは、重々承知です。……だからせめて、この場であなたの怒りを受け止める努力をしましょう。命を差し出すことはできませんが、気が済むまで私を打ち据えてくれて構いません。翼を捥がれることは了承しかねますが、私が血を流せば済むのであれば……この血をいくらでも流しましょう」


 静かに、彼を刺激しないように、ゆっくりと話しかけ。手を合わせ、彼の前に跪き、目を閉じる。そうして至りくるはずの痛みに怯えながら、彼の怒りを待つ。

 正直、とても怖い。痛みを受けることもそうだが、彼の憎しみの深さを知ってしまう事……私達の過ちがそれ程までに、取り返しの付かないものだった事かを、気付かされるのがとても怖い。


「……?」


 しかし、覚悟している私がいくら待てども……やって来るはずの罰はやってこない。そうして恐る恐る目を開くと、先程の悪魔の姿とは似ても似つかない、窶れた老人の姿があった。地に手をつき、背中を丸めて震えているが……。


「……プランシー?」


 ハーヴェンから聞かされていた、彼の名前を呟く。彼は泣いているらしい。丸くなり切った背が更に激しく震えだした。


「……分かっているのです。私とて……少なくとも、あなた達が子供達の仇ではない事くらい……分かっているのです! ですが、どうすればいいのでしょう? この怒りは……どうしたら、静まるのでしょう? どうすれば……私はあの子達に許してもらえるのでしょう? ……毎日毎日、どうすればいいのか、分からない。あの時……あの時……私がもっと強ければ……!」


 そこまで言葉を吐き出したところで、彼の嗚咽が更に大きくなる。……そうか、彼は……。


「あなたは私達が許せないと同時に、自分をも許せないのでいるのすね。……私達が気づくべきことに気づけずに、悲しい思いをさせてごめんなさい。……救うべき命を救えずに、あなたをここまで追い詰めてしまって……本当にごめんなさい。そのことに言い訳するつもりも、許してくれとも言いません。だけど……悔しいけれど、失われた命が戻ることも決してないのです。あなたはこの先、どうしたいのですか? 私ができることであれば、望みを叶える努力をしましょう。そして最大限に、あなたがあなたらしさを取り戻せるよう、寄り添いましょう。お願いです。もう二度と、彼らのような犠牲を出さないためにも……私達にあなたの力を貸して欲しいのです」


 彼の背中を摩りながら、さも偉そうに話しかけるものの……私はこれ以上ないくらいに、卑怯な言い方をしている事を忌々しいくらいに自覚していた。

 子供達を引き合いに出せば、彼の協力を引き出せるかもしれないと……頭の片隅で未だに甘いことを考えている。それでも、今はその考えに縋るしかない。きっと彼もこれ以上、あの子達のような犠牲を出す事は望まないだろう。それは……私達が共有できるはずの願望に違いないはずだ。


「そう、ですね……。そうだ、私はまだ……そのためにも……!」


 苦しそうに吐き出される言葉が、途切れる時。大きな悪魔の姿に戻った彼が私の足元に膝を着く。


「そのためにはまず、私は人間界に戻る事を望みます。……ですから、手を取り合える相手を取り違えてはいけない」

「……もし良ければ、一緒に人間界に参りましょう。今のあなたであれば、きっと……目的を見失う事なく、自分を取り戻すことができると信じています」

「ありがとうございます。……あなた様のお名前を聞かせて頂けませんか。私の怒りを受け止めてくださろうとした、その御心の名を」


 私を見据えるその真っ赤な目には怒りの他に、縋るような光が宿っているのが見えた。彼の怒りは消えない。それでも、その怒りに……別の感情がうまく決着をつけてくれたようだ。


「私はルシエルと申します」

「……では、マスター・ルシエル。人間界に出るには契約が必要だと……お伺いしていました。あなたなら、信頼できそうです。ですので、この場であなたに契約を預けさせて頂きましょう。……我が名はコンラッド。契約名・カイムグラントの名において、我が身に封じし黒雲の嵐を捧げ、汝が戒めを受けると共にマスター・ルシエルに魂全てを隷属させること……を誓います。この通りです、これから……よろしくお願いいたします」


 そう言いながら更に小さく、跪きながら祝詞を預けてくれるカイムグラント。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします……。少なくともあなたに、敵じゃないと分かってもらえて良かった……です」


 彼が契約を預けてくれた事に安心したと同時に、急に力が抜ける。どうやら、緊張の糸が図らずとも切れてしまったらしい。そんな自分ではどうする事もできない脱力感に襲われて、よろめく私の背を……懐かしい感触の誰かが支えてくれた。


「……ったく。人に無茶をするなと言ったそばから、コレかよ。……大丈夫か?」

「う、うん……ごめん。ちょっと気が抜けちゃった……みたい」


 責める口調とは裏腹に、優しい声。軽々と私を抱き上げてくれるハーヴェンの腕の中で、彼に甘えるように丸くなる。その温もりは……シットリした毛皮の体温以上に、私の全てを労うように穏やかに包んでいった。

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