6−11 実はみんな知っていたりする
去り際に渡されたお土産からは、もの凄くいい匂いが漂ってくる。重さからしても、きっと結構な量が入っているのだろう。これだけあれば、他の子にも分けてあげられるかな。ボクとしては……ちょっと独り占めしたい気分もあるけど、それは流石に意地汚いよね。
「あぁ〜、ラミュエル様に、ミシェル様〜! お帰りなさいぃ〜」
「ただいま。お留守番、ありがとう」
「いいえ〜。ラミュエル様のお留守を守るのも、私の仕事ですからぁ〜」
妙に間延びした声の主は、マディエル。神界に一大ブームを巻き起こしている「愛のロンギヌスシリーズ」の作者だ。ボクとしては『愛と魔神』が1番好きだけども、『愛の結婚生活』も捨てがたい。
「ね、マディエル。ハーヴェンちゃんがお土産を用意してくれたの。マディエルとリヴィエル、それでリッテルとキュリエルにも、って言われているから……悪いんだけど、他の3人を探してきてくれない?」
「はぅ〜! 本当ですか! ただ、今はちょっと……お土産どころじゃないみたいなんですぅ……」
「どうしたの? 何か、あったの?」
マディエルのいつもの呑気な様子が、妙に萎れている。それって……ハーヴェン様のお土産以上に、重大な何かが起こったということ?
「マディエル、何があったんだい? ボクでも分かりそうなことかな?」
「あぁ、そうですね〜。ミシェル様にもお知恵を借りたいです〜。実は今、ネデルがティデルと一緒にルクレスの塔の様子を見に行っているんですが……設定が大幅に書き換えられているみたいなんですぅ〜」
「どういうこと? 今のルクレスの塔は私以外は、担当者のティデルと管理者代理のネデルしか入れないはずだけど……」
「はいぃ〜。私としては、ネデルの報告を待つしかないんですけどぉ、分かっている範囲で……現在魔力検知の機能がダウンしているみたいです〜」
ということは、誰かが魔力検知範囲の書き換えをして……機能を無効にしたんだろう。
「分かったよ。どうやら、ボクの出番みたいだね。塔の管制システムで書き換えが行われたタイミングと、操作者を洗えば、ある程度の状況は把握できると思う。ついでにリモートでルクレスの塔を正常化するから、ラミュエルはネデル達にそのことを伝えて」
「もしかして、塔の管理はミシェル様がしていたんですかぁ?」
「まぁね。こう見えて、今の神界では最年長だからさ。ボクは神界のシステムの全管理者権限を持ってるよ。だから、すぐ調べがつくと思う。ただ……ラミュエルには犯人の心当たりがありそうだね……」
「……本当に、仕方のない子……。何れにしても、分かったわ。私はネデル達のところに行ってきます。それで、マディエル。申し訳ないんだけど、誰か……リッテルの姿を見てないかも含めて、彼女を探してくれる?」
「かしこまりました〜! お任せくださいぃ」
そう言って、大急ぎで飛び立って行くマディエルの背を見送って、ボクも情報処理室に急ぐ。
ここは元々は転生部隊とは関係のない部屋だったけど、先代がゴッソリいなくなってしまったのを機に、システムの管理と改良を続けてきた自慢の部屋だ。
「……さて、と。まずは塔の機能を正常化するのが先だな」
画面の操作パネルには人間界の大陸地図が広がっている。画面のルクレスのポイントを見ると、エラーを示すレッドの警告がしっかり出ていた。
「……メジャーレッドか。……ったく、相当深層部まで書き換えたね、これ……。しかしなんだい、この美的センスのカケラもないようなポーリング構築は。……マネジャ構成の関係性が逆転しているじゃないか……」
そんなことを呟きながら、絡まった糸を1つずつ解すように命令文を修正していく。所々、命令文の順序が間違っているのを見る限り……知識はそれなりにあるが、経験が足りないド素人がやらかした犯行みたいだ。色々とお粗末だなぁ……。
「……これでよし、と。それで、ルクレスのシステムをリブートして……!」
ルクレスの塔が正常に再起動してくるのを見守っていると、さっきのポイントがグリーンで示される。
「うん、ノーマルグリーンになったか。このステータスであれば、問題ないかな」
とりあえず、システムの復旧はしたし、次は……。
「昨日の夕刻に書き換えられているみたいだな……で、あぁ。やっぱりなぁ。犯人はビンゴ、ってところか……」
こんなに重大な問題を起こしたら、かなりの懲罰ものだと思うんだけど……その辺、彼女は分かっているんだろうか。何れにしても、ボクが1人で判断することでもないし、あとはラミュエルの部屋で待つことにしよう。
……ったく、折角ハーヴェン様からお土産を貰ってウキウキしていたのに。これじゃ、難しい話をしながら食べることになりそうじゃないか。
***
「ルクレスの塔の機能が正常化したので、ティデルにはお仕事をしてもらえるようにお願いしてきたわ。ついでと言ってはなんだけど……ネデルにはそのまま残ってもらって、お仕事の説明をしてもらっているの。それにしても、空白の期間で何か起こっていないといいんだけど……」
ラミュエルが珍しく眉間にシワを寄せて、困った顔をしている。多分、彼女的にはとっても頭が痛い内容なんだろう。マディエルがしっかり呼んできたリヴィエルとキュリエルもどことなく、心配そうな顔をしているじゃないか。
「ボクも一応、塔の書き換え情報を洗ってみたよ。でも……説明の前にとりあえず、元気だしなよ。ボクとしては、一仕事したから甘いものが食べたいし。まずは頭の栄養を補給しよう?」
「そうね。折角のお土産を頂きましょうか。ハーヴェンちゃんがみんなにも、って持たせてくれたの」
そう言いながら……ラミュエルが持たされたうちの1箱を開けると、中には色とりどりの砂糖やクリームでおめかししたマフィンというらしいお菓子が詰められている。
「……あれ? なんかここ、空いてない?」
「あぁ、ネデル達にもあげてきたの。私達だけで食べるのは、忍びないもの」
「そういうこと。……にしても、どれが美味しいんだろう……? あぁ〜、迷うなぁ……」
「はぅ、きっと、どれも美味しいと思いますよ〜。なんてったって、ハーヴェン様のおやつですもの〜。私はこのオレンジを頂きますぅ」
先手必勝と言わんばかりに、マディエルが目の前にあったオレンジソースのマフィンを掻っ攫っていく。う……ちょっと狙ってたんだけど、それ。
「それでは、私はこちらのピンクのクリームのものを頂きます」
「……私は赤いソースのにしようかな」
そんなことを言いながら、リヴィエルもキュリエルもあっさりと品定めしてマフィンを手に取る。どうして、そんなに簡単に決められるんだろう? ボク、どれがいいのか迷っちゃうよ……。
「ふふ、それじゃ……私はこのフワフワの白いクリームのものにしましょう。ほら、ミシェル。早く決めないと、しまっちゃうわよ?」
「え、ちょっと! なんで、そんなにあっさり決められるのさ⁉︎ クゥ〜……! それじゃ、ボクは茶色にする!」
そう言って、勢いで掴んだ茶色のマフィンを頬張る。その瞬間、口に広がるほろ苦い甘さとシャリシャリとした歯ざわり、そしてナッツのまろやかさ。
「いや、待って。めちゃくちゃ美味しいんだけど! これが世に聞く……ナッツぎっしり、確かな満足ってヤツ⁉︎」
「私のもとっても美味しいですぅ〜……あぁ、またハーヴェン様のおやつが食べられるなんて……。お仕事、頑張ってよかったです……」
少しの間、面倒な事は忘れようと、夢中でおやつに食らいつく。そうして……それぞれのおやつを平らげたところで、本題に入るつもりらしい。口元に白いクリームをくっつけつつ……ラミュエルが真剣な顔になりながら、ボクに向き直る。
「それで、ミシェル。……どうだった?」
「うん、犯人は書き換えについてはある程度、勉強してたみたいでね。結構、深層まで書き換えられてた。ま、ボクにかかれば、修正はあっという間だけど。それはともかく、肝心の書き換えられた時間は昨日の夕刻、それで……この辺は予想通りかもしれないけど。書き換えIDを精霊帳データと照合した結果、犯人はやっぱりリッテルみたいだ。……裏から履歴を追えるなんて、知らなかったんだろうねぇ。色々とお粗末だけど、やらかしたからにはそれなりの罰は与えないと」
「そう、ね……。それでマディエル、リッテルは見つかった?」
「アウゥ、それがリッテルを見かけた人も誰もいなくて……。それで、リッテルと仲のいいキュリエルにも聞いてみたんですけど……」
そう言われて、話を振られたキュリエルがこめかみに指を当てながら、答える。リッテルと仲がいいらしい彼女としても余程、目に余るものがあるらしい。
「昨日の夕刻前に、神界門で彼女とすれ違いました。それで今から仕事に戻る、なんて言うものですから……止めたんです。報告書は出したんでしょう? この先の時間分は明日出したら? ……って。そしたら彼女……自分には今日しかないから、日が変わるまで戻らない……なんて、泣きながら答えたんです。私は後からリッテルがルクレスの担当を外れたことを知らされたんですけど……ただ、最近のリッテルはちょっと過激だったというか。毎日出会いがない、自分の方が優秀なのに、ルシエル様にハーヴェン様みたいな旦那様がいるのはおかしい……って、よく周りに吹聴していました……」
リッテルを必要以上に悪者にしないというマディエルの配慮もあって、『愛の結婚生活』に詳細なルール違反の内容は記載されていない。そのため、あまり公にはされていないけど……リッテルがハーヴェン様に契約替えを直談判していたことを、実はみんな知っていたりする。そのせいで、彼女に対する周りの風当たりも強かったりした……かも?




