1−2 いつもと違う景色
毎日毎日、代わり映えのしない退屈な仕事のはずだった。しかし、今日のそれは迷惑にも、いつもと違う景色を私の目に映すことにしたらしい。
いつもと違う、日常。
いつもと違う、景色。
その全てに煩わしさを感じながら、目的地へ飛び立つ。
「……やれやれ、またか。今日の侵入者は、手強い悪魔でなければいいのだが」
監視領域の“塔”が魔力反応を検知したものだから、下界に見に来たのだが……。魔力反応を示しながら目の前に倒れているそれは、明らかに人間ではない。手元の精霊帳のサーチ鏡をかざすと、はっきりと彼女が精霊、しかもその中でも最上位に位置する竜族だと示される。一応はヒトの形をとってはいるが、紅に染まった角と銀色の鱗に覆われた尻尾がそうではないと、自己主張をしているように見えた。
「……竜族? 何かの冗談か?」
竜族は本来、竜界に出向かなければ契約はおろか、会うことさえ許されない。その希少種が二翼の自分の目の前に……あろうことか、人間界に転がっている。何かの間違いかと自分を疑うが、間違いでもないらしい。
「ハイヴィーヴル……新種か? 魔力レベルは6……」
サーチ鏡が示すデータと数値に、改めて視線を落とす。見た目は幼い少女のようだが、魔力レベル6ということは、やはりそれなりの精霊であるということらしい。稀有な状況にもかかわらず、異常なまでに冷静な自分に少し苛立ちを覚えながら、粛々と情報を咀嚼する。
「ヴィーヴルは確か、既に登録データがあったはず……」
手元の精霊帳をめくり、「ヴィーヴル」の項目を探す。「ヴィーヴル」自体はレベル4の精霊と記載されているが。だとすると、目の前にいるのは上位種ということか。
そもそも、記載されている情報と既に色々と齟齬がある。精霊帳には桃色の鱗に覆われているドラゴンの挿絵があるが、「彼女」の鱗は鈍い銀色。どう見ても、桃色ではない。角は赤……それは合っているが、問題はその形状だ。挿絵のそれは大きく湾曲し、弧を描く形状をしているように見えるが……。目の前の彼女のそれは、多少は波打っていても、弧を描くとはとても言い難い形状をしている。どちらかというと、後部に伸びている感じだ。
とはいえ、精霊帳は全ての精霊を網羅しているわけでもないのだから、彼女のデータがなくても仕方ないのかもしれない。あくまで、手元の図鑑に載っている精霊の種類は、契約を元にした情報を反映しているだけでしかないし、それでなくとも竜族は極端に情報が少ない種族なのだ。
中級以上の精霊……魔力レベルで言うと、大凡4以上の者は「本性」として本来の姿と、交渉のための「理性」として人型の姿を持つ。もともと人型とさして変わらない本性を持つ精霊も多いが、竜族の本性は人型のそれとはかけ離れているというのが、一般的な見解だ。巨大な爬虫類の姿を持つ、どちらかというと精霊というよりは神に近い存在とも言われ、その力は強大で、他の精霊とは一線を画する。
異常なまでに高い身体能力と魔力を持ち、最高位の竜族の鱗はたった1枚で人間界の国1つの瘴気を浄化できる程の魔力を宿すという。角は瘴気を浄化し、浄化した瘴気を魔力として自らの体内に溜め込むと同時に、他に分け与える事もでき、骨はどんな金属よりも硬くなめらかだと言われ……要するに、生きていようが死んでいようが、竜族は存在そのものが財宝に等しいのだ。
そんな財宝にも等しい精霊が、目の前に転がっている。彼女の方は虫の息のようだが、死んではいない。どうする、もう少し調べてみるか?
「……違うな。まずは助けることが先だ」
何をやっているんだ、自分は。明らかに相手は死にかけていて、まして、どう見ても年端も行かない若い個体だ。情報収集よりも先に助けるべきだろう。
そこまで考えて、角と鱗の重さしかないのではとすら思える程に軽い彼女を抱きかかえて、帰り道を急ぐ。ここは人間界だ。魔力は薄い。手当には多少、手間取るかもしれないが。……それでもまずは、休ませなければ。
***
屋根裏部屋のベッドで、小さな少女の精霊が微かな寝息を立てている。どうやら、少しは落ち着いたらしい。ここが魔力が薄い人間界とは言え、眠ればある程度は回復するはず。……しばらく休ませれば、じきに目を覚ますだろう。
「ルシエル……この子、どうするんだ?」
そんな事を考えている私の側で、腕を組みながら難しい顔をしているのは……ハーヴェン。エルダーウコバクという上級悪魔だ。精霊と呼べるのかは甚だ疑問だが、魔力レベルは9。……正直なところ、かなりの魔力の持ち主でもある。
エルダーウコバクは一般的なウコバクの上級種らしいのだが。あいにくと、私は悪魔の種類にはそこまで詳しくはない。悪魔の知識自体も、結局はハーヴェンから教えてもらったのだが……本人曰く、本来は炎属性のはずらしいウコバクにも関わらず、自身は水属性を持つ亜種に該当するそうだ。そして、彼自身の本性もまさに悪魔という姿をしているが……こちらでの生活には悪魔の姿は都合が悪いとかで、普段は人間に化けている。
いかにも人好きしそうな、青年の姿。薄水色の髪は常に短く切り揃えられており、彼の理論によると、料理人は清潔第一だからということらしいが。ハーヴェンはそれ以上に、なぜか髪を伸ばすことを異常に嫌う傾向がある。そんな彼の手下にあたるウコバクは地獄の釜番をしている悪魔で、地獄の釜の火を絶やさないように油を注ぐ役を担うというが……ハーヴェンはウコバクの中でも上位種のため、特殊な役目を担っていたらしい。
「まぁ、一旦はこれでいいと思うな。俺も人間を料理するよりは、死にかけている奴の面倒を見る方が性に合ってるし」
もともと彼は魔界に連れていかれた「獲物」を料理し、他の悪魔に提供する仕事をしていたそうだ。要するに料理人なのだが、この場合は少々意味が違う。基本的に食事の習慣がない悪魔にとって、それはあくまでも「オマケ」でしかなく……どちらかというと、生きたまま捌かれる獲物の様を楽しむショーが本質の、彼曰く「悪魔のお遊び」だったという。魔界に連れていかれる……つまり「獲物」とやらは、その時点で相当の極悪人なのだろうが。それでも、悪魔にしては少々優しすぎる彼には、「向かない仕事」だったのだろう。
ハーヴェンは料理をすることが好きなだけで、誰かをいたぶる趣味はない。自分の「料理自体」で誰かを満足させたい。そんな悪魔らしからぬ野望を抱いて、彼は魔界を飛び出して人間界にやってきてしまった。一方で人間界の、しかも小国の監視という「つまらない仕事」に倦んでいた私にしたら、彼の来訪は手柄をあげるチャンスでもあったわけだが……。
「まぁ、ハーヴェンはお人好しだからな。……自分とは天使と悪魔が逆だったんじゃないかって、今でも思うよ」
そう、彼との出会いもある意味で「いつもと違う景色」でしかなかった。それでも……こうして一緒に暮らしているのは、彼側の気まぐれが大きく影響している。今考えても馬鹿げているとしか思えないし、成り行き任せで情けない事、この上ないが。私には……その選択が最適解だと思えて、ならなかった。