6−1 ようこそお越しくださいました
カランカランとベルが鳴り響くと……音を聞きつけて、リビングから子供達が出迎えに来てくれた。何やら緊急事態があった様子だったので、心配していたのだが。こうして彼らの無事な姿を見られると、ホッとする。
「マスター、お帰りなさい!」
「うん、ただいま。ところでみんな、無事?」
「あ……はい、大丈夫です」
「そう。今日は何かあったみたいだけど……」
「……勝手に魔力を解放して、すみませんでした……」
「いや、それは良いんだよ。ただ、かなり消耗していたみたいだから大丈夫かな、と思って。……まぁ、ハーヴェンがなんとかしてくれたんだろうけど……」
彼らの身に何が起こったかは大凡、見当がついている。ギノの魔力が大幅に減っているのに気づいた時には、既にハーヴェンが魔力解放をした後で……多分、彼らに敵襲があったのをハーヴェンが助けたのだろう。私自身も駆けつける準備をしていたのだが、今回は出る幕がなかったようだ。
「いや〜、それにしても……悪魔の旦那はやっぱり凄いですね、マスター! あんなに大勢のグリフォンとケルベロスの群れを魔法も使わずに、追っ払うんだから!」
そう言いながらシャキーン、と何やら格好いいらしいポーズを取るダウジャ。……ユーモラスな様子が、とても可愛い。
「えぇ、本当に。坊ちゃんも私達を守ってくれて……。何とお礼を申し上げて、良いのやら……」
「そっか。ギノもとても頑張ったみたいだね。……ハンナ達を守ってくれてありがとう」
「は、ハイ……! あ、そうそう、ハーヴェンさんが夕食の準備ができているって言ってました。あの……こんな所でお話が盛り上がってしまって、すみません……。お客様もどうぞリビングへ……」
私の背後にゲストが3人もいるのに、気付いたのだろう。ギノが申し訳なさそうに、私の後ろで待っていてくれているお客人を招き入れる。
「へぇ〜、ルシエルは随分と精霊達に懐かれているんだね〜。ボク、こんな風に精霊と触れ合ったことないかも……」
「そう、なのですか?」
「ふむ……なるほど……。これも愛の力か……」
「いや、そんな大層なものでは……」
「あら。こんな風に精霊と仲良くできるのは、とってもいいことよ? ルシエルの精霊への接し方は、他のみんなにも見習ってもらわないといけないわね……」
「は、はぁ……」
三者三様に口々にそんな反応を示すものだから、子供達が少し呆気にとられた顔をしている。……初対面からこの調子で、色々と大丈夫だろうか。
「あ、ごめんね。とにかく……お客様は後で紹介するから、今はみんなでリビングに行こうか。……さ、ラミュエル様達もどうぞ、奥へ」
「えぇ、お邪魔しま〜す」
そうして、ようやくリビングに辿り着くと、既にテーブルにはきちんと人数分の料理……見た所スープとサラダ、そして副菜が2種類にリゾット……が並べられてあり、厨房の方でハーヴェンが残りのメインディッシュを盛り付けている最中だった。
「ようこそお越しくださいました〜。料理は全部出来上がっていますから、どうぞお席へ」
「……との事です。ですので、皆様は奥のお席に……って、アレ?」
ハーヴェンの言葉を引き継ぐ形で上座を勧めようとした所、背後にいたはずの3名様の姿がない。3人とも、どこに行ってしまったのだろう……?
「……あ、あれ?」
「マ、マスター……。皆様はあっちに……」
「え?」
妙に引きつった顔のギノが指差す方向には……彼以上に引きつった顔のハーヴェンが、3人に囲まれている。い、いつの間に……?
「おぉ! やはり、本物は想像以上だ! 何だろう、こう胸が……スーッ、ハァーッ……。と、とにかく……! この小説にサインを下さいっ……!」
「あ、オーディエル、ずるい! ボクもサインちょうだい!」
「きゃー! 久しぶりに会ったけど、やっぱり超イケメン〜! 私にもサインを頂けないかしら〜?」
「え、あ……はいぃ?」
完全に忘れていた……。そう言えば、3人とも愛の小説の信者だったっけ……。
「とにかく、皆さんお席へ! ハーヴェン、さっさとサインして差し上げて! 残りの料理は私も手伝うから」
「お、ぉう! ……あ、えっと、中表紙のこの辺にサインすればいい? 皆さん、お名前は?」
「オ、オーディエルですっ!」
「ボクはミシェル‼︎」
「私はラミュエルよ〜」
「あ、はい……」
若干3人の勢いに気圧されながらも、ちゃんと名前入りで彼女達の小説にサインを走らせるハーヴェン。見れば、あの小説は『愛と魔神』じゃないか。……彼女達は豪華版の小説をサイン色紙に選んだらしい。やれやれ。食事前からこの調子では、本当に先が思いやられる……。
「さ、並んでいるお食事を召し上がっていて下さい。今、メインディッシュをお持ちしますから」
「うむ、では失礼する」
「あぁ〜、今日のメニューは何だったっけ〜? ボクが知らない食べ物の名前ばっかりだったから、どれがどれだろう?」
「まぁ……これが噂のルシエルのリゾットね〜! 確かにフワフワの綺麗な金色をしているわ〜。美味しそう……‼︎」
ようやく料理を目の前にして、流石の彼女達もそれ以上はハーヴェンに詰め寄る気はないらしい。時折、向かい側に座っているギノ達に話しかけながら、楽しそうにお喋りしている。
「手伝わせて、ごめんな。こいつが最後だから」
「うん、大丈夫。しかし……すごいな、コレ。一体、何センチあるんだ?」
「ふっふっふ……今日のメインはシャトーブリアンステーキで〜す。厚みは5センチもあるぞ。しかも……じっくりジューシーに焼き上げたから、とっても柔らかいぞ〜」
「ジュ、ジューシー……」
彼の言葉に思わず、ゴクリと喉が鳴る。このご馳走をさっさと並べて、私も食事を頂こう。
「今日のメインディッシュはシャトーブリアンステーキだそうです。……私の経験ではコレは間違いなく、美味しいと思われます」
そんな解説を添えたものだから、一斉に歓声が沸き起こる。ゲストの3人はもちろん、ギノやケット・シー達も興奮している様子だ。特にギノは相当の魔力を消費していたようだし、このくらいはペロリと平らげるだろう。かく言う私も……あっと言う間に食べ切りそうな気がする。




