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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第5章】何気ない日常の中に
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5−39 これは俺が望んだ結果じゃない

「……さて、と。よぅ、お前ら。うちの子供達を、随分と可愛がってくれたみたいだな? お返しはタップリとさせてもらおうか?」

「あ? 何だ、お前。この数相手に、何を言ってんだ?」

「あっ、もしかして……その程度の数で勝った気でいるのか? 子供相手に寄ってたかって、痛めつけることしかできないような雑魚共が……俺に勝てるとでも?」

「……んだと、テメェ! おい、お前ら! まずはこのふざけた奴をやっちまえ!」


 回復魔法を発動させて、ようやく落ち着いてきた僕の目の前には……別の意味でスッキリとする景色が広がっていた。確かに数は向こうの方が優勢だろう。だけど、ハーヴェンさんはその数を物ともせず……右手の包丁だけで彼らの魔法を切り裂き、刃の背で向かってくる全てを叩きのめしている。


「す、凄い……!」


 ハンナがさっきまでの怯えた様子から一転、興奮したようにハーヴェンさんの動きを目で追っている。でも……視線の先の本人は多分、かなり手加減しているんだろう。鮮やかな武器の扱いもさることながら、彼らの翼や足など、動きを封じるのに適した部位を的確に攻撃しているのが、分かる。そうして僕達がしばらく見とれていると、ハーヴェンさんは結局、魔法1つ使わずにダイアントス以外の全員に土を付けていた。


「な、何なんだ、お前……⁉︎」

「あぁ、そっか。この姿だと初対面か。……お前がダイアントス? だったら、ちょっと前にタルルトのあたりでやり合ったみたいなんだけど……覚えてない?」

「タルルトの……あたり?」


 ハーヴェンさんの言葉に、何かを思い出したらしい。先ほどまで、あんなに余裕の表情をしていたダイアントスの顔が、急に青ざめていく。


「まぁ、いいや。で、お前はかかって来ないのか? 一応、説明しておくと。打撃と一緒に骨を凍らせたから、他の奴らはしばらく動けないと思うぞ。魔獣王様を名乗るんだったら、孤軍無援でも“ふざけた奴”1人を叩きのめせないと、示しがつかないと思うが……なぁ?」

「まさか、お前は……」

「ま、そういう事。つーことで、お前には……ケット・シー達の分も含めて、タップリとお仕置きさせてもらおうか……?」


 ちょっと怒っているらしい言葉と同時に、ハーヴェンさんの姿が変化する。真っ黒な翼に大きな体。そして……2本の綺麗な青い尻尾は、強烈な冷気で辺りの空気を凍らせ、煌めいて見える。


「お前はやっぱり、あの時の……!」

「グルルルル……ッ! 今度は峰打ちなんて、まどろっこしい事は抜きだ。前回と同じように、翼をぶった切った後は……ハラワタを引きずり出して、三枚下ろしにしてやるから覚悟しろ……!」

「ま、待て! 話せば分かる!」

「お前は話しても分からない奴だったから、ギノがあの状態なんだろうが! ムシが良すぎるんだよ!」

「クソっ! 何だって言うんだよ⁉︎ 何でこんな所に、竜族やよく分かんない精霊がいるんだ⁉︎」


 相手が普通の精霊ではない事を、しっかりと悟ったらしい。ダイアントスもようやく本性を表して、大きな魔獣の姿になってはいるものの。……ハーヴェンさんには、とても敵わない。翼で逃げようにも、ハーヴェンさんの方が素早く、魔法で切りぬけようにも……ハーヴェンさんの包丁は、それすらも切り裂く。


「……もう、大丈夫かな……」


 僕はどこをどう見てもハーヴェンさんの優勢を確認したところで……理性の姿に戻って、今できることをすることにした。


「さ……さっきは悪かった!」

「けど、命ばかりは……!」

「俺達、まだ死にたくない……っ」


 手始めに近くで呻いていたケルベロスを見つめると、僕が仕返しをすると思っているらしい。それにも構わず、彼らに歩み寄ると……いよいよ、ケルベロスがそれぞれの首から怯えた声を出す。


「ちょっと、待っててね。きっと……ハーヴェンさんは手加減していると思うけど、このままだと苦しいだろうから。……柔らかな慈愛をもって汝の痛みを癒さん……プティキュア!」

「⁉︎」

「どう? 痛くない?」

「あ、うん。痛くなくなった……けど、どうして?」

「人間界は日が落ちると、危険なんだ。君達も自分の世界に帰れなくなったら、困るでしょ? 僕はハンナ達を守れればそれでいいし、君達もダイアントスさんが怖くて、仕方なく従っていたのも何となく分かるし……」

「……」

「僕達のマスターはこの地域担当の天使で、救済がお仕事なんだ。だから、マスターの領域で必要以上に苦しい思いをしている相手は、助けてあげないといけない。……僕達はそのために、ここにいるんだよ」


 そんなことを話しながら、他の人達にも順番に手当を施す。そんな僕にちょこっと呆れつつ、どこか嬉しそうな様子でダウジャがやれやれと話しかけてくる。


「こいつらに手加減をしている時点で、悪魔の旦那もかなりお人好しだと思ってたけど。坊ちゃんも相当、お人好しですね。……いいんですか? 助けたら、また襲ってくるかもしれませんぜ?」

「その時は、その時だよ。ただ、ダウジャ達も巻き込んじゃうかもしれないけど、そうなったらごめんね」

「仕方ないですね、その時は。それじゃ、俺はその時に備えて……もっと魔法の訓練をしないといけませんね」

「うん」

「それにしても……あぁも一方的だと、俺達は何に怯えてたんだろうって虚しくなるな……」


 そう呟くダウジャの視線の先には、ハーヴェンさんに散々打ち据えられて……フラフラと飛んでいる瀕死の魔獣の姿があった。以前ハーヴェンさんがギガントグリフォンが相手にならなかった、なんて言っていたことがあったけれど。ここまで鮮やかに力の差を見せつけられると、ちょっとダイアントスが不憫に思える。


「でも……何だか、可哀想ね……」

「ハン、俺はいい気味ですよ? 自分で打ちのめせないのは残念ですけど、あんなに無様に泣きべそかいているあいつの姿に、清々しますぜ」

「気持ちは分からなくもないけど……」


 傷だらけで許しを乞う姿に、ハンナも居た堪れないものがあるらしい。幾度となく繰り返されている命乞いをハーヴェンさんは聞き流すように無視しながら、大きな包丁で風を切るような斬撃と尻尾での打撃を加えた後に、左手で尾を掴むとダイアントスの体を振り回して強か地面に叩きつける。ただ、明らかに彼の傷が浅いところを見ると……かなり手加減もしているんだろう。


「大丈夫。ハーヴェンさんは、ダイアントスさんを殺すことはないだろうから。ただ……今日はお仕置スイッチが入っちゃったんだと思う」

「……俺、そのスイッチ押さないように気をつけよう……」

「その方がいいと思うよ。ハーヴェンさんは優しいけど、無条件に甘いだけの人じゃないみたいだし……」


 そんなことを話している間に、分かり切っていた決着の結果が出たらしい。最後に予告通り翼を落とされ、地面に蹲るダイアントスの銀色の体が、薄っすらと血でピンクに変色している。そうしていつもの姿に戻ったハーヴェンさんにワシのような頭を踏みつけられて、土を舐めているその姿は……惨めというより、他にない。


「……さて、と。お待たせ。お兄さんのお仕置きタイムは終了したから、そろそろ帰るとするか〜」

「あっ、ハイ!」

「ところで、あの状態なら……仕返しし放題だけど。お前達、どうするよ?」


 一頻りダイアントスの頭を踏みつけた後で……親指をダイアントスに向けながら、猫さん達に向き直るハーヴェンさん。何だろう。ハーヴェンさんが思いの外、残酷な気がする。


「……殺しても、いいんですか?」

「それはお前達次第だ。……ま、俺は止めないけど」


 既に虫の息のダイアントスを見つめるダウジャの瞳は、明らかに復讐に燃えていて。鼻筋にしっかり皺を寄せて、両手からは鋭い赤い爪が飛び出している。明らかに憎しみが籠った眼差しに、不安を覚えるけど……ダウジャはダイアントスを殺してしまうのかな……。一方で、ハンナにはそんな気はないみたいだけど、ただ呼吸を荒げるダウジャの姿を心配そうに見つめている。そして、彼女も……なぜか、ダウジャを止めようとしない。


「……いや、違うな。これは俺が望んだ結果じゃない」


 そうして、しばらくダイアントスを見つめていたダウジャが、大きく息を吐きながらポツリと呟く。


「そんな事をしても……みんなは絶対に帰ってこない。俺は……俺はただ、みんなの分まで生きることを考えるって……さっき決めたばかりじゃないか。復讐は、俺の本当の望みじゃない……」


 寂しくて、悲しい呟きと同時に、ポロポロと涙を零し始めるダウジャ。そんなダウジャの頭を慰めるように撫でながら、ハーヴェンさんがその決断を優しく褒める。


「……それでいい。よく思いとどまったな、ダウジャ。命は失われたら、二度と戻ってこない。それがどんなに極悪人だろうと、どんなに嫌いな奴だろうと……変わらない事なんだ。恨むなとも、忘れろとも言わないけれど。命の重みは、どんな相手でも一緒なんだよ。大事なことを分かっている分、お前の方があのトリ頭より遥かに立派だと思うぞ」

「旦那ぁ〜、俺、悔しい! 悔しいよぉ〜‼︎」


 堰が切れたように号泣するダウジャを抱きかかえて、ハーヴェンさんは何も言わずに彼の頭を撫で続けている。

 そうか。ハーヴェンさんは……多分、ダウジャが踏みとどまることができるのを知っていて、わざと残酷なことを言ったんだ。


「よし、帰るか。……で、お前らも早く帰った方がいいぞ。人間界の夜は退治方法もないようなバケモノが出るから、日が落ちる前にさっさと引き上げるんだ」


 最後に彼らに向き直るハーヴェンさんがこれ以上、何もしてこない事に安心したらしい。彼らは皆互いに頷くと、それぞれ帰る準備を始めたようだった。


「あ、あの……竜族の坊ちゃん……」

「えっ?」


 そんな彼らに混じって……不意に僕のことを呼ぶ声は、マイラさん。僕がそちらに向き直ると、少しモジモジしながら、こちらを見つめている。


「さっきは……ありがとうございました……。あの時、坊ちゃんが魔法を使わなかったのは、私を気遣ってくれたから……でしょう? そのせいで、沢山痛い思いをさせてしまって、すみませんでした……」

「別に大丈夫だよ。僕はハーヴェンさんが助けに来てくれるのが、何となく分かっていたし……。それに、僕達竜族の力は何かを守るためにあるんだ。僕は自分ができることをしただけだもの。だから、気にしないで」

「今日は色々とごめんなさい……そして、ありがとうございました」


 ペコリと丁寧な様子で頭を下げた後、マイラさんも翼を広げて空の向こうに帰っていく。


「ところで……あの」

「あぁ、そうだな。……暴君の最期なんて、こんなものだろうな」


 めいめいに帰っていく魔獣達を尻目に、翼を失って飛べないダイアントスが地面で踠いている。さっきの戦闘で、ほとんど魔力も残っていないんだろう。自分の頭上を通り過ぎる彼らに自分を連れ帰るように騒いでいるけど、彼の命令を聞く人は誰もいないみたいだ。

 どうしよう。助けてあげた方がいいのかな……。


「……仕方ない。ギノ。あいつの翼だけ、回復してやってくれる? 再生系の魔法は魔力を大量に使うと思うけど、頼めるか?」

「あっ……ハイ! もちろんです」


 結局はお人好しなハーヴェンさんが、僕の戸惑いを見透かしてそんな事をお願いしてくれる。このままだと彼は間違いなく、魔禍に食べられてしまうし……それじゃ、あまりに可哀想だよね。


「深き命脈の滾りを呼べ、失いしものを今一度与えん……リフィルリカバー、ダブルキャスト!」

「……」


 僕の魔法で翼が再生したのを確認して、恐る恐る広げるダイアントス。そうしてどこかバツの悪そうな顔をして……すまない、と一言呟き、彼も既にオレンジ色になりつつある空に向かって、無事に飛び立っていった。


「うん、ありがとな」

「いいえ、僕もこのまま置いておくのは、ちょっと気が引けますし……。それより、僕の方こそありがとうございました。助けに来てくれて……」

「いや、俺も気づくのが遅くて、ごめんな。とにかく、お前達が無事で何よりだよ」


 そう言いながら、ダウジャを抱えているのにも関わらず、ハーヴェンさんは僕の頭を優しく撫でてくれる。一方でダウジャは少し落ち着いたらしくて、抱っこされているのがちょっと恥ずかしいみたいだたけど……。それでも、ゴロゴロと喉を鳴らしながら珍しく、ハーヴェンさんに甘えているみたいだった。そして、ダウジャの姿を安心したように見上げるハンナ。

 4人でどこか満ち足りた気分で歩く帰り道は、心なしか夕焼け色に染まってキラキラと輝いて見える。そう言えば……今日はマスターのお客さんが来る日だったっけ。だとすると、きっと夕食はいつもよりちょっと豪華なのかもしれない。エルとコンタローに申し訳ない気分になりながら、そんな事を考えると急にお腹が空いてくる。今日はたくさん魔法を使ったから、ご飯のお代わりをお願いしても良いかな?

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