5−38 鉄の味
「グルルルルッ‼︎」
「りゅ、竜族⁉︎ なぜこんな所に⁉︎」
「マジかよ⁉︎ 竜族なんて、初めて見たぞ⁉︎」
魔獣族にとっても、竜族は珍しいものらしい。それであれば、もう少し唸ってみれば怖がってくれるかな……なんて、思っていたけれど。
「落ち着け‼︎ 竜族だろうが、相手は子供だ! 総攻撃をかければ問題ない! それに、竜族の鱗は1枚でもかなりの魔力を蓄えていると聞く。あのガキの首を取った奴には第2の地位を与えると共に、魔力の配給を優先してやる! とにかく、一気にかかれ‼︎」
「やっぱり、そう来るか……!」
やっぱり、僕程度が唸り声を上げたところで、逃げ出してくれるつもりもないらしい。
(逃げ道は……なさそう、かな……)
既に包囲されている状態でハンナ達を逃すのは、難しいだろう。その上、相手は空だけではなく陸も占領していたみたいで……今度は背後から、3つの頭がある大きな犬みたいな赤い魔獣が2人現れる。
「ケ、ケルベロス……‼︎」
ハンナが更に怯えたように泣き出す。どうやら、背後の魔獣も厄介な相手みたいだ。
「……ハンナ、ダウジャ。僕から離れないで。僕は攻撃は苦手だけど、君達を守ることはできると思う。とにかく、今は彼らの攻撃を凌ぐことを考えよう」
「でも、坊ちゃん! 守るだけじゃ、負けてしまいますぜ⁉︎」
「……うん、そうだね。でも、大丈夫さ。だって僕達は仲間だもの。それは……ハーヴェンさんも同じはずだよ」
「だ、だけど……!」
そんな事を話し合っている間に、冗談ではなく、彼らは本当に総攻撃を仕掛けてくる。この調子では、作戦会議をする暇も与えてもらえなさそうだ。
「その屈強なる大地の外皮を纏え、我が守護とせん! ガイアアーマー、トリプルキャスト‼︎」
仕方なしに、第1陣を防御魔法で切り抜ける。それにしても……父さまから、魔法の簡略化と多段構築のコツを教わっておいて良かった。地属性の魔法であれば、人間界でもある程度は発動できるらしい。
「チィ! ガキのくせにトリプルキャストだと? しかも、ガイアアーマーは上級魔法じゃねぇか!」
「ダイアントス様……やはり竜族攻略は難しいのでは?」
「あ? 何を寝ぼけた事を言ってるんだよ! おい、ケルベロスども! 相手は地属性だ! 鬱陶しい防御魔法ごと焼き払っちまえ‼︎」
「御意‼︎」
今度はダイアントスの命令に応じて、ケルベロス達が一斉に2人……いや、6人が息を合わせたように同時に炎の攻撃魔法を放ってくる。純粋に6倍の威力になった攻撃は、相性的にもガイアアーマーの効果では、持ちこたえられない。
「獄炎を舞い散らせ! 業火にその身を焦がせ! その身に熱を刻まん、ヘルフレイム‼︎ トリプルキャスト!」
「クッ……‼︎ 炎属性の魔法か……‼︎ それならば……宵の淀みより生まれし深淵を汝らの身に纏わせん! 時空を隔絶せよ、エンドサークル‼︎」
咄嗟にハーヴェンさんが使っているのを見たことがある、補助魔法を足元に展開し、既のところで「僕ら」を空間に閉じ込める。これであれば……とりあえず、一定時間は凌げるだろう。
「なるほど、闇属性まで使ってくるか。……へぇ〜。竜族っていうのは、子供でもかなりの魔力を持ってるもんなんだな。……こうなりゃますます、体を丸ごとを魔獣界に持ち帰らないと、なぁ?」
「ですが、あの闇魔法は殆どの攻撃を受け付けないと思いますよ? どうしますか? 我らも人間界にそんなに長くはいられませんし……」
「分かってるよ、そんなこと! おい、マイラ‼︎ セイレーンの鏃を使え!」
「……か、かしこまりました」
マイラと呼ばれたダイアントスの隣の女の人が、命令を受け取って弓を構える。そうして少し悲しそうな顔をした後、自分の羽を1枚抜いて鏃に番えた。彼女の弓から放たれた矢はヒュンと軽やかな音をさせて……エンドサークルの壁に食い込んだかと思うと、そこからピシリとヒビが入り、粉々に砕けていく。
「……⁉︎」
「流石の竜族様もビックリみたいだな。セイレーンの風切羽には相手の魔法を無効化する効果があるのさ。だからお前がどんな魔法を使おうと、関係ねぇ! マイラ! あのガキが防御魔法を使ったら、片っ端から無効化しろ!」
「で、ですが……この羽はそんなに沢山使えるものでは……」
「うるせぇ! お前がどうなろうと知ったことか! 今はあの竜族を仕留めてハンナを掻っ攫い、残ったダウジャを始末することだけを考えろ!」
「……しょ、承知しました……」
「相変わらず……自分のことしか考えてないんだな、アイツは……。セイレーンの羽は魔力の塊だ。それを大量に使えというのは、死ねと言っているようなもんだぞ……クソッ! 胸くそ悪りぃ!」
ダウジャがさも悔しいと、吐き捨てる。そうか、さっきの悲しそうな顔はそういう事だったんだ。……それを軽々しく命令するなんて、なんて酷い王様なのだろう。
(僕が防御魔法を使えば、彼女が傷つくことになる……この場合は、どうすればいいんだろう?)
「ボヤボヤするな! お前ら一気に畳み掛けるぞ! 総攻撃をかけろ‼︎」
ダイアントスの言葉に尻込みしているところを見ると、彼らも僕と同じ事を考えているらしい。
僕達に攻撃を仕掛ける、僕が防御魔法を使う。結果……マイラさんの羽が減る。
それでも、きっと……ダイアントスが怖いんだろう。彼らが戸惑いながらも、攻撃態勢に入る。仕方ない、僕ができることは……魔法を使わずにハンナ達を守ることしかないみたいだ。
「ギュアァァァ‼︎」
「ぼ、坊っちゃん⁉︎」
幾度とない攻撃を受け切った後に、激しい痛みと口の中に満ちる、鉄の味。それでも、どこか他人事のように……意識ははっきりしてくるから、不思議だ。
「グルルル……! と、とにかく……ハンナ達は大丈夫……かな?」
「わ、私達は無事ですけど……ぼ、坊っちゃんは酷い……怪我です……」
「僕はいいんだよ……みんなが傷つかずに済むには、これしかないんだ。大丈夫、回復魔法を使えば……きっと……」
そう言いながら、回復魔法を展開して傷を癒す準備に入る。回復魔法は魔力消費も大きいけど、そんな事を考えている場合でもない。とにかく、生き延びる事を考えなきゃ……!
「……汝の痛み、苦しみ、全てを食み開放せん……魂に再び生を宿せ……グラン……」
「そんな隙を与えるかよ! ……雷神の怒りを知れ、その身に轟の罰を下さん‼︎ サンダーライトニング‼︎」
「……グホッ⁉︎」
しかし、僕の回復魔法よりも素早くダイアントスが攻撃魔法を放ってくる。魔法は途中で詠唱が途切れた場合、発動できない。とは言え……僕の今の傷を癒すには、中級の魔法ではとても……間に合わない。
(どうすればいいんだ……? このままじゃ……)
ようやく朦朧としかけてきた意識の中で、僕がそんな事を考えているうちに……ダイアントスは次の魔法を発動させる。流石に魔獣族の王様を名乗るだけあって……悔しいけれど、魔法の扱いは僕よりも遥かに手慣れているように思えた。
「風神の嘆きを知れ、その身に嵐の罪を刻まん‼︎ エアリアルダスト‼︎」
「……クッ‼︎」
属性の相性的にも、もう一撃なら耐えられるかも知れない。僕はそう思いながら、ハンナ達を抱きかかえて目を閉じる。そうして迫り来る轟音と共に、掻き消える痛み。でも……!
(あれ、僕……死んでいない?)
「遅くなっちまって、悪かった。……みんな無事か?」
うっすらとぼやけた視界には、見慣れた背中が映っている。右手には大きな包丁が握られていて、ビリビリと刺激音を立てていた。さっきのダイアントスの魔法は、その包丁で受け止めたらしい。そうか、僕の叫びに気づいてくれたんだ……。
「ハーヴェン、さん……」
「悪魔の旦那!」
「……ギノ、よく頑張ったな。後はお兄さんに任せて、回復魔法を使っておけ」
「は、はい……」
僕はかろうじて残っている意識を頼りに態勢を立て直すと、さっき強制的に中止させられてしまった魔法を構築し直す。もう、大丈夫。きっと、この先は……ハーヴェンさんに任せれば、大丈夫だろう。




