5−32 果てない野望
ジルヴェッタとエドワルドご一行が無事王宮に戻ったと、聞くや否や。メリアデルスが待ちわびたとばかりに、彼らを会議室に呼び出す。頬を紅潮させている愛娘を見る限り、かなりの収穫があったようだ。
「……して、首尾はどうだったのだ? 何か分かったか?」
「ハッ。彼らはカーヴェラのレッド・アベニューを中心に買い物をしているようでして……つい昨日も、かの街に出没していたようです」
「なんと!」
昨日という日取りの近さに驚きを隠せない国王に、ジルヴェッタが興奮気味に今日の出来事を話し始める。愛娘の嬉しそうな様子もさる事ながら……かなりの密度の情報に終始、満足げな様子の国王。この様子であれば、今日のところはエドワルドの首が飛ぶこともないだろう。
「そうか、ご苦労であったな。ジルは少々、疲れたであろう? 後はエドワルドから聞く故、お前は部屋にお下がり」
「はい! 父上!」
元気な返事を残しつつ、スキップをして退出する姫殿下。彼女の上機嫌に、国王の鬼瓦のような厳つい顔は終始、緩みっぱなしだ。
「……先ほどの姫殿下のお話にもありました通り、彼らには行きつけの店が何軒かあるようです。特にそのうちの1軒、マイヤー書店の店主はかなりの事情を知っているようでした。……おそらく、そちらの書店を中心に監視を付ければ住まいを特定することも、できるやもしれません」
「なるほど。あの広大なカーヴェラの中にあって、そこまでの場所を特定してくるとは。ふむ、やはりお前に任せて正解だったようだ。……大儀であったな。後日、その件も含めて相談する故、下がって良いぞ」
「ハッ。では、失礼いたします」
恭しく挨拶をし、エドワルドが退室したのを見届けて……メリアデルスは訝しげな表情を作りながら、今度は隣に立っている大臣・オズリックに話しかける。
「……今の話をどう思う?」
「そうですね……内容としては、かなり重要なものかとは思いますが……。とは言え、一部の内容はエドワルドが知っていていいものではないと、判断すべきでしょうな」
「やはり、お前もそう思うか」
「……えぇ。おそらく、エドワルドはリンドヘイム聖教に疑いの眼差しを向けているのでしょう。無論、それを表面に出すほどの愚か者でもないのでしょうが……かの精霊が実は悪魔で、しかも『勇者と悪魔』に出てくるものだという内容は、口外してはいけないものかと。絵本に出てくる悪魔が生きている時点で、内容が嘘だという証明にもなりかねません。あの絵本はリンドヘイム聖教の信仰の礎を担っている部分も大きい。その事実が曲がるともなれば、教会側はきっと火消しに躍起になるかと思います。……ですので、エドワルドの動向には注意を払っておいた方がいいでしょう。場合によっては、火の粉の盾として、切り離す算段も整えておいた方がよろしいかと」
「ふむ……。ジルのことを考えると、惜しい男ではあるが……場合によっては止むを得ず、というところか。……お前には内々にエドワルドの監視を任せる。場合によっては体良く処分するか、教会を誤魔化すための囮にするかの算段を整えておけ」
「承知致しました」
この国で1番リンドヘイム聖教を信頼していないのは、何を隠そう、メリアデルス本人である。しかし、家臣の前で公言するほどまでには、彼も愚かではない。メリアデルスは野心家で……この上なく、狡猾なのだ。
(ふん、やれやれ。教会に尻尾を振るのも、疲れるな。まぁ、いい。クージェを御した後はリンドヘイムを叩いて……余こそが、この世界で最も神に近い存在だと知らしめてやるのだ)
そのためには何が何でも、かの悪魔が欲しい。天使にさえ勝るという、絵本の悪魔。そして最後はそれさえも倒して、自分の英雄譚を後世に残すのだ。
そんな明らかに現実味も薄く、果てない野望を妄想しながら。玉座の暴君は、邪な含み笑いを浮かべている。彼の表情が只ならぬものであることを気づけないほど、国王の隣に佇むオズリックも浅はかではなかったが……彼にもまた、別の思惑があるらしい。ただ何も言わず、彼の動向を寡黙に窺うことにしたようだ。