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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第1章】傷心天使と氷の悪魔
18/1100

1−18 調教したわけではありません

「急に呼び出して、ごめんなさいね。実は、お願いしたいことがあって」

「……何なりと、お申し付けください。私でできることであれば、尽力いたします」

「ありがとう。そう言ってもらえると、とても助かるわ」


 神界に出向くと、報告書を出す間もなくラミュエル様に呼び出された。どうやら、相談事があるらしい。自分の上司とは言え、苦手な相手なのであまり関わりたくはないのだが……呼び出された以上は無碍にもできないので、ここは素直に応じるべきか。


「実はね、別の天使が担当している領域で、夢魔と思しき悪魔が出没しているらしいの」

「……夢魔? ですか?」

「そうなのよ。本当は真っ先に排除部隊にお鉢が回るはずなんだけど……今、オーディエルのところは新しい武器の開発で忙しいみたいで。それで、救済部門に処理の仕事が回ってきたの」


 本当に嫌になるわ〜、とラミュエル様が大げさにため息をつく。


(新しい武器……? あぁ、確か……)


 最近になって新規開発をしていると、噂を耳にした気がする。所属部門が違うため、私にはあまり関係はないが……アヴィエルのことも考えると、注意しておいた方が良さそうだ。時間があったら、調べておこう。


「それでね、その夢魔なんだけど。目立った実害はないとは言え、ちょっと……難しい相手らしくて」

「……難しい相手?」

「えぇ。人間の男を誑かすだけなら、まだ良かったのだけど。どうも、彼女に気に入られるために彼らが貢物を集めるようになったらしくてね。いつの間にか、大きな盗賊組織が出来ちゃったらしいのよ。何だか、やるせないわ……」


 なるほど。要するに救済部門としては、見過ごせないレベルの治安の悪化が起こっているということか。救済部門に所属している天使は基本的に監視が仕事のため、荒事は排除部門に一任している関係上、自らが戦闘に身を投じることはあまりない。……本来であれば、救済部門の天使には悪魔の討伐は難しいということなのだろう。


「それで、私にその悪魔を討伐せよ……ということでしょうか?」

「そういうことなんだけど。場合によっては、あなたであれば悪魔も調教できるじゃない?」

「……ハーヴェンは調教したわけではありません」

「あら、やだ。私ったら。そんな言い方はないわよね。ごめんなさい」


 軽はずみ以外のナニモノでもないお言葉に、やや寒気がする。大天使ともあろうお方が……一体、何を勘違いしているのだろう。本来なら、凶暴極まりないあの上級悪魔を……調教なんてできるはずがなかろうに。


「という事で明日、マディエルの受け持つナーシャに向かってくれないかしら。もちろん、ドラゴンのお嬢さんとハーヴェンちゃんも一緒に連れていっていいから」

「ハーヴェン……ちゃん?」


 やたらフレンドリーなその呼び名に、先ほどの寒気がただの予感ではなかったことを悟る。ラミュエル様もご存知だとは思うが、あいつは正真正銘「悪魔」なのだ。いくら温厚で無害な存在でも、身近な相手ではない。


「ウフフ……彼、もの凄く人気があるのよ? 知らなかった?」

「ハーヴェンが……ですか?」

「あなたが登録したエルダーウコバクの情報なんだけど、天使達の間でとっても話題になっているの。ほら、精霊にしてはゴツくて、いかにも強そうじゃない? 魔力レベルも9だし、彼みたいな精霊と契約したいって、声が上がっているのよ? 確かに魔獣族とか機神族とかにも種類を選べば、ちょっとゴツゴツしたのがいるけれども、あんなにマッチョな感じの精霊は新鮮だったみたいで」


 彼女の更なる浮ついた発言に、自分の神経が内心でズッコケるのを感じる。……新鮮、か。確かに、あれは今までにないタイプの外見だろうが……。それが、ここまで手放しで歓迎されるとは思ってもみなかった。


「……ハーヴェンが神界で迎合されているとは、思いもしませんでした」

「あら、そうなの? てっきりあの姿にあなたも惚れ込んで、契約したものと思っていたのだけど」

「違いますよ。初めて遭遇した時は確かに、あの姿でしたが……討伐しようと結果、私の方が返り討ちにされまして。本当であれば殺されるはずでしたが、たまたまハーヴェンがお人好しだった事もあり、そのまま契約に至りました。……あいつは料理ができればいいという変わり者ですし、好戦的な性格でもありません。実際、本人は自分の本性の姿を嫌っているらしくて、普段はあなた様も遭遇した人間の姿に化けて生活しています」

「まぁ、そうだったのね! でも、ハーヴェンちゃんの人間の姿も素敵よね。精悍でキリッとしてて、ハンサムで」


 ラミュエル様の話が止まらないので、仕方なく話の流れを元に戻す。妙にウキウキしている彼女の様子が、却って落ち着かない。


「……とにかく、明日2人を連れてナーシャに向かえば良いですか?」

「そうね、そうしてちょうだい」


 そう言えば……例の妖精はどうしよう。流石に他の地方に遠征とあれば、1人で置いて行くわけにもいかないだろうし……あぁ、そうだな。この際だから、そろそろラミュエル様に相談しておいても、いいかもしれない。


「ところで、ラミュエル様に1つお願いがあるのですが、よろしいでしょうか」

「あら、何? あなたがお願いなんて、珍しいわね。もちろん、構わなくてよ」

「実は……」


 私は包み隠さず、かのユグドノヤドリギを保護した経緯をラミュエル様に報告した。発端が天使同士のイザコザでもだっため、当日の報告書には記していなかったが。連れ歩かなければいけないことを考えると、上司の耳には入れておくべきだろう。


「そう、そんなことがあったの。……アヴィエルちゃんにも困ったものね」

「……強制契約のため、精霊の個体名が分からない状態なのです。その上、アヴィエル様は私よりも階位の高い天使でもあるため、彼女の強制契約を上書きすることもできません」

「分かったわ。その事についてはちょっと面倒だけど、オーディエルにも話しておくわ」

「ご配慮ありがとうございます」

「だけど……すぐにとはいかないわ。なにせ、あちらは本来の仕事そっちのけで武器の開発が忙しいみたいだから。悪いんだけど、話がつくまでその子をお願いできる?」

「もちろんです。幸いにも、うちには面倒見のいいのが2人もいますし。特にエルノアが彼女を気に入っているようで、片時も離れず側においているようです」

「そうなの。それは良かったわ。本来、精霊の救済も私達の仕事だというのにね……何と言うか、精霊も大変よね。契約主によって、こんなにも扱いが違うのだから。……なんて、今の私にそんなことを言う資格はないわね……ごめんなさい」

「……」


***

「それで、明日は別の地方にお出かけ、ということだが」

「あぁ、すまないが、力を貸してくれないだろうか?」

「別に構わねぇよ? 現にエルノアもはしゃいでいたし、俺もちょっと他の地方とやらに興味あるし」


 エルノアを寝かしつけた後、いつものリビングでお茶を啜りながら、ハーヴェンと明日のことを話し合う。ラミュエル様の熱量を考えると、ハーヴェンだけは置いていきたいのだが。正直なところ、私だけで夢魔を討伐できる自信がない。一般的に、悪魔の魔力は桁外れに高い。ここは素直にハーヴェンの力を借りるべきだろう。とは言え……。


「場合によっては、お前の同族を殺さなければいけないかもしれないが……大丈夫か?」

「いや、そうならないように俺も行くんだろ? それで話がつかないようなら……仕方ないだろ。今の俺はお前の精霊なんだから、マスターの意思を優先させるべきだろう」

「……すまないな。成り行きとは言え、こんな事に巻き込んで」

「気にすんなよ。大体、お前は色々と深く悩みすぎなんだよ。そんなんだから、いっつも仏頂面で眉間のシワが取れないんだろうが」


 眉間のシワ……? そんなもの今まで気にもしなかったが、私は普段そこまで難しい顔をしているのだろうか。思わず、両手で眉間を伸ばそうと摩る。


「……私の眉間、そんなにシワ寄ってるのか?」

「最近はくっきりと癖になってるな。気をつけないと、元に戻らなくなるぞ」

「……‼︎」


 何かに必死な私の手に一層力が入ったのを、見逃さなかったのだろう。ハーヴェンがさも可笑しそうに笑い飛ばす。


「冗談だ。考え事をしているときは近寄りがたい感じの空気を出しているが、普段はそうでもねぇよ?」

「……あまり、意地悪は言わないでくれ」

「ただ、あんまり色々悩んでいると、エルノアも心配するぞ? それでなくても、あの子はそういう空気に敏感な上に心配性なんだから」

「分かった……善処する」

「ったく、堅苦しいな。お前もエルノアみたいに明るく、分かった〜! とか、言えないのかよ」

「……これは性分だ。今更、どうにもできない」

「へいへい、そうですか。ま、とにかく明日はお出かけだ。そろそろ、休むとするか?」

「……そう、だな……」


 彼との会話では妙なアドバンテージを取られた気がして悔しいが、今はそんな事を気にしている場合でもないだろう。明日はきちんと、任務に集中しなければ。でも何故か……とにかく気が重いのは、思い違いだろうか。

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