表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第5章】何気ない日常の中に
177/1100

5−25 そこ、頑張っちゃう?

「アルーでは昔から……何かを思い出したように、一族の人間とはかけ離れた碧眼の少女が生まれてくるんだ。あまりに場違いな瞳の色は、吉兆の証とも災いの予兆とも言われてな。何れにしても、青い瞳を持つ少女は17年以上生かすとよくない事が起こるとかで、予防の意味も込めて神への生贄と定められる」


 遠い記憶を引っ張り出し、何故か他人事のように淡々とアルーの生贄について語るものの。思い出せば、思い出す程……いかに、疑いもせずに自身の境遇に迎合していたかを思い知る。私は生贄にされることに何の疑問も感じていなかったが、ハーヴェンには私の従順さは好ましいものではないらしい。苦渋に満ちている顔からは、いつもの前向きな言葉は出てこなかった。


「……きっと、罪滅ぼしの意味もあるのだろう。生贄として定められた少女は、貧しい村の中でも最上級の扱いを受けるとともに……人々が罪悪感を感じなくてもいいように、執拗に隔離されるんだ」


 そうして、言い訳をするかのように呟くが。自分が「隔離されていた」と定義している時点で、いよいよ滑稽にさえ思える。


「そんな少女も、誕生日だけは外出が許されて……人々は彼女の誕生日が来る度に1つずつ、魔除けの意味を込めた赤い何かを与えるんだ」

「そう、だったんだ。ということは、ルーシーがあの日、外にいたって事は……」

「彼女の誕生日だった、ということだ」

「じゃぁ、あの赤いリボンは……」

「ルーシーに与えられた、生贄の証のうちの1つだろう。生贄の少女は誕生日の度に増える赤い物を16個身に付けたところで、山の頂上に連れて行かれて……祈りを捧げた後に、生き埋めにされる。ルーシーはそれを、薄々知っていたのかも。赤いものを1つ減らせば、1年生き延びられる。お前にリボンを渡すことで、少しでも生き延びようとしたのかもしれない」

「でも、結局……彼女を助ける事はできなかった、と。そう考えると、俺って超間抜けだよな。もしかしたら……リボンをくれたことが、助けてのサインだったかもしれないんだろう? それなのに、そんなことお首にも出さずに井戸を清めたお礼だなんて、可愛く笑ってくれて……」


 こういう時、なんて言葉をかけてやれば良いのだろう。

 今まで彼に励まされる事はあったけど、励ましたことなんてなかったように思う。しかも、呆れたことに……私ときたら、彼に寄り添うよりも先に、心のどこかで彼がルーシーを助けられなかったことを安心している。

 彼がルーシーを助けられたのなら、きっとこの出会いはなかっただろう。だから……今の結末は、私にとっては都合のいい筋書きなのだ。そんなことに安堵しているなんて。……私はなんて、醜いのだろうか。


「私は生前も自然と笑えたことなんてなかった……そう考えると、ルーシーは本当にいい子だったんだな。自分の境遇を嘆くこともなく、ちゃんとハーヴェンにお礼まで言えて、笑いかけられて。どうして神はそんなルーシーではなく、私をお前に巡り会わせたりしたのだろう。……ごめん。私は正直なところ、その結末を後悔されると、とても辛い。そんな風にハーヴェンが悲しい顔をしていると、私と巡り会う事よりも……ルーシーと一緒にいた未来の方を望んでいる気がして。……ハーヴェンはやり直せるとしたら、どちらを選ぶ? 結末が分かっていたのなら、やっぱり……ルーシーを選ぶのだろうか」


 慰めるどころか困らせるようなことを言って、私はどうしたいのだろう。そんなこと、分かりきっているではないか。彼が本当に救いたかったのは……ルーシーであって、私ではない。


「やり直せたら、か。……そうだよな。それは誰だって、一度は考えるよな」


 しばらくの沈黙が続いた後、吹っ切れたようにハーヴェンが呟く。


「ハーヴェン……」

「……ごめんな、こんなことで弱気になって。仕方ないよな。出来なかったことは、出来なかったんだから。……でも。きっと、俺はやり直せたとしても……今の結末を選ぶ気がするよ。あのまま彼女を攫って生き延びていても、すぐに見つかっただろうし……。それに、アーチェッタで起っていたことを見逃さずに済んだことを考えれば、悪魔になろうが、何だろうが。真実に向き合う分には、こちらの方が好都合だ」

「……真実に向き合う……?」

「ほら。以前、ゲルニカが“真実は1つかもしれないが、事実は自我の数だけ存在する”って言ってたろ? 俺、あれは真理だと思うんだよな。……俺は多分、自分が持っている事実を真実に近づけたいんだと思う。このまま何も知らないよりは、真実に食らいついて満足できる結末を迎えたい。でも……人間の短い寿命では、満足のいく真実には到底辿り着けないだろう。そう考えたら、お前に巡り会わせてくれた神様と、俺に力を与えてくれたらしい魔禍に感謝しないといけないのかも。だって、俺1人ではこんな風に色んなことを気づくなんてこと、出来っこないんだから。だから、わがままだとは思うんだけど……これからも俺の自己満足に付き合ってくれる? 俺にとって満足のいく結末を迎えられるように、これからも一緒にいてくれるだろうか?」

「私も……ハーヴェンと……」

「うん?」


 一緒にいたい。その一言さえ言えればいいのに、それよりも先に……胸の奥から、何かが込み上げてくる。


「でも……っ……どうして、ハーヴェンはそんなに……グズっ……」

「あ、おい? ちょっと、ルシエル?」


 どうして、ハーヴェンはいつもそんなに前向きで優しいのだろう。自分勝手なことを考えて、勝手に安心しているだけの私にまで、どうしてそんなに優しくしてくれるのだろう。本当に……彼の側にいるのが、私でいいのだろうか。


「……ック、ヒク……ハーヴェンのお人好し……悪魔……グズっ……意地悪……」


 そんなことを考えていても、私の口からは思った通りの言葉が出ない。


「……ごめんな。不安な思いをさせないって約束したのに、なんだかんだで悲しい思いをさせて……」


 それでも。彼はすんなりと私の涙の意味をきちんと理解すると、頭を撫でてくれる。


「そう、思うなら……抱きしめて……ズビビッ……!」

「って……ルシエルはいつから、素直におねだりできるようになったんだよ?」

「う、ぅるさい……グスッ……」

「へいへい。……やっぱり、お前には色々と敵わないなぁ」


 結局、彼にいつも通りの諦めに近い言葉を吐き出させる結果になったが、ちょっとは思いを伝えられたのだからこれで許してほしい。私の答えが「Yes」だということに気づけない程、ハーヴェンは甘くはないはずだから。

 抱きしめられる感覚が心地よくて、それでも、その後は常にある不安が頭をかすめる。本来その行為は互いに「親」になるためのもののはずなのに、私は母親になる条件を満たすことはできない。だからいつも、彼が私の不出来に失望していないのかが気になって……たまらなく心配になる。


「あのね、ハーヴェン。ちょっと確認しておきたいことがあるんだけど……」

「お?」

「……ハーヴェンは自分の子供が欲しい、って思った事はある?」

「急にどうしたよ? そんなことを聞くなんて……。だって天使は子供、産めないんだろ?」

「それは間違いないのだけど……。実はノクエルから、天使が子供を産めない理由も聞かされたんだ」


 ハーヴェンが少し、眉間にシワを寄せたものの。それ以上は何も言わず、私の言葉を待ってくれている。私はそんな彼を必要以上に驚かせないように、努めて静かに言葉を続けた。


「私達が女しかいないのは……命を産み出す性別だからであり、子供を産めないのは転生の時に神界の霊樹・マナツリーに糧として子宮を取り上げられるから、なのだそうだ。そして、生命を産み出す器官を捕食することで、マナツリーは神界の魔力を生み出し……残った食べかすが天使、ということになるらしい」

「食べかすって……。いくら何でも、あんまりじゃないか?」

「でも、兎にも角にも……天使が子供を産めないのは、そういう理由なのだそうだ。その上で、もう一度聞くけど……。ハーヴェンは自分の子供が欲しいって、思った事はある?」

「……そりゃ、欲しいと思った事はあるけど、さ……」

「やっぱり、そうなんだ……」


 ノクエルにはさも偉そうに……ハーヴェンも異論はないと思う、などと言ってはみたが。あれは正直なところ、ただの希望的観測でしかない。やはり、こんなこと……改めて確認しなければよかった。


「……私には、それを叶えてやる事は絶対にできない。マナツリーに子宮を取られたという、明確な理由を突きつけられた以上……何をどう努力しても、私にはお前の子供を産む事はできない。それでも、他の相手とハーヴェンが子供を作る事を許せるほど、寛大でもないみたいなんだ……」


 子供を産めない理由が私側にある以上、彼には他の誰かと子を為す選択肢が残っている。当然ながら、私にはそれを最後まで阻止する権利なんてものはない。それでも……。


「私にはハーヴェンの子供は産めない……それでも、これから先もハーヴェンと一緒にいたい。……それを許してもらうには……私は穴埋めに、何をすればいいんだろう?」

「……穴埋めなんて悲しい事、言うなよ……。確かに子供がいれば楽しいとは思うけど、産めないものは仕方ないだろう? そのことがお前の苦痛になるんだったら、子供のことは綺麗さっぱり諦めるさ。そもそも、お前が子供を産めないのは、前から分かってたことなんだし。そんなの、今更気にする方がおかしいだろ。大体、そこに固執するんだったら、お前にお嫁さんになってくださいなんて、頼みません」

「……本当? これから先、ガッカリしない?」

「しません」

「……嘘じゃない?」

「こんなことで嘘をつくほど、俺は疾しいことはしていません」


 私の不安を拭い去るように、彼がキッパリと断言する。その潔さに……却って、申し訳ない気分で一杯になってしまう。


「ハーヴェン……」

「うん?」

「今までも……今日もありがとう……。あの、それで……そういうことなら……これからもよろしくお願い……します……」

「こちらこそ、よろしく。……これからもずっと、俺の可愛い嫁さんでいてくれよ?」

「ハィ……もっとあなたに可愛いって言ってもらえるように……頑張り……ます……」

「お? そこ、頑張っちゃう? そういうことなら、期待してるからな〜」

「……ぅん」


 彼の隣でこれからも過ごすために。そのためなら、私は……彼にもっと笑いかけられる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ