5−24 その青が重なるのは
竜界で色々と勉強してきたせいか……子供達もほんの少し、疲れている様子だった。夕食後の片付けはきちんとしたものの、それが済むと三者三様にお休みなさいの挨拶をして、それぞれの寝床に早々に引き上げていく。
そんな彼らの様子を思い出しながら、いい香りのするお茶の入ったカップを傾けつつ、テーブルに鎮座している白いケーキを見つめる。目の前にはこの瞬間まで死守した、特製のザッパーントーが置かれている。あまりに魅惑的な出で立ちに、我慢できずにフォークを入れて口に運ぶ。予告通り、中のアプリコットの分量が増えており、果物の甘さを程よく残した上品な味わいに……少し大きめのサイズだろうと、あっという間になくなってしまう。我慢を沢山したのに、ご褒美の時間は一瞬だ。とても理不尽な気がする。
「子供達も、色々と新しい発見があったみたいだな」
「あぁ、特にケット・シー達にとっては、かなり充実した1日だったんじゃないかな」
「そうだな。それにしても……ハーヴェンはゲルニカに負けず劣らず魔法に詳しいみたいだけど、元々は人間だったんだよな? その知識は魔界で得たものなのか?」
「う〜ん……俺自身は生まれた時から魔法が使えたからな。……とは言え、誰かに教わった事もなかったし。……何だろうな、知識自体は自然と理解していた、っていうか……」
「……」
「ルシエル、どした? 何か気になることでも?」
「……実はな、ノクエルが最期に色々と喋ってくれてな……。お前の闇堕ちにも、話が及んだんだけど……」
「お?」
ノクエルが言っていた事。ハーヴェンは最期に、彼に寄り添うように出現した魔禍を取り込んで悪魔になったらしい事、「あの方」とやらはそれを再現しようとしている事。そして、ノクエル自身は実らない恋が原因で堕天した……という事。まとまりがないなりにも、ノクエルの証言を伝えてみる。
「……そか。そういや、俺自身自分がどんな理屈であの姿になったのか、よく分かっていなかったな。一般的に闇堕ち後の姿はそれぞれの欲望ごとにある程度、決まった動物の姿になるんだけど。ただ……実を言うと、あんまり新種が発生する事はないんだよなぁ。そう考えると、俺やプランシーは少し特殊なケースかも知れないな……」
「プランシーも?」
「あぁ。あいつも“カイムグラント”……“カイム”っていう、鳥の悪魔の上位種として扱われていてな。多分、俺の時と同じように親になる真祖……プランシーの場合はサタン……が適当に悪魔名を付けたんだろうけど……」
「そうだったんだ。しかし、上位種っていうのは……要するに、亜種なんだろう? それが発生する原因って、何か条件があるのか?」
「俺もその辺は知らないが……ただ、悪魔は自分の欲望に飲まれる奴が多いから、他人絡みで闇堕ちするのは滅多にあることじゃない。かく言うルシファーは、そのパターンで真祖になったくらいだし。しかし、ちょっと待て。となると、まさかプランシーは……」
そういうことか。プランシーはおそらく……。
「ハーヴェンの闇堕ちを再現させるため……実験台になった可能性がある、ということか……?」
「そういうことか……! だから、プランシーは後ろ手に拘束されて、あんな所で殺されたのか……? 俺の闇堕ちを再現する為に? “あの方”とやらは余程、遊び好きらしいな……⁉︎」
ギリッと大きな音に驚いて、そちらを見ると。ハーヴェンは口元の犬歯を剥き出しにして、怒りを露わにしている。その表情は、普段の彼の穏やかさからは想像もつかないほどの形相だった。
どうしよう。予想外とは言え、彼にこんな表情をさせてしまうなんて。このままだと……今日という日が、最後の最後で台無しになってしまう。
「ごめん、ハーヴェン。……ごめん……」
「……」
「折角の素敵な日に、嫌なことを考えさせて……私達が大事なことに気づけなかったせいで、こんなに辛い思いをさせて、本当にごめんなさい……」
そう言いながら、彼の強く握り締められていた左手に手を添える。どうしたらいいのか、分からないまま……しばらく泣いていると。彼は何かに諦めたようなため息を1つつき、左掌を上に向けて私の手を握り返してきた。
「……いや、お前は悪くないさ。前も言っただろう? 俺は恨む相手を間違えるほどイカれちゃいない、って。……こちらこそ、ごめんな。こんなことで怒ったりして……。だから、そんな顔して泣かないでくれよ……」
「……うん……」
今度は悲しそうな顔をして、私の頭を優しく撫でてくれるハーヴェン。そうしながらも……今度は何やら、思い出したことがあるらしい。少し首を傾げながら、ポツリと呟く。
「しかし……そうなると、やっぱりちょっと気になる部分があるな……」
「え?」
「……ギノに、プランシーとの別れ際の話を聞いたことがあったんだけど。どうも……プランシーはアーチェッタに行ってないみたいなんだよな」
「どういう……こと?」
「うん。なんでもアーチェッタに連れて行かれたのは、ギノみたいに五体満足の子供達だけで、他の子供はどこか別の場所に移動させられたらしい。プランシーはそっちの子供達と一緒に、別の場所に向かったのだそうだ」
「……そう、だったんだ……」
「だからあの場所でプランシーが死んだこと自体が少し、不自然なんだよな。後でプランシーも連れてこられたのか?」
「……別の場所って、どこだろうな?」
「う〜ん。そればっかりは、なぁ。何せ、ギノ自身はアーチェッタであの状態になって、プランシーのその後は知らないだろうし……」
「……そう言えば。今日の話にあった地図を見せてもらってもいい?」
「あぁ、構わないよ。……何か気になるのか?」
「うん。今日の話にあったボーラっていう町の場所を把握したい。それで明日、塔の情報ではどうなっているのか確認してみるよ。……考えたら、ノクエルは元々ローウェルズの担当だったんだ。レイライン上になくても、安全な場所を探し出すのは、造作もなかっただろう。……塔が把握できなければ、神界の監視を逃れられるからな。瘴気分布の状態と、ボーラの位置を照らし合わせてみようと思うんだ」
「もし、その町がレイライン上にない、かつ瘴気も薄い場所だったら……」
「彼女達にとって、重要な拠点である可能性も高い」
「ちょっと待ってな。今、地図を持ってくるから」
彼は壁際の本棚から分厚い本を取り出し、机の上に置く。その上で「ローウェルズ地方」部分のページを開いて、示してくれるが……。
「ほれ、ここがボーラって町らしい」
「ここは……まさか……」
「お? ルシエル、どうした?」
「……間違いない。ここは私が生まれた村……アルーの跡地だ」
「ここが? その前に……ルシエルって、アルー出身だったの⁉︎ じゃぁ、ひょっとして……」
ノクエルとのやり取りで、そんな話もあったっけ。……ハーヴェンに話そびれてしまっていたが、先に話しておくべきだったか。
「ハーヴェンが私の瞳の色に反応したのは、偶然じゃなかったってことなのだろう。……私とルーシーは、同じアルーの生贄だったのだから」
「そう、だったんだ……その青が重なるのは、偶々じゃなかったんだな……」
ボーラという町がどんな場所なのかは知らないが……流石に、私も自分の故郷の場所くらいは把握している。そうして彼が指先を置いた場所は紛れもなく、あまり思い出したくもない出生地であり……私が最期を迎えた場所でもあった。