5−22 鳥ちゃんの羽をコレクション
エプロンを返されたパティシエ娘の表情は、明らかにハーヴェンに憧れている顔だった。
彼は全く気づいていないみたいだけど。こういうところは鈍感だから、本当に困る。ただでさえ、私には勿体ないくらいにハンサムなのだから、無意識にモテるようなことをしないでほしいのだが。
と、思いつつ。それすらも、どう伝えていいのか分からない。……どうして、私はこうも素直になれないのだろう。
そんなことを考えていると……不意に私の手を引く彼の歩みが止まった。
「ここ……みたいだな」
何やら、買いたいものがあるらしい。急に立ち止まったハーヴェンが、ミゲルとやらに教えられた店を見上げていた。
「うん。確かに、これはいい感じかもな。……探しているものがあるといいんだが」
「そういえば、探しているものって?」
「まぁ、あったら重たくなるだろうと思って……後回しにしていたんだけど。とにかく、入ってみようか」
「うん……?」
ドアを開けると、ウィンドーチャイムが軽やかな音で鳴る。そうして入った店の中は……ステンドグラスのランプや食器、小さめの家具などが所狭しと置かれていた。
「いらっしゃいませ〜」
「おぉ〜! ここだったら、ありそうだな」
「だから、何が? ハーヴェン……一体、何を探しているんだ?」
「うん? ほら、ルシエルはやってきた鳥ちゃんの羽を集めてるだろ? だから、コレクションケースがあれば、と思ってさ」
「し、知ってたの?」
「……うん、まぁ。バードフィーダーに羽が残っているたびに、大喜びしてたし……」
「ま、まさか……み、見てたの……?」
「別に悪いことしてる訳じゃないんだし……と、とにかく! 良さげなコレクションケースを探すぞ! すみませ〜ん。探しているものがあるんですけど、手伝ってくれないかな」
「はいは〜い。ちょっとお待ちを〜」
まさか、見られてたなんて。もしかして……彼は私が羽を見つけるたびに、小躍りしているのも知っているのだろうか。
「はい、お待たせしました〜。お客様、何をお探しで?」
妙に何かを誤魔化すようなハーヴェンに呼ばれて、店の奥から出てきたのは……後頭部に大きめのシニョンを作った、ちょっと小太りのおばさまだった。人の良さそうなおばさまにハーヴェンが早速、用向きを伝えている。
「あぁ、ちょっとしたコレクションを飾るための、ケースを探しているんだけど」
「収納されるものは何でしょうか? アクセサリー? それとも、食器等の類でしょうか?」
「鳥の羽なんだけど……中にはものすごく綺麗なものもあって、きちんと保存できたらなんて思っていまして」
「まぁ、素敵ですわね! でしたら、あまり厚みはなくて良いのでしょうか? ……でも折角ですから、飾りながらインテリアとして楽しむのはいかがでしょう?」
「ん?」
そう言いながら……おばさまが奥から、糸が複雑に編み込まれたモビールみたいなものを持ってくる。
「これはドリームキャッチャー、と言います。本当はこのようにあらかじめ、羽がくっついているのですが……この部分をお客様のコレクションに差し替えるのは、いかがでしょうか?」
「ドリームキャッチャー、ですか?」
「魔除けの一種でして。これをベッドの天蓋やお部屋の窓際に吊るしておくと、悪夢を祓い、いい夢を呼び込んでくれるそうですよ」
そんな説明をしてくれる彼女が持っているものには、既に何かの羽がくっついている。なるほど……それを私の鳥ちゃんの羽に差し替えたら、とても素敵かもしれない。
「ハ、ハーヴェン。その……」
「気に入ったみたいだな?」
「は、ハイ……でも、鳥ちゃんの羽、結構あるんだ。1つじゃ足りないかも……」
「そうか。それじゃ、すみません。それをいただいていくのと、追加で残りの羽を収納できるものをお願いできますか」
「えぇ、かしこまりました。少々、お待ちくださいね」
そうして再度奥に引っ込んだ後に、戻ってきたおばさまが持ってきたのは……大きめの洋書?
「これは一見、ただの本に見えますが、中を開くと……」
しかし開かれた洋書の中には、文字はなく。薄い透明な板が、何枚も飛び出している。
「こ、これは?」
「こちらは所謂、魔力遺産でして。元々は魔力に反応して、文字の内容を具現化するためのものだったようなのですが、今はあいにくとその機能はありません。ですが、この板は中がスライドできるようになっていまして……」
おばさまがページに付いているつツマミを押すと、引き出しのように受け皿が飛び出す。これは一体……なんのためのスペースだったのだろう?
「昔の人は、このケースに魔法の呪文を記したメモを挟んで、自分で発動できないものも発動させたりしたようなのです。今は魔力自体がなくなっていますので、本来の利用方法での使用はできないのですが。一応、この部分には厚みがないものであれば収納できますよ。ページ数も沢山ありますので、お客様のコレクションを図鑑のように収納できると思います」
図鑑のように、鳥ちゃんの羽をコレクション……!
「ハーヴェン、こっ、これも……」
「うん。用途も、見た目も、バッチリって感じだな。おばちゃん、色々と見繕ってくれてありがとう。嫁さんも気に入ったみたいだし、さっきのドリームなんとかと、本型のケースをください。2つでいくらですか?」
「はい、ありがとうございます。2点で合計銅貨24枚です」
「ホイホイ。うん、ちょうどありそう……かな。枚数が多いから、そっちのカウンターに並べていい?」
「えぇ、どうぞ。その間、お品物をお包みしますね」
「うん、お願いします」
そう言いながら、ハーヴェンが慣れた手つきで銅貨の山を2つと4枚をサクッと並べる。その鮮やかな手元には、見慣れないケースらしきものが握られているが……?
「ハーヴェン……それ、何?」
「あ、これ? ほら、銅貨はどうしても価値的に枚数が多くなるだろ? だから、こうして銅貨10枚をすぐに測れるケースがあるんだよ。これに銅貨を詰めれば、いちいち数えなくても10枚すぐに出せるってところかな。……まぁ、今のご時世、こんなものを使う機会があるのはそれこそ、商人とかだけだろうけど。あると結構、便利だぞ」
「そうなんだ……」
確か……銅貨1枚で最低限の食事が1食分、だったっけ。ギノが銅貨1枚ですら貴重だなんて言ってたことを考えると、彼が並べている金額は普通に働いても、そう簡単に稼げない金額ということなのだろう。
「……カーヴェラは随分と、高級な店が多いんだな……」
「そっか、ルシエルもその辺が分かるようになったか」
「まぁね。それで、そんな場所でいろんな物を買ってもらって……私はきっと、幸運なんだな。うん、色々とありがとう。私、今日のこと忘れない」
「そう言ってもらえると、俺もお前を連れ出した甲斐があったってもんだ。それに……帰ってからも、色々と楽しみだな?」
そんなことを話しているうちに「お待たせしました」と戻ってきたおばさまから、代金と引き換えに品物を受け取るハーヴェン。そうしてしばらく、2人で何かをやりとりしていたかと思うと……おばさまからオマケがあるらしい。ハーヴェンが片手で手招きしている。
「ふふふ、可愛らしい奥様にはお近づきの印に、こちらを差し上げますわ。その図鑑といい、先ほどのお話といい。鳥がお好きなのでしょう? でしたら、こちらもどうぞ?」
「……!」
そう言われて、手のひらに乗せられたのは……ちょこんと可愛らしい様子で寄り添う、2羽の小鳥の置物だった。
「サムシングブルー・ポーターと言う、幸運を運ぶ小鳥の置物ですわ。是非、羽のコレクションと一緒に、飾って楽しんでくださいまし」
「あ、ありがとうございます……!」
「よかったな〜、ルシエル。憧れの青い鳥ちゃんが来てくれて〜」
「うん……! とっても嬉しい……!」
おばさまにありがとうございました、と見送られながら店を出ても尚、ウキウキが止まらない。手のひらの置物はこちらを見上げるような表情をしていて……綺麗なブルーもちゃんと再現されている。
「さて、そろそろ帰るか。……機会があったら、また来ような」
「うん、また一緒に買い物したいな……」
「そか。何れにしても、お前が嬉しそうで何よりだよ」
沢山の荷物を抱えているのにも関わらず、彼は優しく頭を撫でてくれて……そうされると、じんわりと何かが暖かくなる。どことなく……手のひらの鳥ちゃんが早速、沢山の幸せを運んできてくれたみたいで嬉しかった。