1−17 ツレってどういうことだ?
テーブルの上には白身魚のムニエルと、ミネストローネスープが並ぶ。ハーヴェン曰く、ムニエルに使ったバターはちょっといいもの……とのことで、バジルのカンパーニュと一緒に食べると確かに、贅沢で芳醇な香りが広がる。昼はなぜか食欲がなかったが、夕食はきっちりと腹に納められるから、不思議だ。デザートに出てきたティラミスもほろ苦さが丁度良く、こちらもペロリと平らげる。それは早速、ピンクの戦利品に着替えているエルノアも一緒らしい。昼間あれだけ甘いものを食べたのに、食事もデザートも残さず完食していた。一方で、小さな妖精も白ぶどうのコンポートをもらって、機嫌が良さそうだ。
そんな夕食の後、決まったようにおネム状態になったエルノアを部屋に引き上げさせる。屋根裏部屋にベッドを設えた、子供部屋と思われる空間。そのベッドにエルノアを誘導し、寝かしつけると……いつもながら、彼女が眠りに落ちるのは兎角、早い。見れば、小さな妖精も一緒に彼女の枕元で布に包まり、寝息をたてていた。
この家は打ち捨てられていたものを、ハーヴェンが魔法で復元したものらしい。子供部屋があって、小さなベッドがあるということは……この家にはかつて子供が住んでいたのだ。そう思うと少し、複雑な気分になる。そんな事を考えてしまったものだから、ちょっとアンニュイになりつつ1階のリビングに戻れば。いつものように、ハーヴェンがお茶を淹れているところだった。ハーヴェンは砥石を買って来たらしいが、それにしては随分と時間がかかっていたし、妙に荷物が大きかった気がする。……何れにしても、それ以上のことは私には関係ないはずだ。
「エルノアは眠ったかい?」
「あぁ。それはもう、ぐっすりと」
「そか。にしても、あのピンクはお前の趣味……なのか?」
「違うよ。あの子が自分で選んだんだ。いいじゃないか、可愛らしくて」
「似合ってたし、それはいいんだけどよ。……また泥だらけになるのかと思うと、ちょっと忍びなくてな……」
「……あぁ、なるほど」
そんな事を話していると、私よりもハーヴェンの視線の方が保護者然としていると気づかされる。こうして1日一緒に過ごしてみると、色々なことが見えてくるが……今までいかに自分が目の前の世界に無関心だったかを、思い知った気がした。受け取ったお茶を啜りながら、無関心だった分の穴埋めというわけではないが……今までのことに改めて、思いを巡らす。
そうして思い巡らしていると、普段は気にならないことが気になるのは……エルノアが変なことを言い出したせいだ。……大体、こいつが私のことをどうこう思っているわけがないだろう。どうせ、女としてすら認識されていないはずだし、私は彼にとってただの契約主でしかない。
しかし、グルグルと余計な事を考えていると……思いの外、彼の顔を眺め過ぎていたらしい。ハーヴェンはそれに気づくと、怪訝そうに私の視線を受け止めている。
「……ルシエル、どうした? 俺の顔になんか、付いてる?」
「いや、別に。なんでもない」
「そうか? ……街で合流してからお前、なんか変だぞ? 大丈夫か?」
「何でもないと、言っているだろう?」
「何でもなさそうに見えるから、聞いているんだろう。……何かあったのか?」
詰め寄られて珍しく、言葉が溢れる。決して不愉快ではないのものの……何故か、無性にそこにある彼の真意が知りたかった。
「……ツレってどういうことだ?」
「ん?」
「エルノアが変なことを言っていてな。お前、私のことを勝手にツレだとか言っているらしいな? ……私はそこまでお前と親しい仲になった覚えはないが」
今日の自分は殊の外、ハーヴェンに食って掛かっている気がする。何にそんなに苛ついているのか、自分でも分からないのが、余計に腹立たしい。
「……そう呼ばれるの、嫌か?」
一方で、私の心中を察することも、悪びれる様子もなく……アッサリと認めるハーヴェン。意図せず、寂しそうな顔をされると……今度はものすごく辛い。
「俺の方は契約以上に、同居人としてそれなりに親しいつもりでいたんだけどな。お前が嫌なら、やめるよ。マスターとでも呼んだ方がいいかな?」
「……今更、取り繕われてもな。それに急にマスターなんてお前が私を呼んだら、エルノアを余計心配させるだろ」
「……? あの子、そんなに何か心配していたのか?」
「いや、何でもない……」
さっきから、色々と墓穴を掘っている気がする。ハーヴェンは表裏がない分、色々とストレートで鋭い部分がある。それに引き換え、私はどうだろう。……何故、ここまで捻くれているのだろうか。つくづく、自分の可愛げのなさが嫌になる。
「お前、本当に何か変だぞ? 疲れているんなら、もう休めよ。明日の食材リストはいつも通り置いておくから、よろしくな」
「あ……あぁ、そうだな。……そうさせてもらうよ。……多分、初めての買い物だったものだから……人混みに酔ったのかもしれない。確かに、ちょっと疲れたな」
「まぁ、そうだろうな。何せ、大きな街だったからな、カーヴェラは」
彼の寂しそうな顔を振り切るように、リビングを後にして浴室に向かう。そんな当たり前になりつつあるバスタイムも、自分の平坦な体が憎らしく感じられて悲しかったが……それも仕方ないと、必死に割り切る。
何もかもを投げやりにしたい気分になりながら、横になろうとふとベッドを見ると……そこには見慣れない化粧箱が置いてある。平たい大きめの箱。深い深いブルーの包装紙に、キラキラした金色のリボンが掛かっているが……。
(……開けていいんだろうか?)
特に何かメッセージカードがあるわけでもないが、ここにあるという事は私宛と判断してもいいのだろうか。特段、物品交換した覚えもないけれど……。
どうやら、今日の私は色々と調子が悪いらしい。普段なら過剰なまでに出しゃばる警戒心よりも、なけなしの好奇心が優った。今までに感じた事もない高揚感に……やや乱暴に金色のリボンを引っ張り、解いて、包み紙を剥がす。そうして現れた綺麗な空色の箱を開けると、中には白い色の何かが入っている。その真っ白をそっと持ち上げてみれば、それは前面がプリーツ状になったシフォン素材のブラウスだった。そして箱には更に、ブラウスに誂えたように同じ色のショートパンツと真っ白なショートブーツが入っている。見れば、ショートパンツは銀色の糸で細かい植物柄の刺繍がされていて……程よい華やかさがあった。
「……」
妙にぴったりなサイズ感も考えると、やはり私宛のようだが……一体、誰が? そこまで思いを巡らしたところで、ふと、目の前の化粧箱の大きさに心当たりがある事を思い出す。
《ルシエルもオシャレすればハーヴェン、喜ぶと思うの》
何かを悟りかけた頭の奥から……エルノアの声がどこか遠く、響いた気がした。




