5−14 ザッパーントー
「ほらほら、こっちなの! 早く早く!」
「あ、ごめんごめん」
のんびりコンタロー達の様子に、ほっこりしていると。一足先に応接間にたどり着いたエルが、僕達を大声で呼ぶ。相変わらず綺麗に整えられた暖かい色味の応接間は、普段暮らしている屋敷とは違った意味で落ち着く。テーブルの上に抱えていた箱を置いたところで、父さまも応接間に来たところらしい。穏やかな表情で、にこやかに僕達を迎え入れてくれた。
「おやおや……何やら、たくさん持たされてきたんだね。いつもながら、ハーヴェン殿には頂きっぱなしで申し訳ないな……」
「あ、父さま! お久しぶりです」
「うん、しばらくだったね。今日はどんなご用事で来たんだい?」
「はい、色々と教えて欲しいことがあって来ました」
「そうか。それじゃ、しっかりと君達のお話を聞かないとね。今、テュカチアがお茶を淹れてくれているから……ほら、座った座った。そちらの猫さん達も遠慮せずに、どうぞ?」
「ハイ……失礼します」
「……」
きちんと応じるハンナに、どう反応していいのか分からないらしくて無言のダウジャ。その様子をキョトキョトと見守りながら、ハンナを挟んで彼らと同じソファにコンタローがちょこんと座る。……何だろう。3人がこうして並んで座っていると、ものすごく可愛い。モフ好きのマハさんが見たら多分、絶叫するんじゃないかな……。
「は〜い、お待たせしました〜。今日のお茶は、キスオブボルケーノですよ〜」
「キスオブ……ボルケーノ?」
「えぇ、黒の霊峰で高地栽培された茶葉の一級品ですよ。燃えるような真っ赤な色に、エキゾチックな刺激が素敵なお茶なの。今年のものは特に出来がいいということで、栽培家の皆様がくださったのよ〜」
そう嬉しそうに言いながら、母さまが淹れてくれたお茶はカップに注がれた瞬間、鮮烈なみずみずしい香りを放っている。オレンジにも似た芳香に清らかなお花の匂い、温かみのある太陽の香り。
「す、すごい……! こんなお茶があるんだ……」
「うふふ、気に入った?」
一口含めば、広がる甘酸っぱい余韻と同時に、パチパチと弾けるスパイスが仄かに舌を刺激する。幾重にも複雑に混ざり合う風味は、それだけで五感を満たしていく。
他のみんなもお茶に早速、夢中らしい。全員が目を丸くしながら、美味しそうにカップを傾けていた。そんなみんなの様子を満足そうにニコニコ見守っていた母さまが、興味津々で猫さん達に声をかける。
「ところで、そちらの猫ちゃん達はどなたかしら? コンタローちゃんに負けず劣らず、キュートね〜」
「あ、この子達はマスターが契約しているケット・シーっていう精霊なんです。黒い方がダウジャ、銀色の方がハンナって言います」
「そうか。ケット・シーは確か魔獣族の精霊だったね。マスターは幅広い種族の精霊と契約しておいでなんだな」
「は、はい……私達はレベルも低いのですけれど、マスターが迎え入れてくださって……。それで、皆様と一緒に暮らすことになりました……」
父さまの質問にハンナが丁寧に答える横で、ダウジャは他のことに気づいたらしい。彼がちょっとまごつきながらも、父さまに物怖じもせず尋ねる。
「……ところで、旦那も“マスター”って言ったか? まさか……」
「あぁ、そうか。こちら側は名乗っていなかったね。すまない。私はゲルニカ、と言う。そしてこちらは妻のテュカチア。お察しの通り……私の方はマスター・ルシエルと契約している、精霊の1人だよ」
「そう、か……。多分、旦那は相当に強いよな? そんな精霊まで手駒にいるのに、今更俺と契約して、なんの得があるんだろう……? あの天使様は上級天使みたいだし、俺が契約していていい相手なんだろうか……」
未だに真剣に悩んでいるらしいダウジャが、みるみる萎れていく。ハンナも心配そうにそんな彼を見つめているけど、どう言葉をかけてやっていいのか分からないらしい。彼女は彼女で……ただただ困った顔をしていた。
「ダウジャ君、と言ったね。君は自分がマスターに釣り合わないと思っているのかもしれないけれど、それは違うよ。……おそらくだけど、マスターはそんなことは気にしていない」
「そうだろうか? だって俺、レベル1の精霊なんですぜ? できることもそんなに多くないし、強くもないし……」
「例えそうだったとしても、マスターはきちんと君の契約を受け入れてくれたのだろう? きっとマスターにとって、精霊は手駒や道具ではなく、仲間なのだと思うよ。見せびらかしたり、自慢するためのものではないと、よくご承知のはずだ。だからレベルなんて気にしないのだろうし、無理な命令を出したりもしない」
「仲間……ですかい?」
「そうだよ。みんな一緒にマスターに契約を預けた仲間なんだ。だから、私に対して変な遠慮はいらないし、君が必要以上に萎縮することもない。マスターの精霊として、自分らしく堂々と胸を張っていいんだよ」
「俺も……仲間に入れてもらっていいのか……?」
「もちろん。だから、そんなに悲しそうな顔をしないで。こうしてみんなで一緒にいるのに、そんな風に君が落ち込んでいたら心配で仕方ないじゃないか」
「あ、あぁ……うん。そうですね。これ以上……みんなを心配させちゃ、いけませんね」
父さまに励まされて、何かを噛みしめるように嬉しそうな顔を見せるダウジャ。そんな彼の隣でハンナも安心したような、それでいて幸せそうな顔をしている。……今の父さまの言葉に励まされたのは、きっとダウジャだけじゃないんだ。本当は同じ不安を抱えていたハンナにも、父さまの言葉は届いたみたい。
「アフ、仲間っていいでヤンす。みんな一緒に暮らしている、仲間だったんでヤンすね」
「うん! みんなで一緒にハーヴェンのケーキを食べた仲間なの!」
そんな光景を前に……僕がしみじみと仲間って素敵だなと思っていると、バラバラの感想を漏らすエルとコンタロー。仲間を純粋にいいものと捉えているコンタローの一方で、エルの方は仲間の条件がケーキに差し代わっている。エルのは、かなり違う気もするけれど……。彼女が納得しているのなら、それでいいのかもしれない。
「それじゃぁ、そのハーヴェン様のケーキを見てみようかしら〜。確か、エルノアバージョンのケーキでしたっけ?」
「そうなの! ザッパーントーって言うの!」
母さまに言われて、何故か自信満々のエルが箱を開ける。正方形の箱に綺麗に収まっているケーキは、父さまと母さまに対してもちょっと得意げな様子だ。
「まぁ、なんて可愛らしいのかしら! これ、もしかしてエルノア……なの?」
「うん! ハーヴェンが作ってくれたの!」
「……こうも完成度が高いと、包丁を入れるのが忍びないな……」
ケーキの姿に嬉しそうにワクワクしているエルと母さまを余所に、細刃の包丁を片手に、父さまが困った表情をしている。そんな父さまを、ちょっと膨れっ面なエルが駄々をこねて急かし始めた。
「もう、父さま早く! これ、とっても美味しいのよ⁉︎ 私、早く食べたい‼︎ いつまで待たせるの〜?」
「あ、あぁ……そうだね。折角だし、頂こうか……しかし、何て罪作りなケーキなのだろう……」
急かされて、仕方ないといった表情で……ようやく父さまが綺麗に7等分にケーキを切り分けてくれる。そうして分けられたケーキを母さまがお皿に乗せて、みんなに配ってくれた。
「人形があるところはやっぱり、エルノアにあげるべきかしら?」
「うん!」
特別バージョンの特別な部分を受け取って、エルがとても嬉しそうに尻尾を振っている。前回と変わらず、綺麗に2層のソースを挟んだチョコレートケーキは……とにかく美味しい。今回のは予告通り、少し大きめのサイズでできているらしく、7等分にされていても美味しさを十分に堪能できる大きさだ。
「まぁ〜、なんて美味しいのかしら……!」
「そうだね。竜界ではチョコレートは手に入らないから、それだけでも貴重なのだろうけど……いや、それを抜きでも、実に素晴らしい味だな。ほろ苦さと甘酸っぱさがちょうど良い。おそらく、かなり計算されて作られているんだろうけど……」
フォークの勢いが止まらない様子の母さまと、一口ずつ噛みしめるように何かを探ろうとしている父さま。父さまはこういうところでも研究熱心なんだな……。僕もたくさんの事を知るためにも、父さまをもっと見習わないと。