5−10 狼じゃなくて一応、狐なんだけどな
「ただいま〜……あ、ハーヴェン。ちょっと先に、食材を受け取ってくれる?」
「おぅ」
晩餐会の材料をお願いしていた事もあり、キッチリ揃えてくれたようだ。何度もドアを潜るルシエルから手渡された食材を受け取り、厨房に運びつつ……彼女の様子を見守る。しかし、それ以外にも持ちきれないほどの荷物を交換してきたようで……一気に全てを運びきれないらしい。彼女は何かを諦めたようにため息をつくと、ギノに向き直る。
「……ごめん、ギノ。悪いんだけど……このまま、ドアを押さえていてくれないかな」
「あ、はい!」
そうギノにお願いして、もう一度ドアの向こう側に戻る嫁さん。そんなドアの外から妙に甲高い声が聞こえた気がして、ちょこっと覗くと……向こうは冗談抜きで、神界に繋がっているらしい。あぁ、なるほど。ルシエルのため息の原因はこれか。
「……ハーヴェンは相変わらず、天使のお姉ちゃん達にモテモテなんだね」
「モテるのは、嫁さんからだけでいいんだけど……」
エルノアに言われて声のする方を見やると、向こう側からもこちらが見えているご様子。黄色い声で名前を呼ばれたりするもんだから、適度に手を振るものの……何だろう、この居心地の悪い状況。ルシエル、早く帰ってきてくれないかな。しかし、荷物だけこちら側に運んでは、すぐに逆戻りを繰り返して……肝心の嫁さんが、なかなか戻ってこない。
「ありがとう、ギノ。もういいよ。さ、ドア閉めちゃって」
「は、はい!」
深いシワを眉間に刻みながら、何往復かした後。嫁さんが今度こそ、本当に帰ってくる。
「さて。今日はみんなにお土産があるんだ。食後に渡してもいいんだろうけど、荷物をここに置きっ放しも落ち着かないし、先に配ってしまおうかな」
「あ、そうなの?」
「まず、エルノアにはお守りを交換してきた。それ以外にも全寝室分用意してきたから、手分けして設置してくれる?」
そう言いながら、一際大きめのベルをエルノアに手渡す。残りのベルは小さめのサイズだが、何やら頭に付いている動物が違うらしい。きっと、彼女なりに色々選んできたんだろう。
「わぁ〜、ありがとう! ね、ルシエル。これ、もしかして……ドラゴン?」
「あぁ。エルノアには、1番効果の高いものを交換してきたんだけど……頭に付いている精霊の種類で、効力が違うみたいなんだ。最上級のベルには最上級の精霊がくっついている、というところなんだろう」
そう言いながら、ルシエルが残りのベルも配り始める。
「はい、ギノにはこのベルがいいかな? フェニックス、っていう魔獣族の精霊だよ」
「ありがとうございます! うわぁ〜、凄く細かい細工ですね……」
「エルノアの部屋以外の3階用には、それを3つ用意してあるから、各部屋に置いてきてくれる?」
「分かりました」
「で、2階の部屋にはこれ」
ルシエルが俺に半ば押し付けるように、2個のベルを手渡してくる。これは……狼だろうか?
「……フェンリルみたいだ。ハーヴェンにそっくりだろ?」
「なるほど……。でも、俺は狼じゃなくて一応、狐なんだけどな……」
「え、そうだったの⁉︎」
俺が狼じゃなかったことが余程、ショックだったらしい。妙にしょぼくれ始める嫁さん。あぁ、そうか。俺に似ているのをわざわざ、選んできたんだな。……悪いことを言っちゃったかな。
「でも、同じ犬科の動物であることには違いないし。俺自身も、狐よりはこっちの方が似ていると思うよ?」
「そ、そう? なら、いいかな……」
そんな風に取り繕うように慰めてやると、彼女がちょこっと嬉しそうに赤くなる。おぉ、超眼福。
「それじゃ、折角だから夕食までの間にちょっとベルを設置してくるか。最後のは1階用?」
「う、うん。これはゴーレムらしい」
ほぅ。1階用には、堅牢な機神族を持ってきたか。
「あ、そうそう。コンタローとケット・シー達にもお土産があるんだ」
「あ、あぁい? おいら達にも何かあるんですか?」
「うん。ハイ、これ」
嫁さんが少し大さめの紙袋を得意げに取り出し、小動物3人に手渡している。そしてすぐさま、袋の中身に興奮しだすコンタロー。妙に真剣な面差しは、只事ではない雰囲気を十分に出しているが。彼の表情の意味が、ケット・シー達には今ひとつ理解できないらしい。
「これは……?」
「な、なぁ、コンタロー……これ、何だ?」
「こいつは、竜界産のマボロシトラウトの干物でヤンす! 炙ってもよし、そのまま食べてもよし! しかも、今回のやつは身欠きになっていて……配慮も超一流の最高級品でヤンすよ!」
「……⁉︎」
「そ、そんな高級品を私達にも?」
袋がちょっと重たいのだろう。ハンナが両手で大事そうに抱えながら、遠慮がちに呟く。
「あぁ、交換品リストを何気なく見ていたら、そんなものが増えていてね。折角だから交換してきたよ。で、ハーヴェン。他のウコバク達の分もあるから、今度行った時に配っていいかな?」
「もちろん。全員大喜びで姐さ〜ん、とか言いながら抱きついてくるぞ。間違いなく、フルモッフにされると思うけど」
「そ、そう? 何れにしても、それは遠慮なく食べていいから。それと……これはちょっとした気休めというか。君達もこの屋敷でちゃんと休めるように、寝床を用意してみたんだけど……」
更に今度は、大きめの包みをガサゴソと開け始めるルシエル。彼女の手元から出てきたのは、何かのバスケットみたいだけど……。
「猫ちぐら、っていうらしい。猫は狭いところで丸くなるのが、安心すると聞いてな。だから、2人の分も用意してみたよ。良ければ、好きな場所に置いて使って」
猫達2人の前に、小さめの出入り口が付いているかまくら状のバスケットが並べられる。濃い茶色の方がダウジャ用、白っぽい方がハンナ用なのだろう。
「い、いいのか? 俺達も、ここにいて……」
「どうして、そんなことを聞くの? 私は君達もここにいるものだと思って、これを用意してきたんだけど。……ダメだったかな?」
さっきまで自分達もここにいられるものだと思っていなかった手前、あっけらかんと答えるルシエルに拍子抜けしたのだろう。それと同時に、何かの糸が切れたらしい。ハンナの方が、大粒の涙を流し始める。
「え、え? も、もしかして、気に入らなかった?」
「いや、そうじゃないんだ。そうじゃないんだよ……。とにかく、色々とありがとう……そういう事なら、俺達もあんた契約を預けてもいいだろうか」
「相手が私で良ければ、構わないよ。あんまり構ってあげられないかもしれないけど、何かあればハーヴェンにも相談するといいと思うし……今まで大変な目に遭った分、ここでゆっくり過ごすといいんじゃないかな」
「あ、あぁ……それじゃ早速。……俺はダウジャ。契約名ケット・シーの名において我が爪、我が牙、我が瞳。我が身全てをマスター・ルシエルのために捧げることを誓う」
「では、私も…… 私の名はハンナ。契約名シルバークラウンの名において我が瞳、我が毛皮、我が叡智。我が身全てをマスター・ルシエルのために捧げることを誓います」
鼻声になりながら契約を預けるダウジャと、涙ながらに契約を預けるハンナ。ハンナの背を優しくさすりながら、彼女と同じように何か込み上げるものがあるらしい、ダウジャも堪えきれず目頭を抑えている。契約の祝詞を聞く限り、さっきまでルシエルとの契約に尻込みをしていた彼らは、全幅契約を預ける気になったみたいだ。
「うん、ありがとう。これからよろしくね」
「あぁ、よろしく頼む」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします、マスター」
そんなほっこりと感動的な様子に……背後から「あぅぅ」と小さな声がするので、振り向くと。コンタローが羨ましそうに猫ちぐらを見つめている。しかし、流石の嫁さんはその辺もお見通しらしい。最後の最後に残っていた包みを解くと、コンタローの前にも何かを置いた。
「はい、コンタローにはこれ。こっちは犬用のベッドだよ。猫ちぐらと違って屋根はないけど、フカフカで丸くなって眠るのには気持ちいいんじゃないかな。コンタローも、これを好きな場所に置いて使ってね」
「あ、あぁい! ありがとうございますでヤンす‼︎」
「良かったな〜、コンタロー」
赤い瞳をこれ以上ないくらいに輝かせながら、尻尾を旋回しているのを見るに……かなり気に入ったのだろう。どこに置こうかな、なんて言いながら紺色の台座のクッション部分に足を突っ込んで、フカフカ具合を確かめている。
「そういうことなら、ルシエルのお土産を設置してから、夕食にするか。そうだな……30分後くらいにリビングに集合、でどう?」
「そうだね。私もこれ、早くベッドに吊るしたい!」
エルノアもどことなく嬉しそうに手元のベルを見つめながら、ウキウキした様子で答える。今日の夕食、彼女はデザート抜きなんだけど……綺麗に忘れているらしい。まぁ、それはここで言う事じゃないか。