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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第5章】何気ない日常の中に
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5−1 お仕事はきちんとして下さい

 目覚めると、今朝も心地よい囀りが耳に届く。あの日以来、思い出の青い鳥を見かける事はなかったが。それでもベランダのバードフィーダーには、気まぐれに小鳥達が遊びにきてくれるようになっていた。

 少し距離を保って窓越しに見つめる分には、問題ないらしい。今朝は喉元が鮮やかなオレンジ色の小鳥と、それより少し大きめの翡翠色の鳩がやってきている。昨日は星を散らしたような、夜空色の大きなカラスもいたりしたが、彼らは彼らで領分があるのだろう。大きいものが餌を独占したり、小さいものを追い出すこともなく、同じ皿の上からパンや果物を啄ばんでいるのだから……人間よりも小鳥達の方が平和に暮らす術を知っているのではないか、とふと思ってしまう。

 一頻りそんな小鳥達の様子を楽しんだ後、ベッドでまだ眠っているハーヴェンを起こさないように着替えると、いつも通り食材メモを攫って神界に出向く。しかし……神界へ向く足取りが重い気がするのは、気のせいだろうか……。


***

 神界門を潜るや否や、集中する視線と熱気。それらを極力振り払いながら、居心地の悪いエントランスを突っ切り、ラミュエル様の部屋に急ぐ。……いつから、この部屋は私の避難所になったのだろう。慣れるつもりもないこの状況に、頭がおかしくなりそうだ。


「あら、ルシエル。何かあったの?」

「……ここまで来るのに、色々と……」

「あぁ、そういうこと? まぁ、それは仕方ないわよ〜。ルシエルは最近、とってもオシャレで綺麗になったし。変わりようを見れば、ハーヴェンちゃんの影響だと思って、ヤキモキするのは当たり前でしょう?」


 人の苦労を「当たり前」で片付けられてしまったが。悲しいかな、そんなことにも慣れてしまった。とにかく、今日も必要なことを伝えて、さっさと帰ろう。


「……私の変わりようは、ともかく。今日はハーヴェンから伝言を預かってきました」

「何かしら? お食事のお誘い……とか?」

「えぇ、それもあります。まず、魔界への訪問についてですが、3後日はどうかと都合を聞かれました。また、段取りの説明も兼ねて、大天使様3名を前日の夕食にお招きしたら、とのことでした」

「あ、なるほど……私はもちろん、大丈夫よ? でもオーディエルの都合は、本人に聞いた方がいいわね。そうね、折角だしオーディエルの部屋に一緒に行きましょうか。……ノクエルのことも直接、聞いてもらいたいし」


 ノクエルの事で何か、進展があったのだろうか。そう言えば……オーディエル様指揮のもと、凄惨な拷問にかけていると聞いてはいたが。ようやく観念したということか?


「えぇ……そう、ですね……。そういう事でしたら、直接お話しした方が早そうですね……」


 しかし……オーディエル様の部屋に移動する、それはつまり……先ほど必死に通過してきたエントランスをもう一度経由するということだ。確かに以前から私は「悪い意味で」話のタネにされやすい対象ではあっただろうが、現状も根っこは変わっていないように思える。

 以前と「恥」の内容や趣がかなり異なるとは言え、悪魔と契約し、身体を重ねた挙句に結婚までしたのだ。そのことこそを「恥さらし」と罵倒する者がいてもおかしくないと思っているし、正直なところ……以前の私だったら、容赦なく悪辣な態度をとっただろう。他人の視線を必要以上に気にしながら、自分の前を歩くラミュエル様の背中を目印に移動しつつ……そんな事を考えている自分が、急に情けなくなってくる。

 全てを「成り行き」だと割り切るのは、容易い。しかし、それが純粋な「成り行き」ではない事くらい分かっている。望まぬのなら、初めての時に抵抗して拒めばよかったのに……私はそれをしなかった。強引ではあっても、無理矢理ではなかったのだから、拒絶することもできただろうに。


「ルシエル? 大丈夫?」

「……⁉︎ い、いえ……すみません。少々、考え事をしていまして。……大丈夫です……」

「そう? ルシエルがぼんやりしているなんて珍しいわね? それはさておき、今の時間であればオーディエルもいると思うし……オーディエル、いる? ちょっとお邪魔するわよ〜」


 そう言われながら、ラミュエル様の後について排除部隊長の部屋に入る。


「おぉ、ラミュエル。それにルシエルも。そうか、例の話の件か?」

「えぇ、そんなところよ。今、大丈夫かしら?」


 いつもながら戦女神と鳴らしているだけあって、しなやかな筋肉を纏った剛健な姿に失礼ながら……自分とは別の生き物なのではないかと、錯覚してしまう。今のオーディエル様は、ゆったりしたガウン姿だが。戦線を自ら指揮する時は白銀のメタルプレートを身に纏い、星屑を集めてできていると言われる聖剣・オラシオンを携える姿は、戦女神の二つ名に相応しい威厳を放つ。現在の神界で最強の天使であると同時に、軍事力を手中に収める実質的な神界トップのはず、なのだが……。


「うん? あぁ、もうちょっと待ってくれるか。……今、いいところなのだ。忙しくて、最新刊を読みきれていなくてな……」


 見れば、戦女神の手にはしっかりと『愛の結婚生活』が収まっている。呪いの書もいい加減、ブームも去ってくれてもいいだろうに。なぜ、こうも人気があるのだろう……。


「……風呂か。今度、神界にも浴場施設でも作ってみるか。それで、入浴剤を入れてだな……うむ。しかし……やはり、一緒に入ってくれる旦那様がいないとサマにならないな……」


 妙なところで真剣に悩む、大天使様。いや、そこは悩むところではないと思う。


「いえ、風呂は1人で入っても十分楽しめますよ。私もいつも一緒ではありませんし……」

「そうなのか? 私は生前、風呂はおろかシャワーなんてものもない場所に生きていたのでな……。風呂というものが今ひとつ、どんなものか分からんのだ。身を清める手段といえば、川で水浴びくらいなものだったし。……湯に浸かる、というのはいいものなのか?」

「暖かい分、疲れも取れますね」

「なるほど……では、是が非にでも大浴場を建設するとしよう。普段の鍛錬で疲れた身体を労わる施設が必要だと、以前から考えていたものでな。それにしても、現代の人間界の生活は色々と見習いたいことも多いな……」

「フフフ、オーディエルったら。なんだかんだで、仕事熱心なんだから。でも……私も神界でもお風呂に入れるのは賛成。晩餐会の日から、キュリエルが譫言でお風呂に入りたいとか呟いているし、よっぽど気持ちよかったのね。だから私もぜひ、お風呂を体験したいわ。私達は生前、貧しい農村育ちだったから……お湯を沸かすなんて贅沢は、したこともなかったし……」


 風呂1つとっても、ここまで反応が別れるのはやはり、転生前の生い立ちが影響しているのだろう。

 確か、私とオーディエル様は生まれた場所は違うとは言え、生きていた年代は私と同じ……とは言え300年ほど開きはあるが……それでも、感覚は彼女の方が近い。一方でラミュエル様とハミュエル様は私達よりも少し後の年代の生まれだと聞いている。

 魔力技術開発の興隆期と最盛期の時代、そして人間界の経済格差も広がっていった時代。魔力の恩恵を受けられる富裕層と、魔力を使うことも許されず……極貧の生活を強いられていた貧困層。綺麗に二極化された時代の貧困層では旱魃、疫病に伝染病の沈静化に飢餓の類を治めようと、生贄の儀式が多く執り行なわれた時代でもあったという。そのため、今の神界ではこの時代に生まれた天使が半数を占め、彼女達は出身の地方も雑多な上に、飛び抜けて魔力が高い者が多いという特徴がある。


「……でしたら、今度いらした時にお風呂、入ってみますか? 丁度、ハーヴェンが大天使3名様を食事に招いたら、と申していましたし。本日は魔界訪問の日程のご相談も含めて、そのことをお話に上がったのですが。……いかがでしょうか?」

「それは誠か⁉︎ 私も晩餐会にお招きいただけると⁉︎」

「え、えぇ……ハーヴェンの方は、私が明日のお休みを取ることに対しての、埋め合わせのつもりでいるようです。明後日の夕食どきのご都合はいかがでしょうか? 合わせて……私は次の日に魔界に行くつもりですが、オーディエル様もご一緒されますか?」

「む、無論だ! そんな貴重な機会をみすみす、逃したりはせん。他の何を差し置いてでも、必ず参上しよう!」

「か、かしこまりました……。では、当日の夕方お迎えに上がりますので、一緒に人間界の屋敷までお越しください。本当は直接ご提案できればいいのですが……お手数ですが、ラミュエル様。ミシェル様にもお伝えいただけますか?」

「えぇ、もちろんよ。ミシェルもきっと、飛び上がって喜ぶと思うし……ウフフ、私も楽しみだわ〜。オーディエルじゃないけど、お仕事が上の空になりそう」

「……お仕事はきちんとして下さい……。と、とにかく。ハーヴェンにも伝えておきます。……ところで、オーディエル様、ノクエルの件で何かお話があるとお聞きしましたが?」

「あぁ。そうそう、ルシエルに伝えなければいけないことがあった。……実はな、ノクエルがお前になら少し話をしてもいいと言い出してな」

「はい?」

「ようやく、話を引き出せそうなのだ。……どうだ? 少し協力してくれんか」

「えぇ、構いませんが……」

「そうか。では、急ですまないが一緒に懲罰房に来てくれるか。……辛うじて舌だけは回復してやってあるから、話くらいはできるだろう」


 という事は、ノクエルの現状は「かなり酷い状態」なのだろう。今まで私は拷問とやらに関わる事なく過ごしてきたせいもあり、あまり実感がないが……良くも悪くも天使は「簡単に死ねない」ため、「される側」に回った日には堪ったものではない。その上、排除部隊は戦闘に特化しているため、回復魔法のスペシャリストが集まっている部隊でもある。瀕死の状態……確か心臓と脳さえ残っていれば、ある程度の状態まで強制的に復活させることも容易いと聞いた事がある。


「そういう事で、ルシエルを少し借りる。顛末は後で報告するから、ラミュエルは自室に戻るといい」

「分かったわ。それじゃルシエル、しっかりね」

「……承知致しました」


 体の一部を失う痛みを何度も経験させられる事の苦痛は、想像を絶するものがあるに違いない。そんな苦痛の果てに……ノクエルは私に、何を語ろうというのだろうか?

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