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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第4章】新生活と買い物と
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4−31 できないかもよりも、できるかも

 予想通りというか、何というか。昨晩の顛末は間違いなく、既に小説とやらになっているのだろう。私が神界門を通過するや否や、周囲のどよめきと視線が一層、暑苦しくなったように思える。そして話しかけてはこないものの、大勢の天使達が一定距離を保ちながら一緒に移動してくるのが、ますます居た堪れない。とりあえず報告書をと思ったのだが、それすらもやり辛いではないか。本当に……どうしてくれよう。


(ラミュエル様に捕まらないうちに、さっさと帰ろう……)


 しかし……運命は残酷かな。満身創痍の精神をギリギリで保っている私の背中に、聞き覚えのある恐怖のお声がかかる。


「フフフ、ルシエル……見つけたわ〜」

「⁉︎」


 恐る恐る、後ろを振り向けば。いつも以上に頬を紅潮させた、嬉しそうなラミュエル様が立っている。まさか、彼女の方からお出ましになるとは。……思いもしなかった。


「あ、ハイ。……グルメレポートはいかがでしたか?」

「もう、それどころじゃないわよ〜。もちろん、お料理のことや人間界の状況も大事なことだったんだけど、他にビッグニュースがあったでしょ? みんな興味津々なのよ〜?」


 ラミュエル様のお言葉に……示し合わせたように頷く、大勢の取り巻き達。様子からするに、大した問題にはならなかったのかもしれないが。明らかにプライベートな内容であるし、大々的に取り上げるべきことではないように思うのだが。


「本当に羨ましいわ〜! 憧れのハーヴェンちゃんと、1つ屋根の下……しかも、お風呂もお布団も一緒だなんて。まさに、幸せの結婚生活よね! 乙女の夢よね!」


 そう言いながら、ごそごそと何かを取り出すラミュエル様。呪い第7弾のタイトルは『愛の結婚生活』だそうで。……絶対、中身は報告書じゃないよな?


「まぁ、具体的なことは書いてないんだけど。要するに……ルシエルは女としての喜びを知っている、ということよね?」

「……」

「ね、ね、どんな感じなの? ハーヴェンちゃんはやっぱり、脱いでも素敵なのかしら? 程よく筋肉とか付いていそうだし、きっと逞しいんでしょうね……!」


 変な妄想と共に発せられる、大天使の好奇心丸出しの呟きに……周りから黄色い声が上がる。なんだろう、その熱といい、雑音といい。色々とクラクラするんだが……。


「……そ、その辺は秘密です。それこそ、詳らかにする内容ではないでしょう?」

「あら、そうなの〜? まぁ、それはあなたの言う通り……自分で素敵な縁を探すしかないわよね」


 彼女の言葉から察するに、あの辺りの内容も具に記録されているのだろう。以前、ハーヴェンがマディエルの小説は報告書としてもきちんと成り立っているなどと、言っていたことがあったが。彼女の小説は、いろんな意味で抜け目がない。多少の誇張はあっても、大筋が合っているから……余計にタチが悪い部分がある。


「あ、そうそう。そう言えば、これ」

「?」


 ラミュエル様が思い出したように渡してきたのは、白銀貨2枚と……恐怖がたっぷり詰まった呪いの小説第7弾。これを、どうしろと?


「えっと……。まず、小説はいらないんですが……」

「もう、そう言わないで。報告書なのだから、当事者のあなたも確認してちょうだい」

「かし……こまりました……」

「それと、白銀貨はハーヴェンちゃんへのお給金です。リッテルが迷惑をかけちゃったみたいだから、色を付けました。それで、ルシエル。明後日であれば、お仕事代わってあげられるんだけど……」

「はい?」


 急に妙な事を言い出す彼女の言葉に、耳を疑う。お仕事を……代わる? ラミュエル様が? 一体……何の話だ?


「あら? ハーヴェンちゃんから、何も聞いていないの?」

「何をでしょう?」

「お料理の食材リストと一緒に、ハーヴェンちゃんから私にお願い事もあってね」

「え、えぇ?」

「2人きりでデートをしたいから……あなたに休みをあげてほしい、ってご要望があったんだけど」


 まさか……あの時の手紙のことか? マディエルが、私達が手を繋いで何とかと言っていた……あのクダリか⁉︎


「確かに、ルシエルにも休養は必要よね〜。だって、あなたくらいですもの。内容の多い少ないはあっても、毎日きちんと報告書を出してくるの。他の子は適度にサボっているし、たまにはいいんじゃないかしら?」

「いえ……でしたら、その日の分は次の日にまとめて提出しますし、ラミュエル様のお手を煩わせるわけには……」

「いいのよ〜、たまには私も監視のお仕事を思い出すのも、悪くないし。それに、お礼に大天使3人でお食事にお越しください、なんて書かれていたら……もう〜、頑張るしかないじゃない? 晩餐会、楽しみだわ〜。次は是非、私達3人でお邪魔するわ」

「それ自体は構わないと思いますが……」

「そう? それじゃ、決まりね。明後日は楽しんでいらっしゃい。もちろん、報告係を付けるなんて無粋な真似もしないから」

「は、はい……ありがとうございます」


 報告係をつけないのお言葉に、妙に落胆したため息が周りから漏れる。……彼女達が思うほど、私の日常はドラマチックではないのだが……。


「それにしても……ルシエルも随分、変わったわよね」

「?」

「以前は私が話しかけても、あまり目を合わせてくれなかったじゃない。……それについては、明らかに私が悪いんだけど。でも……以前はどんよりしていた表情が明るくなったというか、大分柔和になったというか。少なくとも……モジモジしながら赤くなるなんてこと、なかったもの。ウフフ……やっぱり、旦那様との愛の生活があったから、かしら?」

「そ、そそそそ、それは関係ありません‼︎」


 まぁ、本当かしら〜……なんて、相変わらずのフワフワした様子で茶化される。しかし、例の顛末もすんなり受け入れられていることに、私は改めて違和感を覚えていた。その違和感は決して不快なものではないだろうが、それでもこの調子で大丈夫なのかと、本気で心配になってしまう。この神界は果たして……どこに向かっているのだろう?


***

 掃除をして1階に降りると、見計らったようにハーヴェンさんが朝食を用意してくれている。テーブルには、ハムとチーズが乗ったトーストと海草スープ、小エビのオムレットにソーセージが並んでいる。バターのいい匂いに食欲を擽られ、僕もコンタローも迷わず席に着く。


「ところで、エルノアは?」

「あ……起こしたんですけど、まだ眠っていて……」


 僕の答えにハーヴェンさんが少し怪訝そうな顔をしたけれど、朝食が冷めるといけないと思ったのだろう。僕達に食事をするように促す。


「そうか。まぁ、それなら仕方ないな。とりあえず、先に食べようか」

「は、はい。……エル、具合が悪いわけでもなさそうですけど、今日は特に寝起きが悪いというか……なんで、ここまで起きられないんだろう……」

「あい……おいらと坊ちゃんで一生懸命起こしたんですけど、起きてくれなかったでヤンす」


 2人で起こしても、エルはぐっすり眠ったままだった。彼女の眠りはとても深いものらしく、多少むにゃむにゃと反応することはあっても、瞼が上がる気配は一向にない。


「エルノアは俺達と違って、闇属性を持っていないからな。多分……それで、睡眠時間が長くなりがちなんだろう」

「え?」

「魔除けの効果で薄くなっているとは言え、ここは森の中だからな。瘴気の影響は多少、あるはずだ。俺達は瘴気に対する抵抗力としても、闇属性を持っているから大丈夫かもしれないけど……エルノアには少し、辛いのかもしれないな。具合が悪いのでなければいいが。あまりに酷い場合は、考えてやった方がいいかな……」


 そんなこと、考えてもみなかった。でも言われてみれば、エルだけカンバラの駅まで行くのに少し辛そうだったし、僕達よりも息が上がっていたのは……そのせいだったのか。今更ながら、そんなことにも気づけないなんて……悪いことをしてしまった。


「そっか……だからエルはあの時、お守りが欲しかったんだ……」

「お守り?」

「はい、地図を買いに行った時……駅前の露店で、モビールみたいなお守りを買おうとしていたんです。ただ、あまりにも値段と不釣り合いなものだったから、止めたんですけど……その時、エルはこれがあれば早く起きられそう、なんて言っていたんです。僕、それはあまり関係ないと思って、気にも留めなくて……悪いことしちゃったかも……」

「でも、あれはどう見ても、効果のないガラクタでしたよ? だから、坊ちゃんの判断は間違っていないでヤンす。おいらはベルゼブブ様にお願いして、ちゃんと効果のあるお守りを作ってもらった方がいいと思いますよ?」

「そっか。それじゃぁ、お守りを用意してやらないとな。ただ、この場合は……ベルゼブブに頼むより、嫁さんに頼んだ方がいいかもな?」

「あい?」

「お清めは天使の得意分野なんだよ。だから、それらしい魔法道具……それこそ、あの玄関のベルに近いものをお願いしてみるか」

「でしたら、僕からお願いしてみてもいいでしょうか?」

「あぁ、構わないよ。ルシエルはなんだかんだで、太っ腹だし、大丈夫だろう」


 結局、僕はエルのことをあまり分かってあげられなかった。だから僕からお願いして、代わりにマスターのために何ができるのか聞いてみよう。


「さて、と。エルノアには起きてきたら改めて出すから、お前達は後のことは気にしなくていいぞ。今日は特に用事もないし、好きなように遊んでくるといい。俺は色々と仕込みとかしているから、何かあったら戻っておいで」

「あい! そうだ、坊ちゃん。今日は裏庭の温室に行ってみませんか?」

「温室?」


 そう言えば、裏庭には温室もあったっけ。でも、タイムリウィンドの効果は植物には及ばなかったみたいで……温室は空っぽだった。前庭のバラのアーチもそれらしい雰囲気が残っているだけで、花が咲く様子はない。


「でも、温室に行ってどうするの?」

「もし良ければ……何か育てたいな、なんて思っているでヤンす。このお屋敷は中身は綺麗でヤンすけど、なんというか、ちょっと味気ないというか。ほら、ゲルニカの旦那様のお屋敷には、沢山お花が飾られていたでヤンしょ? あんな風にお花でも飾れば、お客様が来た時も喜んでもらえそうな気がして」

「なるほど。でも、ここの環境でお花とかって育つのかなぁ……」

「あぅぅ、やっぱりダメでヤンしょか?」


 僕が何気なく答えた言葉に、しょげるコンタロー。どうしよう、がっかりさせてしまったみたいだ。そんなつもりで言ったのではないんだけど……。


「だったら、まずは温室の状態を確認してきたらどうだ? それで土を触ってみて、土が生きていそうだったら、何か植えればいいんじゃないかな。何せ、ギノは地属性だろう? その辺は……俺達よりも感じられるものがあるんじゃない?」


 厨房で後片付けをしながら、ハーヴェンさんがすかさずフォローしてくれる。


「それでもし、何か育てられそうだったら、どんな物を育てたいか考えておくといい。そのうち、前庭のアーチ用のバラも含めて、苗を買いに行ってもいいかもな」

「そうですね。まずは状態を確認することが大事ですよね!」

「あい!」

「そういう事。可能性があるんなら、できないかもじゃなくて、できるかもって考えた方が、色々と楽しいと思うぞ?」


 できないかもよりも、できるかも。そうか、そうだよね。折角、生きているんだもの。僕もできるかもしれない事をたくさん見つけて、やってみたい。手始めに……すぐ近くにある温室から始めるのは、とても良いことに思えた。

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