4−30 ルシエル様って笑えるんですか⁉︎
それにしても、はっきり言ってしまったか……。こんな状況で……。
恐る恐る、後ろを振り向けば。……マディエルとキュリエルが顔を真っ赤にして、私を見つめている。仕方ない。カミングアウトしてしまったのなら、そろそろ……年貢の納め時なのかもしれない。
「だから、恥ずかしげもなく、そういう事を言うなと……」
「お? ルシエル、おっかえり〜」
「……⁉︎ ル、ルシエル様……」
こちらに気づき、何か言いたげなリッテルを無視して……ハーヴェンの元に歩み寄る。
「あぅぅ、修羅場ですか? 修羅場ですか?」
「……リッテル。ちょっと、言い過ぎだと思うわ……」
マディエルとキュリエルは……とりあえず、状況を見守ることにしたらしい。リビングの入り口に立ったまま、若干及び腰でこちらの様子を窺っている。
「風呂上がりのお茶だよな? ちょっと待っててな?」
「その前に……」
「あ、そうか。今日も一緒に風呂、入れなかったもんな〜」
ことも無げに、彼は容易く私の言いたいことを理解すると、ハーヴェンは抱きしめて頬ずりをしてくれる。何かを見せつけている気がしないでもないが、こうなったら勢いも大事だ。ここはとにかく……攻めるに限る。
「一緒に、お風呂……?」
私達のやりとりに小さく呟いて……座り込むリッテル。あまりに惨めな状況を、見るにみかねたのだろう。泣いているリッテルの震える背中をさすりながら、キュリエルが彼女を庇うように話し始めた。
「すみません……。リッテルの普段の様子……ルシエル様に対抗心を燃やしているあたりとか……から、何となく知ってはいたんですけど。……彼女、ハーヴェン様みたいな精霊が欲しいって、いつも言っていて。この間の組織改編の時に、監視の任務に手を挙げたのも、そうした理由だったみたいなんです……」
「組織改編?」
「神界も色々と、変わりつつあるんです。それで、天使の実力を見直した上で、役目の振り直しがあったのですが」
「あぁ、そういや、ルシエルもそんな事、言ってたな。その結果、嫁さんは六翼になったんだよな〜。いや〜、俺も頑張って良かったよ? しかも、ちゃんとご褒美ももらえたし……」
「ご褒美、ですかぁ? ハーヴェン様は、何をもらったんですか〜?」
「その先は内緒です。ま、敢えて言うなら、夫婦の……」
「その先は内緒! 余計な事を言わない!」
勢い、彼の言葉を遮る。……この状況だとご褒美の内容は、言わずとも分かってしまうだろうし……。
「まぁ、そういう事。実際のところ、俺達は結構前から、こんな関係だよ? だから今更、割って入ろうとしても無駄なのだ! どうだ、参ったか!」
「……そこ、降参させるところじゃないから」
そう言いつつ、若干優越感に浸りながら蹲っているリッテルを見つめる。どうやら彼女はまだ諦めていないらしい、私を見上げる瞳には涙が浮かびつつも……明らかな闘争心が宿っている。
「でも、ずるい! だって、ハーヴェン様は……たまたまルクレスにやって来ただけなんでしょう? ルシエル様にはそんな相手がいるのに、どうして私にはいないんですか? 先にハーヴェン様に目を付けていたのは、私なのに!」
先に目を付けていた……? 彼女が言わんとすることが今ひとつ、分からない。
「いや、だから。それは多分、人違いだと思うよ」
彼女の言い分には、ハーヴェンも身に覚えがないらしい。素気無くそんな事を言いながら、私の肩を抱く。
それにしても、ずるい……か。随分と稚拙な理屈に思えるが、彼女は彼女で真剣なのだろう。実際、私も逆の立場だったら同じように考え、同じように彼を欲するかもしれない。しかし一方で、それは神界のルールとしても許されない事だ。この辺りはきちんと、上位者として話をするべきだろう。
「信頼関係や契約というのは、誰かから奪っても無意味なものです。私の場合は確かに、運が良かっただけかもしれないし、ハーヴェンに甘えて迷惑ばかりかけているのもまた事実……その辺はご指摘通りだとも思います。でもね、彼と離れたくない気持ちだけは誰にも負けないし、彼を繫ぎ止めるためだったら、私はなんでもする。一緒に魔界に来いと言われたら、それも厭わない。……私はそのくらい、真剣なんです。そういう縁は自分で探さないといけないし、誰かの縁を奪う事だけはしてはいけない。……精霊との契約はそういうものだと、きちんと理解しなさい」
「そっか〜。ルシエルはいよいよになったら、俺と一緒に魔界にも来てくれるんだな?」
「……それも厭わないと、言っているだろう? 最終手段だとは思うが……その時は無論、望むとこ……はわっ⁉︎」
不意に身を引き寄せられて、今度は抱き上げられる。彼を見下ろすと、これまでにないくらいにイタズラっぽく、それでいて満足そうな顔でこちらを見つめている。
「今日は本当、色々いい日だな〜。朝一でお前の笑顔を見られて、そんでもって……1日の終わりかけに、こんなにありがたいお言葉まで頂けて。俺……メチャクチャ幸せかも」
「ルシエル様って笑えるんですか⁉︎」
「おぁ〜、し、信じられないですぅ!」
キュリエルとマディエルが、今日1番の驚きの声を上げる。ちょっと失礼な気もしたが……今までニコリともできなかったのだから、そう思われるのも無理はないかもしれない。
「ふっふっふ……ルシエルは俺の前だと、可愛く笑います! 今朝は小鳥ちゃんが来ていたとかで、もんの凄くいい顔で笑ってくれました! 明日も小鳥ちゃんが来てくれるように、バードフィーダーに餌をセット済みです! 今から楽しみだよな〜、ルシエル?」
「う、うん……。あ、でも……次は鳥ちゃんが来ていても、ハーヴェンのお腹を蹴らないように気をつける……」
「あ、確かに。それは頼むよ。あと、裸のままベランダに飛び出すのも、やめような?」
「……うん……」
3名様の視線が気になりはするものの。なんだろう、妙に吹っ切れてしまった。それに……このくらいはっきりさせておいた方が、後腐れもないかもしれない。
「リッテル。どう見ても、あなたの完敗みたいだから、これ以上は無駄だと思うわ。さ、立って」
私達の様子を見守ってリッテルに立ち上がるように促す、キュリエル。彼女の背中を優しく摩りながらも……ふと、何かが気になったらしい。……またも、鋭く切り込んでくる。
「それにしても……。もしかして、ルシエル様はお風呂だけじゃなくて、お布団もハーヴェン様と一緒だったりするんでしょうか?」
「え、え? どうして?」
「ハーヴェン様のお腹を蹴らないように……とか、裸でベランダに飛び出す……とか……」
「……う。それは、その……」
少し吹っ切れてしまったとは言え。マディエルがペンを片手に、興奮した様子でこちらを見ているのに気づくと、どうしても気後れしてしまう。そして……そんなことはお構い無しとばかりに、色々と驀進する旦那様。
「うん、まぁ。寝室が一緒だからな〜。で、寝る時は両方とも裸です!」
「そこまではっきり言わなくて、いいから!」
「はぅ、ぅぅ……これは……! 超〜〜〜〜〜〜問題作ができそうな予感です〜‼︎ ……あ。そろそろ帰ります! ハーヴェン様ファンクラブのみんなの為にも、一刻も早く書き上げなければ! 燃えて来ましたよぉ〜‼︎」
「え? あ……ちょっと! マディエル⁉︎」
「私達もそろそろ……お暇します。これに懲りずに……またお食事にご招待いただけると、嬉しいです」
「……今日はありがとうございました……」
最後にきちんと謝辞を述べるキュリエルに、納得しかねるといった顔で辛うじて挨拶するリッテル。その彼女達にも最後まで陽気に対応する、ハーヴェン。妙に話に乗りそびれた感じがするが、気のせいだろうか。
「おぅ。またおいで。予告さえしておいてくれれば、みんなの分を作るくらいは大した手間じゃないから。ラミュエル様とやらにも、よろしく伝えておいて」
出遅れた私の代わりにきちんとその場を締めくくりつつ、彼女達を見送るハーヴェンだけど。……なんだか、置いてけぼりの気分なんだが……。それに明日、神界に行くのが、もの凄く怖い……。
「……責任、取れよ?」
「もちろん、責任はちゃんと取るさ。これからもずっと一緒にいるから、そんなに不安そうな顔するなよ」
「約束、だからな? ……絶対だぞ?」
「分かってるよ。浮気をしたら毒を盛られて、締め上げられるんだろ? 可愛い嫁さんを泣かせた上に、そんな罰ゲームまであったら、他の誰かに乗り換えようなんて、浮気心は絶対に起きないから」
「……うん」
先程までの喧騒が嘘のように静まり返ったリビングで、今度こそ誰にも邪魔されずに精一杯、甘えてみる。そうして私の意図するところを器用に拾って、ハーヴェンは嬉しそうに私を抱き上げたまま……頬ずりを返してくる。
とにかく今は明日の顛末は考えずに、この瞬間に身を委ねるに限る。それでなくても、普段は離れ離れなのだ。嫁の特権で……1日の終わりくらいは彼を独り占めしても、バチは当たらないと思う。