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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第4章】新生活と買い物と
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4−27 嫁さんは不器用

「ところで……ルシエル様はお食事の時はいつも、こんな感じなんですか?」

「え?」


 みんなの食事風景に安心していると。いつも通りの調子を取り戻していた私の様子に、何故かリッテルが不審そうな表情で話しかけてくる。


「ルシエル様は妙に落ち着いていらっしゃるというか……黙々と食事をされているというか」

「あ、あぁ……私は感情を表に出すのが、苦手なんです。ちゃんと出せればいいのでしょうけど、うまくできない部分がありまして……」


 そういう事か。他の全員が嬉しそうに食べている中で、彼女にはきっと、私だけ冷めた様子に見えたのだろう。どうしよう。今まで、そんなことも言われたことがなかったから……改めて指摘されると、少し困ってしまう。


「まぁ、嫁さんは不器用だからな〜。でも、2人きりでいる時は可愛い顔するし、今はちょっと緊張しているだけだから。でもこの食事の進み方だと、今日の料理も気に入ったんだと思うし、あんまり気にしないでやってくれる?」


 私が困っているのに気づいたのだろう、そうフォローして……ハーヴェンが左から頭を撫でてくれる。その様子にどよめく、向かい側の3名様。


「はぅぅ〜。流石、ルシエル様とハーヴェン様ですぅ〜。言われなくても分かっている、って感じですねぇ?」

「そうなの! ルシエルはちょっと恥ずかしがり屋さんなだけなの! それでハーヴェンもそれ、分かってるの。だから、大丈夫なの!」

「ウンウン。そうなんですね〜」


 エルノアの少しズレている注釈をメモしながら、マディエルが請け負う。次の小説から……私は恥ずかしがり屋設定にされてしまうんだろうか。


「ところでぇ……私達が生きていた時より大分、人間界も変わっていると思うんですけど、今の人間の生活ってどんな感じなんでしょうか? やっぱり、魔力があった頃とは違うんですよね?」


 そうして恥ずかしがり屋の解説をメモついでに、本来の仕事も忘れていないらしい……意外と抜け目のないマディエルが、今度は人間界の生活について尋ねてくる。


「そう、ですね……私も魔力がなくなる前の時代にしか、人間としては生きていなかったのですが……。少なくとも、今の人間界はなんというのでしょう。大部分の者がかなり、ギリギリの生活をしているようなんです」

「と、いうと……?」

「例えば……ハーヴェン。今日の夕食って人間界の通貨だと、いくらくらいになるのだろう?」

「う〜ん、そうだな……。今晩の夕食は品数も多いし、食材も最高級品ばかりだったから……1人あたり、銅貨7枚程度だろうな。正直なところ、ここまでのレベルの食事を出す店は今の人間界には、ないかもしれない」

「……だ、そうです。銅貨1枚が最低限の食事1食分だと、以前の報告書にもあったと思いますが……」

「あぁ〜、『愛の人間界入門書』のお話ですよね⁉︎ 私、ちゃんと覚えていますよ!」


 リッテルが半ば興奮気味で、そんな事を答えるが。何故、ここでそのタイトルを引き合いに出す?


「あいのにんげんかいにゅうもんしょ?」

「あい?」

「……うん、まぁ。本のタイトルは忘れてくれて構わないよ」


 やっぱり、反応してほしくないところにきっちり反応している子供達に釘をさしつつ……言葉を続ける。


「今の人間界の生活に関しては、ギノが1番詳しいと思うけど……銅貨1枚って、日常的に稼げる金額なのかな?」

「……いいえ。銅貨1枚ですら、かなり貴重です。実際、僕自身もこうしてマスターとハーヴェンさんに助けられるまではお腹いっぱい食事をとった事もないばかりか、毎日1食食べれるかどうかの生活を送っていました。特に親に放り出された子供は売られて、餌として魔禍に食べられてしまうか、餓死するかのどちらかで死んでしまうことが多いんです。今の人間界はそんな所なんです。もちろん、大きな街に暮らしている人や、仕事がきちんとある人は違うのかもしれないけれど……そんな風に十分な生活ができるのは、ごくわずかだと思います」


 思いの外、逼迫した状況を説明され……絶句する3名様。かく言う私も、今の人間界がそこまで酷い状態だとは思ってもいなかった。


「……ギノ、大丈夫?」

「あ、うん……大丈夫。ごめんなさい、苦労しているのは僕達子供だけじゃないですから。みんな苦しいんです。でも、現状を少しでもよくできるように、世界に住んでいる人達が少しでも幸せになれるように……マスターと一緒に頑張れればと思っています」


 ギノが最後は前向きに話をまとめるが。いつの間にこの子は前を見据えて、ここまでの話ができるようになったのだろう。自分のするべきことを考えるようになった彼を目の当たりにして、心なしか、身が引き締まる思いがした。


「そう、ですか……こうして美味しいお料理をいただけること自体、この世界ではありがたい事なのだと、よく理解しました」

「直接手を差し伸べることはできないとは言え、神界でも何かできることがないか、考えないといけませんね」

「そうですねぇ〜、今のお話もちゃ〜んと、ラミュエル様や他の大天使様にも伝えます〜。私達もちゃんと……頑張らないといけませんねぇ」


 ちょっとしんみりしながら、目の前の食事を見つめるキュリエルとリッテル。そして、最後にマディエルがきちんとメモを取りながら請け負うと、彼女達の様子に満足したらしい。ギノはどことなく安心したように、残りの料理に向き合っている。そんな中、エルノアとコンタローは既に自分の分は平らげた様子。カンパーニュで煮込みハンバーグのソースを掬いつつ、最後の最後まで味わい尽くすつもりのようだ。そんなコンタローに時折、カンパーニュを取ってやりながら……ハーヴェンが誰とはなしに呟く。


「そのきっかけになるんだったら、料理くらいはいくらでも作ってやるよ。実際、人間界に足を着けて時間を過ごすのも悪くないだろ? 見下ろすだけじゃ、分からないことがいっぱいある。でも……それを知るのも案外、面白いと俺は思うんだ。だって、新しいことを体験するのはいつだって、最高に楽しいことなんだから、さ」

「そうですね。こうしてお料理を頂いて、その喜びを噛みしめることは、とても貴重な体験です」

「私も色々と勉強になりました。苦しんでいる人達のことももっと考えて、お仕事に励みたいと思います!」


 彼女達も得るものがあったというのなら、こうして一緒に食卓を囲うのも案外悪くない。ちょっとヤキモキするが……ハーヴェンは大勢に料理を美味しいと言ってもらえて嬉しそうだし、これはこれで良いのかもしれないと……その時の私はどことはなしに、思い始めていた。

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