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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第1章】傷心天使と氷の悪魔
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1−14 神界も結構、泥臭い

「それで、今日は成り行きで精霊助けをしてきた……と」

「あ、あぁ……」


 エルノアを寝かしつけた後の、いつものリビングテーブルの上。柔らかい布に包まれて、寝息を立てている小さな精霊を見つめながら……ルシエルがいつも以上に難しい顔をしている。一方で、さっき与えたスモモの蜜漬けがよほどお気に召したらしい。小さな精霊は自分の顔よりも大きな塊を貪るように食べた後……そのまま死んだように眠っていた。


「しかし、アヴィエルがそこまで愚か者だとは、流石に思っていなかったのだが……」

「知っているのか?」

「あぁ。何かにつけ、私を小馬鹿にしている上級天使だ」

「あれでよく、上級天使が務まるな……」

「あれの上司はかなりの堅物だからな。周りを否応無しに萎縮させる彼女の側を離れれば、気が大きくなるのも仕方ないのかもしれん」

「上司?」

「そうだな、そろそろ……お前にも神界のことを、少しは話してもいいかもしれんな。それでなくとも、私の上司からは気に入られているみたいだし」

「ルシエルの……上司に、か? 俺が?」


 人間界で1つ屋根の下で暮らすようになって、3年。今日の今日まで、彼女側の事情は頑なに話してくれなかったというのに……どういう風の吹き回しなのだろう。もしかして、何かいい事でもあったんだろうか?


「そうだ。……現在、神界には3人の大天使がいる。彼女達はそれぞれ八翼を持つ神界の最高権威なのだが、互いに相性が悪くてな。受け持つ分野が違うとはいえ、事あるごとに派閥争いをしているんだ」


 しかし……いい事があったのかなと思っていた俺の淡い期待が、次の瞬間、綺麗サッパリ吹っ飛ぶ。派閥争いって……天使っていうのは、意外と色々とエネルギッシュで血気盛んなのかもしれない。


「で、私は……救済の分野を受け持つ、ラミュエルという天使に仕えている」

「……救済?」

「今いる大天使は、救済・転生・排除の3つの要素をそれぞれ受け持っていてな。救済を担う天使達は魔力異常の確認や、現世の暮らしに喘ぐ者達が必要以上に苦しい思いをしないように……それとなく監視している。その中で、私はルクレス地方……タルルトを含む地域の監視をしている、というわけだ。人間達の暮らしを酷く脅かす予兆があれば即時報告、場合によっては調査しなければならない」


 そうだったのか。あんなに小さな町が潰れずに存続しているのを、とっても不思議に思っていたが……そこには、密かな補助があったからだったんだ。


「とは言え、あからさまな援助はできない。過度な援助は、彼らの魂の腐敗……要するに、堕落を生みかねないからだ。故に、彼らに直接手を差し伸べるのはご法度なのだが……にも関わらず、ラミュエル様はお前のしていたことにひどく感動していてな。本来はしてはならないことのはずだが、お前の功績を認めておいでだった」

「……俺、何か感動されるようなことをしたか?」

「そのことに関して、ラミュエル様から伝言を預かっている。“子供達にクッキーとパンをありがとう”……だそうだ。そして、お前の焼いたクランベリークッキーが好きだとも言っていたな」

「もしかして、孤児院への差し入れのことを言っているのか? でも、あれは俺の趣味だぞ? 料理を作ったら、誰かに食べてもらいたくなるだろう? だから、1番喜んでもらえそうな奴を選んだだけなんだけど」

「それでも構わないのだろう。動機はともあれ……お前のしたことで、救われた子供達がいることも事実だ」

「しかし……何でラミュエル様とやらが、俺のクッキーの味を知っているんだ?」


 何の気なしに尋ねたが、ルシエルにとってかなり不愉快な内容だったらしい。見る見るうちに、更に彼女の眉間のシワが深くなった。……もしかして、マズイこと聞いたかな。しばらくの沈黙に、ちょっと不安になったが……彼女も中途半端に切り上げるつもりもないようで、続きを話してくれることにしたらしい。ルシエルはいよいよ深いため息をつきながら、言葉を続けた。


「……あの方は意外とお茶目……いや、違うな。趣味が悪いところがあってな。お忍びで人間に化けて、色々な地方で抜き打ち検査をしていたらしい。そして……タルルトで子供に化けている時に、お前のクッキーを受け取った、と」


 あぁ、なるほど。ルシエルはその茶目っ気に苦労させられているから、さっきの渋い顔なのか。……神界も結構、泥臭いんだな。


「それで、今回はその功績を認めてくださってな。エルノアのこともあるし、一対の翼を私に授けてくださった。だから……私も晴れて、中級天使になったのだが」

「お! マジで⁉︎ やったじゃねぇか!」


 何だ、ちゃんといいこともあったんじゃないか。そうか、そうか。やっぱり……ルシエルのお口の軽やかさは、気のせいじゃなかったんだな。


「だが、まだ竜界には及ばない。それに今回は特例……お前の功績が大きいのも、事実だ。なので、明日はルクレスの首都・カーヴェラで買い物でもしようと思って、休暇を取ってきた。……功績を上げた者に褒美をやるのは、当然のことだろう。欲しいものがあれば、買うといい」

「おぉ! 太っ腹! ……そう言や、人間界で一緒に買い物とか、初めてじゃね?」

「そうだな。実を言えば……私自身は買い物も初めてだ。しかし……この子はどうしようかな。置いていくわけにもいかないし、仕方ない。一緒に連れていくか……」


 そう言って、ルシエルが寝息を立てている卓上の精霊を再び見やる。見るからに痛ましい状態が耐えかねるのだろう。しばらくして首を悲しそうに振ると、さも情けないと言いたげにため息をつく。


「お前の話が本当なら、この子はアヴィエルの強制契約下にあるはずだ。……悔しいが、私ではあいつの契約を上書きすることはできないし、契約を取り下げさせようにも役目を統括している上司が違うから、一筋縄ではいかない。それでなくとも、アヴィエルは排除を受け持つ神界最強の大天使・オーディエル様の部下だ。……そう簡単にはいかないだろう」

「……排除?」

「神界にとって、害となる相手を粛清する役目だ。性質上、自ずと攻撃的な者が多い」

「それ、排他の間違いじゃないのか?」

「……そう、かもしれないな。実際、アヴィエルは自分こそが正義だと信じて疑わず、障壁となるものは全て悪だと決めつける傾向がある。まぁ、とは言え……それは天使である以上、多かれ少なかれ、そういう部分はあるのだし。私もかつてはそうだったのだから、あいつだけを悪く言うのも、お門違いかもしれない」

「かつての……お前?」

「……もう遅い。昇進の話だったとは言え……大天使相手に少々、疲れた。そろそろ、休ませてもらう」


 そこまで話をしたところで、それ以上の質問はさせないと言わんばかりに……ルシエルが強引に話を切り上げた。

 かつてのルシエル。あいつはその部分に関しては、俺を徹底的に閉め出している。触れられたくないのは分かるが、もう少し話してくれてもいいんじゃないか。初めて会った時よりは、多少は表情のバリエーションが増えたけど……ルシエルは大抵、仏頂面だ。

 何が、お前をそんなに無表情にさせる?

 何に、お前はそんなに失望しているんだ?

 できれば、話くらいは聞いてやりたいのに……聞きたくても聞けない自分に、腹が立つ。


(……欲しいもの、か)


 人間界に来た時は料理ができて、料理を美味しいと言ってくれる誰かがいればよかった。それだけで良かったはずなのに、今の俺はそれ以上の何かを求めている。なんて欲張りで、ワガママなのだろう。そんな事もよくよく、分かり切っているつもりだが。……随分前から、俺にはどうしても欲しいものがある。……いつになったら、それを手に入れることができるだろう。

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