4−20 青い鳥
微かな囀り。薄っすらとか弱い朝日に照らされた寝室に似つかわしい、だけど聞き覚えのない小鳥の声。
「綺麗な声……。小鳥の声がする……って、えっ⁉︎」
「フゴッ⁉︎」
勢い、まだ横で寝ていたハーヴェンの腹を踏んでしまったらしい。膝に生暖かい弾力を感じたと同時に、激しく咳き込む声が聞こえる。しかし、ハーヴェンには悪いが、今はそれどころではない。
「と、鳥ちゃん!」
「おぉぉぉ……! 腹が、腹が……痛い……!」
窓越しにバードフィーダーを見やれば、青い鳥が2羽、パン屑を啄んでいる。しかし、私の気配に気づいて、すぐさま両方とも飛び立って行ってしまった。
「あぁ、行っちゃった……」
背後で呻き声を上げているハーヴェンを他所に、ベランダに出て小鳥達の痕跡を確認する。パン屑はほとんどなくなっているが、果物の方は随分つつかれた跡を残したまま、転がっており……林檎の残りカスに、ちょこっと長めの青い羽が1枚くっついて残っていた。
「……!」
何故か恐る恐る青い羽を摘み上げて、朝日に翳す。綺麗な青色に、フワフワの綿毛が付いているそれはきっと、陽に照らされているせいだろう。……ほんのり暖かい。
「ハーヴェン、鳥ちゃん来てた! ほら、羽が……」
「あ、あぁ……」
「あっ……。勢いでお腹踏んでしまったみたいで……ごめんなさい……」
「う、うん……まぁ大丈夫、かな。ほれ、お前は軽いし……ちょっと痛かったけど。裸で飛び出すくらい、急いでたんだろうし……」
「……⁉︎ は、はわわ……」
「この辺は誰もいないし、多少開放的なのは、別にいいと思うよ? それより、小鳥が来てたんだな。どんな鳥だった?」
「青い鳥ちゃんが2羽、パンを食べていたんだ! それで、こんなに綺麗な羽が残っていて」
「どれどれ……? 本当だ、こいつは随分と綺麗な青だなぁ。空の色、というよりは海の色?」
「折角だし、取っておこうかな……」
「そうだな、そうするといいよ。次もそれとなく、餌を置いておくから……これから、毎朝が楽しみだな?」
「うん!」
今までこの世界にどんな鳥がいるかなんて、気にもしなかったのに。それがどうして、こんなにもワクワクするのだろう?
***
今朝はいつも以上にご機嫌らしい、鼻歌交じりで朝食を出してくれるハーヴェンさん。とってもいい事があったみたいだけど……何があったのかな?
「ハーヴェン、何かあったの? とっても嬉しそう」
「ん? まぁ、そうだな。とても嬉しいことがあった」
「あぅぅ、気になるでヤンす。何があったのか、教えてくれませんか?」
エルもコンタローも、そして僕も。ハーヴェンさんの上機嫌の理由が、とっても気になる。分厚いベーコンとチーズを挟んだマフィンを頂きながらも、神経はそちらに向いていて……今か今かと答えを待っていた。
「別に大したことじゃないよ。ちょっと早起きして、ルシエルにも朝食を出してやれただけなんだけど」
「本当に……それだけ?」
あまりにアッサリとした答えに、エルがコンソメスープを飲みながら深追いを試みる。僕も何となく、理由はそれだけじゃない気がしたけど。ハーヴェンさんはのらりくらりとはぐらかしてばかりで、結局……教えてくれなかった。
「さて。お前達に今日も少しお願いがあります」
「何でヤンすか?」
「うん、今日はルシエルのところのお客さんが3人、夕食を食べに来ます。もちろん、みんなで一緒になんだけどさ。今日は品数が多いこともあって、ちょっと仕込みに時間がかかりそうなんだ。だからどこかに連れて行ってやることもできないんだけど、それだとお前達は退屈だろう?」
それはそうかもしれないけど。ハーヴェンさんにだって、都合があるだろう。そこまで気を使ってもらう必要もない気がするけれど……。
「あ、あの。別に僕達は大人しくしていればいいだけでしょうし……そんなに気を使わないでください」
「うん。お昼の間は森の中歩いてもいいんだよね? コンタロー、一緒に森の中を冒険しよう?」
「アゥ……でも森の中は意外と、危険でヤンすよ?」
「ムゥ〜! それじゃ、つまらないじゃない〜!」
エルの中にはお家でゆっくり、なんていう過ごし方の選択肢はないらしく、頬を膨らませて抗議の顔をコンタローに向けている。でもハーヴェンさんはそれもお見通しで、僕達にきちんとお願い事を用意してくれていたらしい。ちょっと苦笑いをしながら、お使いの内容を教えてくれる。
「そうだよな。ギノはともかく、エルノアはそれじゃつまらないよな。だから、今日は3人にお使いを頼もうと思います。カーヴェラで、ローウェルズとその周辺国家を含む地図を買ってきて欲しいんだ」
「地図……ですか?」
「できれば、街の名前が書いてあるものがいいな。こうして人間界で暮らしている以上、自分達がどの辺に住んでいるのか、周りには何があるのかを把握する必要があると思ってね。多分……本屋とかで聞けば見つかると思うし、行ってきてくれないかな?」
「分かりました。僕もちょっと本屋さんに興味があるし、行ってみたいです」
「私も〜! それで、ケーキ食べるの!」
「あい!」
って、エル……。ケーキは本屋さんじゃないと思う……。
「あ、そうそう。代金はしっかり者のギノに渡しておこうな。それで運賃と地図代を出した後の残りは、使ってくれて構わないから。一緒にケーキも食べておいで」
そう言って、ハーヴェンさんは銀貨を1枚渡してくれるけど……。お使いには、ちょっと多いと思う……。
「こんなに……ですか?」
「地図は基本的に安い買い物じゃないからな。それだけあれば足りると思うけど……裁量は任せるよ」
「分かりました。余った残りはきちんとお返しします」
「うん、ま。その辺も任せる。でも、残ったからって……ワンピースを買い込むなんてことは、しちゃダメだからな?」
「わ、分かっているもん……」
「あい! 大丈夫でヤンす。今日はおいらも、しっかり止めるでヤンす」
「大丈夫だもん! 今日はお洋服屋さんに入らないもん!」
コンタローにまでそんな風に言われて、ムキになるエル。でも前回あれだけ暴発したからなぁ……今日もそんなことがあったら、ちゃんと止めなきゃ。
「怪しい人にはついて行っちゃダメだからな。あと、カーヴェラは大きな街とはいえ……路地裏は物騒だ。もし、揉め事に巻き込まれたら、できるだけ逃げること。それでもダメだったら……まぁ、多少は応戦しても構わない。多分、下手な剣士よりはギノの方が十分強いだろう。ただし、魔法は極力使わないように……な?」
「はい、気をつけます……でも、僕、そんなに自分が強いなんて思えないんですけど……」
「そうか? ゲルニカが武器を寄越すくらいだし、自信を持っていいと思うぞ?」
「そうなんでしょうか?」
「ま、とにかく行っておいで。緊急事態があったら最悪の場合、ゲルニカのところに逃げ込むといい。その辺もできるだけ、自分達で考えて行動するんだ。分かったね?」
「は〜い!」
僕達だけでお使いなんて、初めてだけど。それでも、前回は予行練習までしてもらったのだし……新しい事を少しずつできるようにならないと。それでなくても僕達はいつも、ハーヴェンさんに頼りっぱなしだ。ハーヴェンさんにだって、自分の時間は必要だよね。