4−17 ねぇ、骨抜きってなぁに?
屋敷に戻ると、子供達は既に帰ってきていて、きちんと自分達の部屋の掃除をしてお留守番もしていたらしい。おぉ、何と! あのエルノアまでもが、シーツを交換して1階のランドリールームに運んでいるじゃないの。きっとギノの影響が大きいのだろうが……自分の身の回りのことができるようになるのは、とてもいいことだ。
「お、ちゃんとお使いも済ませた上に、お留守番もしてくれていたか〜。いい子にしていたみたいだし、お兄さん嬉しいぞ〜」
「うん! みんなでお掃除とかしていたの」
「あい! それと、お届け物もきちんとできましたよ?」
「そうかそうか。で、クロヒメはどんな様子だった?」
「えぇ、なんと言うか……。予想以上にしっかりお仕事をしていたというか……」
公平性と精度が高そうなギノの報告に耳を傾けるが……聞けば、クロヒメはしっかりとモフモフを提供する以上に、秘書までこなしているらしい。いつもながらに、仕事の出来も優秀というか。彼女を派遣したのは、必要以上に正解だったのかもしれない。
「あ、問題なくやっている、と。しかも、チョコも気に入ってもらえたんなら、大丈夫かな? とにかく、みんなご苦労様だったな。さてさて。いい子にはご褒美のお小遣いを進呈しましょう〜」
与えすぎな気もするが、こうして自発的に掃除までして待っていたのだから……ちょっとは甘やかしてもいいか。そう思い、彼らに1枚ずつ銅貨を渡す。額は多くないものの、対価があるのはいい刺激にもなるのだろう。口々に頑張って良かったと言っている様子を見る限り、与え方は間違っていないように思える。エルノアとコンタローに至っては、そそくさとエントランスのソファに移動して、手持ちの金額を並べて数え始めた。
「とりあえず、お茶にしような。それと、ギノ。少し、話さなければいけないこともある。魔界で確認してきたことを伝えるから、ちゃんと聞いてほしい」
「……神父様のこと、でしょうか」
「あぁ。プランシー、やっぱり悪魔になっていた。でも、お前が生きているって聞いたら、持ち直して。……お前に会えるように……そして、他の子を酷い目に遭わせた天使に復讐するために、頑張るって言ってたぞ」
「神父様……とても辛い思いをしたんでしょうね……。悪魔になった神父様は……どんなご様子でしたか?」
「うん。その辺りもゆっくり話そうな。ほれ、エルノアもコンタローも。お茶にするぞ。リビングにおいで」
「は〜い!」
こういう時はお茶にするに限る……そんな事を考えながら、窓際で夕焼けに照らされている2人にも声をかける。プランシーのことはギノにとって、辛い内容かもしれないが。そろそろ、聞き分けのない年頃でもないだろう。この子なりに理解して結論を出せるはずだろうと、俺は既に判断していた。
***
「そうか。やっぱり魔界の新入りは、お前達の知る神父だったか……」
食後のデザートは桃のタルト。当然の如く美味しいのだが……今夜は空気が重いせいか、なんとなく食の進みが遅い。その上、ハーヴェンから既に話を聞いているらしいギノがいつになく、真剣な顔をしている。
「まぁ、結果はそういうことになっていたんだが、プランシーはギノのこともきちんと覚えていて。復讐に燃えていて、怒りっぽくなってはいたけど……ギノが生きていた事は彼にとって、救いだったみたいだ」
理性を吹き飛ばすまでの怒りに取り憑かれていた神父の中で、ギノが生きているということが救いになったというのなら。この子が生き延びたことは……ギノの頑張りは、無駄ではなかったということか。
「……僕は生き残った。そして、神父様も生き残った。……これはきっと、何か意味があるんだと思うんです。……僕にできる事はあまり無いのかもしれないけど、この世界で起こっている酷い事を……止めなければいけないと思うんです。だから……お願いです、マスター。神父様とお話できるようになったら、できる事なら……」
「……分かっているよ。ギノにもある程度の自由行動を許すとともに、魔力解放も自分の裁量でしてもらって構わない。ギノならきっと、大丈夫だろう。……それと、この先はハーヴェンとも相談になるが、場合によっては神父……プランシーとも私の方で契約することも考慮しよう。……なんだかんだで、こちら側も利用するようで申し訳ないのだが、プランシーの記憶はこの世界で起こっている事を把握する上で、重要な手がかりを隠している可能性がある。できる事なら、一緒にこちらの世界で行動した方がいいかもしれないな」
「あ、ありがとうございます、マスター。……僕もちゃんとお役に立てるよう、頑張ります」
「でも、無理は禁物だからね。……だから、エルノアとコンタローも協力してやって欲しい。ギノが無理をしそうになったら、助けてやって欲しいんだ」
「うん、任せておいて! 私も頑張るから!」
「あい! おいらも一生懸命、頑張るでヤンす」
一緒に暮らしている時間が長いせいもあるだろう、エルノアもコンタローも迷いもなく快諾してくれる。こういう結束の固さを目の当たりにすると、この子達であれば多少のことがあっても、3人で乗り越えられてしまうかもしれない。
「そういうことなら、みんなで頑張ろうな? ……プランシーの扱いについては、俺もそれがいいと思う。何より、彼自身が人間界に出てくる事を望むだろう。ただ、札なしのままだと暴走する可能性も考えられるから……場合によっては、俺ら2人であいつの檻になってやらなければいけないかもしれないが、こればかりはサタンの裁量次第だろう。とは言え……あいつの方もルシエルに興味があったみたいだし、魔界訪問の時に相談できそうかも」
「……サタンが? 私に?」
「なんでも、俺を骨抜きにした天使殿がいかに魅力的かを、確認したいんだと」
「はい⁉︎」
いきなり話の流れが激変し、困惑する。
骨抜き? 魅力的⁉︎ 一体、何がどうなって……そんな話になったんだ⁇
「ねぇ、骨抜きってなぁに?」
「あい? 姐さんが……お頭の骨を抜いたんでヤンすか?」
「多分、違う意味なんじゃないかな……。だってハーヴェンさん、骨を抜かれたら動けなくなっちゃうよ?」
言葉の意味をよく理解していないらしい子供達が、妙なところに食いつく。
「あ、骨抜きっていうのはな? 誘惑したり、タラし込んだりして相手を懐柔する……要するに、相手を自分の魅力でメロメロにする事をいうんだな。……で、実際に俺はルシエルの仏頂面の中に潜む、貴重な可愛さにどハマりして……」
「それで、それで?」
必要以上にニヤニヤしているハーヴェンの言葉に、前のめりで聞き入るお子様達。いや……そんなに真剣に聞かなくてもいいと思うんだが。
「でな、洋服を贈ってそれを口実に……」
「それを?」
そこまで話の内容を確認して、既のところでハーヴェンの右頬に左ストレートを食らわせる。
「ブベッ⁉︎」
「お前は子供相手に、何を教えようとしているんだ⁉︎ いい加減にしろ!」
「あぁ〜……相変わらず、俺の嫁さんは凶暴だなぁ……。好きになったから、洋服を贈って気を引こうとした事くらい、話してもいいだろうよ〜?」
「今のは、明らかに違う方向に行きそうだったろ!」
「そうか〜?」
お調子者の表情で、ハーヴェンがヘラリと戯けて見せるが。片や、目の前で豪快に炸裂した左ストレートの威力に、子供達が怯えているのに気づいて……慌てて、咳払いをする。
「ま、まぁ。とにかく、だ。少なくとも……今はちょっと待ってもらうしかないと思うけど、それまで魔法の勉強をしたり、買い物に行ったり、好きな事をして過ごして構わないよ。私がいない時は、ハーヴェンにも適宜相談するといい」
「あ、は……はい。ありがとうございます……」
若干及び腰だが、きちんと返事するギノ。こういう時に優しく微笑むことができればいいのだろうが、やっぱりうまくできないことにちょっと落胆する。そうして……最終的には、桃のタルトも残さず食べた子供達が自分達の部屋に引き上げていく。今夜もハーヴェンと2人きりで色々と話したいことがあるのだが……それは、お茶をしながらで構わないだろう。