4−15 勝負あり、ってところかな?
「大口を叩いていた割には、カイムグラントの魔法に追いついていないではないか。お前のところのナンバー2とやらは、やはり腑抜けだな?」
目立った攻撃も仕掛けず、カイムグラントの魔法を避け続けているエルダーウコバクの様子を見ながら……サタンがフン、とバカにしたように悪態をつく。
「あぅぅ〜、お頭……どうしちゃったんでしょう? さっきの魔法で魔力、使い果たしちゃったんでしょうか?」
「ひゃ〜! お頭、危ない、危ないよぅ! どうしよう、お頭、魔法使えなくなっちゃった⁉︎」
「あら、それはないと思うわよ? ここ、魔力濃いし。だけど、確かにエルダーウコバクの方は急に大人しくなったわね。どうしたのかしら?」
口々に「はぅぅ」と言いながら、本気で自分達のまとめ役を心配しているウコバク達に、アスモデウスが請け負う。そんな明らかに劣勢と思える配下の動きを目で追いながら……周囲の動揺をよそに、何か思うところがあるらしい。妙に余裕な様子のベルゼブブがサタンを牽制するように、彼の悪態に応えた。
「ま、見てなよ。僕のハーヴェンは強いだけじゃなくて、頭もいいの。それに、ハーヴェンの目的は……サタンのところの新入り君と話がしたいだけだったみたいだし。勝つだけでいいんだったら、こんなにまどろっこしい事しないよ。そうだな……うん、なるほど? あぁ、このままいけば、ハーヴェンの勝ちかな?」
「アゥ? ベルゼブブ様、本当?」
「それ、本当ですか?」
親玉の言葉に縋るように、ワラワラとベルゼブブの膝元に集まるウコバク達。そして、彼の言葉が信じられないと……改めて悪態をつくサタン。
「ハッ、この状況で何を言う? 大体、相性もエルダーウコバクの方が圧倒的に不利ではないか。この勝負、こちら側の勝ちだ‼︎」
「そう? そこまで言うんなら……何か、賭ける?」
「望むところだ! そうだな。では、こちらが勝ったら……エルダーウコバクを俺の料理番にもらおうか」
「あれ、サタンはハーヴェンが欲しいの?」
「無論だ! いつぞやの人間解体ショーを再開させる!」
「あぁ、そういう事……。まぁ、僕は特に欲しいものはないけど……そうだな〜。それじゃ、君の城に飾ってあった三叉槍を貰おうかな〜。あれ、いかにも悪魔な感じがして、カッチョいいよね」
「……あんなのでいいのか? それこそ、あれはただのお飾りだが……」
「うん? 構わないよ? だって、サタンんトコの配下はとびっきり美味しいお菓子、作れないでしょ?」
「……お前、バカなのか? そうだな、バカなんだな?」
「えぇ〜、そんな事ないよ〜? 僕は僕なりに、ちゃんと色々考えてるよ?」
「楽しそうな話には、変わりないけど。……賭け品のレートが合っていないのは、気のせいかしら?」
妙にチグハグな大悪魔2人の様子を見ていたアスモデウスが、2人ともバカねぇ、とため息をつく。
(……という事は、カイムグラントが勝てばハーヴェンは魔界に戻ってくるのかしら? もしかしたら、私のところに帰ってきてくれるかも⁉︎ カラスさん、私のためにもガンバ!)
そして、アスモデウスのため息を横目に……こっそりとそんな事を考えるアーニャであった。
***
人の苦労も知らずに、勝手にそんな話が進んでいるのが、否応無しに俺の耳に入ってくる。何が何でも勝たないとマズイな、これは。……とか思いつつ、俺だって何もせずにただ飛び回っていたわけじゃないぞ。
そんな無責任な雑念にも負けず、相手の魔法を掻い潜りながら詠唱・錬成を続け……ようやく満を辞して、俺の中で最強の魔法が牙を剥く。
「海王の名の下に、憂いを飲み込み母なる奔流とならんことを! 全てを青に染め、静寂を示せ‼︎ ブルーインフェルノ‼︎」
「ハギュゥッ……⁉︎」
上空に展開された、清廉の青い魔法陣。そして……魔法陣を穿ち放たれる、数多の鋭い水の鋒。
水は極限まで圧縮されると、鋼鉄をも切断するほどの刃に変わる。ブルーインフェルノはそんな最大限に圧縮した水の刃を大量に降らせる、水属性最上位の攻撃魔法だ。
しかし……このブルーインフェルノは、今の俺にとって搦め手に過ぎない。そのため、かなり威力は抑えてある。そして次の一手、同時に錬成していたもう1つの魔法を食らわせれば……決着が着く!
「紺碧の深淵、永劫の苦痛に身を委ねん! 氷土の交わりを持って絶望を知れ‼︎ グレイシャルフィールド!」
「ギュァッ! ギュアァッ⁉︎」
今度はブルーインフェルノごと、グレイシャルフィールドで一面を銀世界に変える。空から放たれていた最高圧縮度の鋭利な刃を格子に変え、鳥籠よろしくカイムグラントを氷の檻に閉じ込める。彼の方は何度も体当たりをしては、檻から脱出しようとしているが……体当たりの度に、氷がカウンターで彼の体に凍傷を刻んでいった。
「勝負あり、ってところかな?」
凍傷だらけになって、いよいよ動けなくなったのだろう。黒い体を霜で所々白くしながらも、辛うじて残っている地肌に蹲るカイムグラントの姿が……どこか寂しそうに見えた。
「しょっ、勝者、エルダーウコバク!」
「あいよ、どうも〜」
そこまで見届けて、勝負ありと判断したのだろう。進行役らしいアドラメレクが高らかに勝者宣言をすると、狂気にも似た熱狂があたりを包んだ。