1−12 勧誘なら間に合ってるぞ
今日も今日とて、エルノアを連れて「おすそ分け」の帰り道を行く。やっぱり、子供は子供同士で駆け回った方が楽しいらしい。孤児院には足がない子もいたが、それでも一緒に転げ回って泥だらけになるのは、いい事だと思う。ただ……。
「エルノア。……帰ったらまず、風呂だからな」
「うん……」
「この前、ルシエルが部屋着を用意してくれたから、いいものの……」
「あぅぅ……」
……得てして、子供は加減を知らない。一張羅だというのに、エルノアはあろうことか、雨上がりの水たまりに思い切り足を突っ込んで転んだのだ。今度はよそ行きの着替えも用意してもらった方がいいかもしれないな……そんな事を考えていると、エルノアが何かに反応して歩みを止める。まさか……また盗賊か? そう思って、彼女の視線の先を見やれば。……今日は盗賊ではなく、何やら無駄な光を放つ3名様が道を塞いでいた。
「よう、そんなところで何している? そろそろ日が暮れるから、魔禍に出くわさないうちに帰った方がいいぞ」
「ハッ、私達にそんなものを怖がる必要があるとでも?」
折角、一応の優しさで忠告してやったのに。随分な自信だな。
「とりあえず、俺らはそいつらが怖いから帰らせてもらうわ。行くぞ、エルノア」
「うん」
「お待ちなさいな!」
やっぱり、そう来るよな。この3名様の用件は大体、見当もつくが。あまり相手にしたくないというか、何というか。
「勧誘なら間に合ってるぞ」
「勧誘ではありません。今日はそちらの竜族に用があって来たのです。人間に用はありません」
俺が人間? 確かに、魔力はだいぶ抑えているけど……。人間界の薄い魔力にあって、それすらに気づかないなんて。大丈夫か? こいつ。
「聞きなさい! 私の名前はアーァァァァヴィエル! かの神界の上級天使にして期待の星なのです! そして、こちらの2人は私の親衛隊のリーダーと副リーダーなのですよ‼︎」
「自分で期待の星とか言うか、普通。……しかも親衛隊とか。1人じゃ何もできない宣言しているようなもんじゃねぇか」
「フン、人間がおこがましい。どうせ、ルシエルの小間使いでしょうが、あの下級天使も焼きが回っていますねぇ。精霊をうまく使えないもんだから、人間のコックを雇うなんて」
「……まぁ、コックは当たっているけれども」
絵に描いたような高笑いをして3人は勝手に盛り上がっているが、相手にするのも馬鹿馬鹿しい。早く帰らないと夕飯の支度に差し支える。
「今日は忙しいから、別の日にしてくれないかな。契約の話だったら、ルシエルがいる時に改めてくんない?」
「いいえ、あんな下級天使を交える必要はナッシング‼︎ さぁ、そこのハイヴィーヴル! 私と契約しなさい!」
あぁ、なるほど。何となく予想はできていたが、こいつがルシエルの言っていたかもしれない「性根の腐ったやつ」なのだろう。いきなり強制契約とやらをして来るつもりはないらしいが、自分で上級天使とか言っていたし、場合によってはその手段も一応は可能ということか。
「エルノア、バカが感染るから帰るぞ」
「うん」
「ってぇ! 無視するでない‼︎ 仕方ありません! ノクエル、ダッチェル! やっておしまいなさい!」
「……ッ⁉︎」
一瞬、頭に鈍痛が走って……何かが頭をかすめたような気がしたが、とりあえず今はこいつらをどうにかすることを考えないといけないか。仕方ない、少し相手をしてやるか。
「……あ〜ぁ、面倒な事になったな……。仕方ねぇな。エルノア、ちょっと下がってて」
「うん! ハーヴェン、頑張れ〜!」
親衛隊とか言われていた2人はどうやら、両方とも中級の天使らしい。見れば、背には4枚の翼が生えている。俺自身はルシエル以外の天使には今まで会ったこともないから、他の天使がどんなもんかは知らなかったが……自分のマスターがどんなもんかは、よ〜く知っている。初めて会ったその天使とは、ちょっと本気で殴り合ったからなぁ。
それにしても……天使っていうのは、四翼でもこの程度なのか? ルシエルがあの実力で下級天使である事を考えると、神界もマトモじゃない気がする。
って……あぁ、そうか。そこまで考えると、ふとツレの顔が思い浮かぶ。だから、あいつはいつもいつも……あんなに諦めた顔をしていたのか。……そんな事に思い至ると、今度はちょっと頭に来る。それでなくとも、さっきからアーァァァァヴィエルとかいう奴は終始、人様のマスターをバカにしている。俺としては1発ぶん殴ってやらなければ気が済まないが、ルシエルからも可能な範囲で荒事は避けるように言われているし……こいつを殴り倒したら、ルシエルに迷惑がかかるかも知れない。……ここは我慢するかぁ、仕方ない。
そんな事を考えながらの上の空でも、簡単に避けられてしまう2人の攻撃を軽々と躱し……カウンターで何発か蹴りをお見舞いする事、数分。そうして、しばらく相手をしてやると……こっちは無傷なのに、取り巻き2人はもう既に息も上がっているじゃないか。ホント……こいつら、色々な意味で大丈夫か?
「ア、アヴィエル様! こ、攻撃が当たりません!」
「しかも、こちらは何回か攻撃を食らっています! ちょっとお腹が痛いです‼︎」
「な、何ですと⁉︎」
あぁ。本当に何もかもが、馬鹿馬鹿しい。
「……もういいだろ? さ、エルノア帰るぞ〜。今日はハンバーグだからな〜」
「わ〜い、ハンバーグ〜‼︎」
「クゥぅぅぅぅ‼︎ こうなったら仕方ありません! このアヴィエル様が相手して差し上げます!」
「あのぅ、おばちゃん」
尚も食い下がられて、エルノアもどこか呆れたように諦めが悪すぎるアヴィエルとやらに向き直る。というか……名前、アーァァァァヴィエルじゃなかったんだな。
「お、おば⁉︎ ま、まぁ、いいでしょう。何です、ハイヴィーヴル。契約なら歓迎ですよ」
「……ウゥン、私お腹空いているの。お願いだから、邪魔しないで欲しいの。今日は泥んこになっちゃったから、お風呂も入らなきゃいけないし……」
「邪魔⁉︎ こ、この私が⁉︎」
「……お前以外、誰が居んだよ」
「も、もう怒りましたよ‼︎ こうなったら……獄炎の地より出し抗いの牙をもって、我が命に従え‼︎ 出でよ、オルトロス‼︎」
「って、お前自身が来るんじゃねぇのかよ‼︎」
気がつけば律儀に呼び出しに応じたらしい、炎を纏った双頭の獣が目の前に立っている。その丈は俺の身長くらいはありそうだ。
「……オルトロスか。初めて見るが……確か、炎属性の魔獣族だったか?」
「人間のくせに、よくご存知ですね? そうですよ。魔獣族の中でも魔力レベル6に該当する、強力な精霊なのですよ⁉︎」
さっきから、いちいち癇に障る奴だな……。一応、穏便に済ませようと努力してやったが、流石にもう限界だ。何よりエルノアは腹が減っていて……今日はあれだけ走り回ったんだから、魔力以外の部分でも、空腹を放っておくのは危険だろう。うん。ここはサッサと帰るためにも、それなりに相手をしてやった方がいいか。……とっても不本意だけど。