4−5 勇者の手
「なぁ、エドワルド。最近ジルの様子がおかしいのだが、何か心当たりはないか? それでなくても、例の精霊も手駒に加えられてなかった上に……手練ればかりを同行させたのに、全員大怪我をしていたではないか。お前が付いていながら、何があったのだ?」
所はローヴェルズ王首都・グランティアズの王城。豪華絢爛な城の中でも、最も「無駄に飾り立てた」空間……玉の間である。どこに視線を移しても輝きしかない玉座の前に跪きながら、エドワルドは正直に話すべきか悩んでいた。
例の精霊……ハーヴェンは実は悪魔だったこと、しかも“あの絵本”に出てくるモノと同じ種類だったこと。そして……彼の主人が六翼の天使だったこと。更に……絵本を眺めて、ため息をついているところを見るに、ジルヴェッタはきっと……。
「どうした? 答えられぬのか? お前の報告では、クージェとの戦局を塗り替えられる程の実力者、という触れ込みではなかったのか? 事と次第をはっきり申さぬか」
玉座でふんぞり返っているのは、ローヴェルズの国王・メリアデルス。英雄の名に因んで「ローヴェルズ」を建国してから4世代目の国王は、宗教国家の国王を名乗るには不釣り合いなほどに、野心家で攻撃的な男だ。巷では「暴君」とも言われているが、溺愛している娘の様子が気がかりで仕方ないらしい。
そんな国王を前に……うまい言い訳が何1つ、思い浮かばない。このまま黙っていては、自分の身も危ういと判断したエドワルドは仕方なく、国王に事の詳細を報告することにした。
「その精霊には既に主人がいる……というお話はしていたかと思いますが、すぐに彼の主人も人間ではないことにすぐに気づくべきでした。実は彼の主人は六翼を持つ、相当レベルの天使様だったのです。それを知らずに……従者の忠誠を人間の物差しで金で買い取ろうとしたところ、天使様の逆鱗に触れてしまいまして。彼らの大怪我は……天使様の逆鱗に触れた結果なのです……」
「何と! では、お前達は……天使様のご降臨に出くわしたというのか?」
「は、はい……ただ、あのままだと最悪の場合、姫殿下も含む私達全員の命もなかったでしょう。それを例の精霊……ハーヴェン様が天使様を諌めてくれたお陰で、何とか命だけは助かったのですが……」
「ほぅ! 精霊が主人であるはずの天使様を諌める、だと⁉︎ では、やはり……相当の強者ということか?」
「おそらくあの様子だと、同等……いえ、場合によっては彼の方が上かもしれません」
「そうか……。相手が天使様だったとは言え、実に惜しいことをした。是非とも、彼を召し抱えたいところだが……何とかならぬだろうか?」
「……難しいと思います。驚くべきことだとは思いますが、天使様はハーヴェン様を“自分の旦那”と申していました。どうやら……ただの主従以上の関係が、彼らにはあるようなのです。しかも、信じられないことに……正体を表したハーヴェン様はただの精霊ではなく、おそらく悪魔の類と思われるお姿をしていました」
「⁉︎」
エドワルドの答えに、流石の暴君も驚きを隠せないようだった。天使と悪魔の組み合わせなど、それこそ前代未聞。だが、エドワルドはハーヴェンがいわゆる、文字通りの悪魔ではないことも、薄々気づいている。
「ハーヴェン様は、天使様に飼いならされた悪魔なのかもしれません。やや攻撃的で冷酷な天使様とは対照的に、非常に温和で慈悲深く……天使様の怒りが収まらずに、命まで危うかった我々を助けてくれたのですから。おそらく、ジルヴェッタ様はそんなハーヴェン様に……恋をされているのではないかと」
「な、何だと⁉︎ ジルが悪魔に恋、だと⁉︎」
「ハーヴェン様は人間のお姿でいる時は、非常に精悍なお顔立ちをしておいでです。それが一変、悪魔のお姿になると『勇者と悪魔』の悪魔に酷似したお姿になるのです。あの絵本は確か、実話だと聞かされております。ハーヴェン様は絵本に出てくる悪魔自身と思われますが、天使様に仕えたことで性質が変化しているのかもしれません。おそらく、ハーヴェン様が絵本に出てくる本物だったことも……姫殿下にとっては、魅力的に映ったのではないかと」
ジルヴェッタは甘やかされて育てられ、良い物に囲まれて生活してきた分、幼いながらも確かな審美眼がある。結果、良くも悪くも、異常なまでの本物志向の持ち主に育ってしまっていた。その彼女が、子供の頃から大好きだった絵本の登場人物と思われる相手に遭遇し……本物に触れたのだから、欲しがるのは無理もないだろう。自己顕示欲でも、純粋に物的欲求を満たすでも。彼女にとって、ハーヴェンは欲望を満たす素質を十二分に備えている相手だったのだ。
「……なる、ほど……」
「ハーヴェン様を召しかかえるのは、非常に難しいと思われます。二度と顔を見せるなと、我々を拒絶されたあの天使様をもう一度怒らせることになれば、クージェとの戦争どころかこの国自体を吹き飛ばされかねません。……あの時、天使様はあろうことか、素手で従者に大怪我を負わせたのです。武器を使わない状態でそれほどなのですから、きっと本気を出された場合は……この国を滅亡させるくらい、容易いかと思われます。しかも、彼女の手駒にはハーヴェン様の他にも、かなりの精霊がいるようなのです。実際、側には幼い姿とは言え、明らかに精霊と思われる子供が2人おりました。……私はこれ以上、彼らに関わるのは危険と判断します。国が滅んでは、戦争どころではないでしょう」
「ふ、む……そうか。確かに、国を吹き飛ばされては敵わんが……。しかし、クージェの方はそろそろ仕掛けてきそうなのだ。何とかして、彼らを取り込めないものか……」
メリアデルスはそこまで言われても尚、ハーヴェンに固執しているらしい。そもそもエドワルドにはこの戦争自体、避けるべきものなのではないかと思える。
確かにクージェ帝国は旧・カンバラ法国時代からの積年の敵国であり、ゴラニア大陸の覇権を争ってきた相手でもある。しかし、魔力が枯れる前は隣国として、それなりに波風を立てずにやってこられたはずなのだ。旧王家に代々仕えているアイネスバート家出身のエドワルドには、「ローヴェルズ」になったこの国の方が妙な方向に動き出したように思える。
《勇者の手っていうのは多かれ少なかれ、血で汚れているもんなのさ。……勝者は敗者にとって、ただの殺人者でしかない時も多いんだよ》
去り際にハーヴェンが悲しそうに呟いた言葉を反芻しながら……エドワルドは王に傅くことしかできない自分に辟易している。どうすれば、真の勇者になることができるのだろう。その答えも……ハーヴェンなら知っている気が、何となくしていた。




