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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第4章】新生活と買い物と
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4−4 お小遣い、あっという間になくなっちゃうよ……

 カーヴェラはどこもかしこもごった返して、喧騒としている。それでも、街の騒がしさは人間界では貴重なものでもあるし……僕としては、その光景には妙に安心させられてしまう。


「ハーヴェン。ところで、今日は何を買うの?」


 きっと、騒がしさで気分を高揚させるのだろう。エルがいつも以上にウキウキしながら、ハーヴェンさんに尋ねる。


「まぁ、何か決まったものを買いに来たわけじゃないんだけど、さ。折角、収納が増えたんだし……嫁さんの洋服を追加してやろうと思って。ルシエルはそういう部分は恐ろしいくらい、無頓着だからなぁ。こっちで気をつけてやらないと、男の子に見えるし……。中にはボロボロになっていても、着ているものもあるし……」


 そこまで言って、ハーヴェンさんが深いため息をつく。ハーヴェンさんとしては、お嫁さんの服に対する無関心さがよっぽど気がかりらしい。


「そうだよね。母さまもたくさん、綺麗なお洋服持っているのよ? やっぱり、女の子はお洒落な方がいいと思うの!」

「ま、まぁ……ゲルニカの奥さんはもともと、王女様だしな……。ルシエルと比較対象にならない気がするが……」

「そうなの?」


 確かに、母さまはものすごくお洒落だと思う。自分に似合うものを、よ〜く知っているというか。ただ、それは多分……父さまの気を引くためなんじゃないかなと、僕は思っていた。

 母さまは髪型を変えたり、ちょっと頑張って大胆なドレスを着ていても、父さまに気づいてもらえなかったりすると、とても落ち込んでいたりして……。母さまのお洒落は、父さまに見せることが目標なのではないかと思う。

 その点、ルシエルさんはお仕事もあるし、きっとお洒落よりも機能性が目標に設定されているんだと……なんとなく、考えていた。


「と、いうことで……やっぱり、前にお邪魔したお店に行こうと思うんだけど、いいかな?」

「賛成〜!」


 明らかにウキウキした様子を見る限り、エルは自分のワンピースも買うつもりなのだろう。母さま譲りなのか、彼女もちょっとこだわりがあるみたいだし、自分で似合うものを選べるセンスも持ち合わせていた。今日着ている鮮やかな赤のワンピースもよく似合っているし、髪を束ねているリボンも赤いものが結ばれている……と、そんな事を考えて、ハーヴェンさんを見やると、今度は別の部分で気になることが出てきた。


「ハーヴェンさんが自分の服を買っているのを、見たことないんですけど……」


 ハーヴェンさんはいつもとあまり変わらない、白いシャツに黒いベストとスラックス姿だ。足元はきちんと磨かれてはいるけれど、履き込まれた感じの見慣れた茶色い革靴。……ハーヴェンさんはお料理の時以外は大抵、この服装な気がする。


「あぁ、別に俺はいいかな? 変に色気を出して、ベルゼブブみたいになっても困るし……」

「あい……おいらも、お頭は今のままでいいと思うでヤンす……」

「そ、そうなんだ……?」


 ハーヴェンさんに抱っこされているコンタローまで、力なくそんなことを言う。きっと、ベルゼブブさんの趣味はかなり悪いということなのだろう。ハーヴェンさんの場合は近くにある意味、特殊なお手本がいたせいで冒険できない、ということなのかもしれない。


「それにさ、男はそんなにめかし込んでも大して変わらない、っつーか。まぁ、凝れば色々あるのかもしれないけど。家事をするのにいちいち、色気を出しても仕方ないからな」

「そう、ですよね。部屋を掃除するのに、きちんと正装する必要はないと思います。……僕自身もはじめに買ってもらってから洋服は足りているかな、なんて思いますし……」

「ま、そういうことだ。それに、俺の場合は嫁さんの方をどうにかする方が先かな」


 ルシエルさんは大抵は仏頂面だけど、綺麗なお顔をしているのだから……男の子みたいな格好をしているよりは、少し華やかなものを着ている方がいいとも思う。


「ハーヴェン〜、ここなの! 着いたよ!」

「おぅ。そうそう、ここだったな。エルノア、きちんと覚えていて偉いぞ〜」

「もちろんよ。カーヴェラのことは任せておいて!」


 道案内を褒められて、エルが胸を張って答える。一通り得意げな顔をした後、一際ウキウキした様子でお店に入っていったのに、僕達も遅れまいとお店に入る。


「いらっしゃいませ。あら、旦那様。お久しぶりですね」

「お? 俺ここに来るの、2回目だけど……覚えててくれてたの?」


 きっと、店主さんなのだろう。上品な感じのちょっと年配の女の人が、気さくに挨拶をしながら出迎えてくれる。


「えぇ、もちろんです。前回、あんなにお買い物いただいたのですもの。特にお嬢様は3回目ですし。いつもご贔屓にしてくださって、ありがとうございます」

「そう? まぁ、今日も嫁さんの服を探しに来たんですけど……って、エルノアはどこ行ったんだ?」

「ハーヴェンさん、あっち……」

「お?」


 見れば、エルは既にワンピースをあれこれ当てながら、鏡の前でクルクル回っている。しかも、横には店員さんが2人もしっかり付いていて……これは完全に囲い込まれていると思う。


「うぅ〜。こっちも気になるし……あ! でも、やっぱり……ピンクも可愛いな〜」

「……ギノ、悪い。エルノアが暴走しないように、様子を見てやっててくれる? 俺はルシエルの服を手早く探すから……」

「は、はい……」


 ワンピースに付いている値札を見ると、お値段は大体銅貨40枚ほど。他の服から考えれば、ものすごく高いと思う。中には銅貨60枚なんてものもあるし、そんなのをたくさん買ったら……銀貨3枚もあっという間な気がする……。


「……エル、エルってば!」

「あ、ギノ! ね、ね、この紺と緑……どっちがいいと思う?」

「えっ? ……う〜ん。僕は緑の方がいいかなと思うけど、エルは自分でどっちがいいと思うの?」

「うん、私も緑の方がいいかな、って思うの。だって、紺は2枚も持っているし……」

「そう、なんだ……じゃなくて、エル! ワンピースを何枚買うつもりなの?」

「えっとね、4枚くらい? だって、折角来たんだもん。でね、こっちはもう決めたの!」


 エルが指差す方を見ると……店員さんに預けられたワンピースが3枚。そのうちの1枚、ピンクの花柄はとってもエルに似合いそうだけど……。


「……エル。そんなに買ったら、お小遣い、あっという間になくなっちゃうよ……」

「そ、そうなの?」

「見た感じ、ワンピースは銅貨40枚〜60枚くらいみたいなんだ。4枚も買ったら、半分くらいなくなっちゃうよ?」

「そんなに⁉︎ あぅぅ〜。でも、半分は残るんだよね? だったら、後は我慢するし……大丈夫だもん」


 さっきケーキも食べられる、とか言っていたし……。絶対、大丈夫じゃない気がする……。


「あ、ギノ……今、大丈夫じゃない、って思ったでしょ? 大丈夫だもん。後は我慢できるもん!」

「そ、そう? でも、ハーヴェンさんにお小遣いは計画的に使うようにって、言われたばっかりだよ? 本当に大丈夫?」

「大丈夫なものは、大丈夫だもん! あ、お姉さん、この緑のもください!」

「かしこまりました。ありがとうございます〜」


 エルは頑固だ。こうなってしまうと、僕が何を言っても、無駄だと思う。


「……あちゃ〜。エルノアは早速、大枚を叩いたか……」


 僕らのやりとりを途中から聞いていたらしいハーヴェンさんが、「あ〜ぁ」と言いながら、皮袋から銀貨を取り出して会計を済ませているエルを見つめている。


「すみません……。僕、止められませんでした……」

「ま、仕方ないよな。ギノはいいのか?」

「えぇ。僕はまだ、服は足りていますから」

「そうか。それじゃ……俺もさっさと済ませるかな」


 見れば、ハーヴェンさんの手にはブラウスが何枚かとショートパンツが抱えられている。それと……。


「あの、それって下着……ですか?」


 綺麗な刺繍とレースのキャミソールに、お揃いのショーツ。ハーヴェンさんはそんな下着も何枚か買っていくつもりらしい。ルシエルさん……もしかして、下着もボロボロなものを着ているんだろうか……。


「ん? あ、これ? ……うん、まぁ。大人の秘密、ってやつだな」


 大人の秘密……その言葉になんとなく気恥ずかしさを覚えたけど、僕にはまだよく分からない。

 そう言えば、竜族は脱皮をして大人になるんだ……って父さまに教えてもらっていたけれど。5回無事脱皮できれば、大人になれるんだっけ? そして僕は……脱皮1回目くらいの成長度らしいけど、大人になれるのは体だけなんだろうか。心の方はどうやって大人になるんだろう?

 そんなことを考えていると、大きな袋を下げたエルが戻ってきた。明らかに、身の幅に合っていない荷物を抱えているエルを、心配そうにコンタローが見上げている。


「あぅぅ。お嬢様、買い過ぎでヤンすよ〜」

「えぇ〜! だって次はいつ来れるか、分からないもん。さ、コンタロー。荷物、預かってよ」

「え〜? それ……預かるんでヤンすか?」

「だって、意外とかさばるんだもん。預かってくれないんなら、持つの手伝って!」


 ……なんて、ちょっと勝手なことを言いながら、コンタローを困らせているエル。そんなエルを、会計を済ませて戻ってきたハーヴェンさんが窘める。


「コラ、エルノア。荷物はちゃんと、自分で持ちなさい。俺が小遣いは計画的に使えって言ったのは……帰り道も含めて計画的に、って意味だぞ?」

「えぇ〜⁉︎ そうなの?」

「そ。自分でちゃんと持ち帰れないのなら、返品して来なさい」

「うぅ〜……」


 ハーヴェンさんはきっと、そういう部分も勉強して欲しくてエルにもお小遣いをくれたんだろう。エルはワガママなところがある。父さまもたまに注意していたけど、注意も優しすぎるせいで……あまり効果がなかった気がする。

 一方で、ハーヴェンさんはきちんと厳しい。でも……さっきまであんなに嬉しそうにしていたエルが、ちょっとしょんぼりしているのは、可哀想な気がした。


「じゃぁ……エル、僕が少し持ってあげるよ。僕は何も買わなかったし……次からは、気をつけて買えばいいんじゃないかな」

「ホント⁉︎」

「うん。ただ、次はなしだよ」

「……分かっているもん」


 そう言いながら、エルの肩に掛かっている紙袋を片方預かる。中身が洋服だから重くはないけれど、嵩が大きいと意外とキツいものがある。前回はハーヴェンさんが軽々と持ってくれていたから、あんまり気にならなかったけど……買い物って大変なんだな、と思ってしまった。


「えへへ、ありがとう」

「もう、調子いいんだから。次からは本当に気をつけてよ?」

「うん」

「ありがとうございました〜」


 そんなことをしながら、店員さんにお見送りされてお店を出る。前回の時はカフェにも寄ったけど、エルがあれだけ買い物をしてしまった以上……我慢した方がいいかもしれない。


「で、エルノア。結局……お前、いくら使ったんだ?」


 お店から少し歩いた所で、ハーヴェンさんがちょこっと険しい顔をして使った金額を質問すると、ドギマギしながらエルが小さく答える。


「あ、えっとね……銀のを2枚出して……茶色いのが22枚戻って来たの……」


 だとすると、エルが使った金額は銅貨178枚。それでワンピースを4枚買ったということは……1着あたり銅貨40枚以上を使ったことになる。


「それ、半分以上使っているじゃないか。まぁ、本当に必要なものなら別に構わないと思うが、次からはちゃんと考えような? 欲しいものと、必要なものは違うんだぞ」

「う、うん……」


 ハーヴェンさんは怒っているわけではないみたいだったけど、しっかり注意されて……エルが本格的にしょんぼりしている。必要なものと、欲しいものは違う。多分、エルのお買い物は必要じゃなくてただ「欲しいから」で買ってしまったという判定がハーヴェンさんの中で下ったんだろう。実際、僕もそう思う。


「さて。ということで、買い物に関してはいい勉強になったかな? 今日はこの後、おやつにケーキを食べて帰ろうと思いま〜す。今回はお勉強のご褒美に俺が奢ってやるから、好きなものを食べていいぞ〜」

「本当⁉︎」


 半ばケーキは無しだと思っていたらしいエルが、さっきのしょんぼりから一転、目を輝かせていつもの調子を取り戻す。


「あの、前のお店に行くの?」

「ま、そうだな。他を無理して探す必要もないしな……」


 結局、なんだかんだでハーヴェンさんも優しいと思う。ただ、次からは僕も……きちんと注意できるようにならないと、ダメかもしれない。


「お嬢様、本当に買い物が好きなんでヤンすね……あ、違うかな。女の子は買い物が好きなのでしたっけ?」


 逸る気持ちを抑えられないらしく、ずんずん前を歩くエルを見つめながら……コンタローがちょっと疲れた様子で呟く。そうしてコンタローを見れば、彼は彼で小さなラッピングされた袋を抱えていた。いつの間に……何を買ったのだろう?


「コンタロー……それ、何を買ったの?」

「あ、これでヤンすか? クロヒメへのお土産でヤンす。可愛いカバン用の飾りを見つけたんで、喜ぶかなと思って。こうしてお頭と買い物に行ったなんて言ったら、クロヒメ、拗ねるでヤンすよ。おいらもお小遣いをもらったし、お裾分けでヤンす」

「お? コンタローは随分、紳士になったな〜。憎いねぇ〜」


 コノコノ……なんてハーヴェンさんに言われながら、コンタローはモジモジしながら照れている。そっか、コンタローはコンタローで、きちんとクロヒメのことを考えていたんだ。なんだろう、その様子が何となく羨ましくて……微笑ましい。


「ほらほら、早く〜! ここなの〜!」

「あ、うん。エル、ちょっと待ってよ!」


 一足先にお店に着いたらしいエルが、僕達を大声で呼ぶ。さっきの流れから考えると、ハーヴェンさんには少し申し訳ない気がするけど……僕も少しお腹も空いているし、ちょっと甘いものが食べたい。今日は何のケーキを食べようかな?

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