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天使と悪魔の日常譚  作者: ウバ クロネ
【第4章】新生活と買い物と
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4−1 無事に引っ越しも終わりまして

 1階では攫うのに不便だという事で、今朝は寝室のテーブルの上に食材リストが置いてある。メモを掬い上げるついでに、テーブルに置いたままだったボンボンショコラを何気なくつまむ。フルーツ系を最後に残しておきたいので、とりあえずヘーゼルナッツのチョコを口に放ったが……あまりの美味しさに、思わず驚いてしまった。外側のチョコレートが舌の温度で溶けたと同時に広がる、香ばしいナッツの風味。1番好みから外れているものを選んだつもりだったが、それですらこんなに美味しいのだから……アプリコットのチョコレートはどれだけ美味しいのだろう。


(あと4個……)


 つい、一際目立つ白いコーティングのチョコに手を伸ばしたが……やっぱり続きは帰ってからにしようと思い直し、残りを戸棚にしまい込む。私は楽しみは最後にとっておく主義だ。ご褒美は仕事を終わらせてからにしよう。


***

「無事に引っ越しも終わりまして、本日から本腰を入れてローヴェルズの監視にあたる事ができます。……一応、先日は移動がてら人間界を散策しました。そちらをまとめたものを提出しましたので、後でご確認ください」

「そう。まずは引っ越しお疲れ様、と言ったところかしら?」

「ありがとうございます」

「で、マディエル。早速、ルシエルの報告書を元に第6弾の編集よろしくね」

「は〜い。今回も人間界の様子が分かりそうですし、参考書も兼ねられるように頑張ります〜」


 あぁ……。どう転んでも、私の行動は逐一小説化されるのだな。今回の報告内容は、あまり小説向きではないと思うのだが。マディエルの腕があれば、淡い希望もしっかり呪いに書き換えられることだろう。……色々と遣る瀬ない。


「うふふ、楽しみだわ〜。あ、そうそう。ルシエル、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかしら?」

「はい?」

「実はね、この間お話ししていたお勉強のことなんだけど。早速、あなたの後釜のルクレスの担当者とクージェの担当者を相手に、お食事のことを教えてあげて欲しいの。あ、あとマディエルも一緒に、なんだけど……。もちろん食材はこちらで負担するし、ハーヴェンちゃんにもお給金……そうね、白銀貨を1枚出すから、頼めないかしら?」


 話自体をもう忘れられていると思っていたのだが、意外とラミュエル様の方は本気だったということか。しかし下手に断っても食い下がられるだろうし、何より、ハーヴェンも一線を引いてくれそうだったから……承諾しても大丈夫か?


「かしこまりました……ただ、ハーヴェンも多忙でして……。それでなくとも、私の方でお願いした調査に奔走しているようですので、お返事には時間を頂戴するかもしれません」

「そう、それは仕方ないわよね。それじゃぁ、都合がついたら教えてくれる?」

「承知いたしました。……あ、そうそう。先日のオーディエル様からのご要望も伝えておきました。少々、手こずりそうですが……何とかしてくれるそうです」

「まぁ、そうなの? 流石ハーヴェンちゃん。頼りになるわね〜」

「……えぇ、まぁ」


 何たって私の旦那様だもの、と言いたかったが……言ってしまえば、大騒ぎされそうなのでグッと堪える。それでなくとも、まだその先は秘密にしているし……これ以上、話を大きくしたくない。


「それで、ね。こちらからも報告があるの」

「報告? ですか?」

「えぇ。あなたから相談があったタルルトのサンクチュアリピースの件だけど。……鑑定結果が出たわ」

「本当ですか⁉︎ そ、それで……あの鍵は一体……?」

「それがね、ちょっと様子が変なのよ……」

「変?」

「うん、何というか。鍵自体が微妙というか……」

「微妙……ですか?」

「えぇ、サンクチュアリピースとして構築されていることは間違いないし、あなたから預かっていた端切れと同じ素材を作り変えた物が頭に嵌っていたのも、ハーヴェンちゃんの予想通り……だったんだけど……。ね、ところで“ルーシー”って名前に、聞き覚えないかしら?」

「そ、その名前が……あの鍵と何の関係が?」

「……あの鍵ね、利用者の限定構築がされていて。利用者は“ハール”と“ルーシー”となっていたの。……ハールはおそらくハーヴェンちゃんのことだと思うけど、ルーシーは誰かしらね……」


 ハールとルーシー……間違いない。きっと、そのルーシーは……ハーヴェンが記憶の中で追い求めていた、本物の方の女の子だ。

 どうしよう。もし、なんらかの理由……それこそ転生とか……で本物が生きているとしたら。そして、ハーヴェンが生きているかもしれない彼女と出会ってしまったら。いよいよ、彼女と一緒にどこかに行ってしまうかもしれない。……今度こそ、1人になってしまうかもしれない。

 そこまで考えると、急に胸が苦しく……喉に何かが支えて、呼吸がもがくような息苦しさが込み上げてくる。


「ルシエル? ルシエル、大丈夫? なんだか、苦しそうだけど……もしかして、何か知っているの?」


 話すべきか? それとも、誤魔化すべきか?

 少し悩んだが……結局、ラミュエル様相手に隠す必要はないし、何より話してしまった方が私も楽になれる気がして。ハーヴェンから聞き出した「気まぐれ」の正体を、苦し紛れにラミュエル様に話してみる。


「なるほどね……。あの端切れがそんな大事なものだったなんて。そして……ハーヴェンちゃんがあなたを殺さなかったのには、理由があったのね……。ということは、あなた以外ではこの結果は生まれなかった、と。何というか、それはそれでロマンチックなことよね」

「そう、でしょうか? 私は未だに……彼にとって、その子の代わりでしかありません。……ただ顔立ちが似ていただけで、性格も随分違うみたいですし……」

「そうかしら? だって、ハーヴェンちゃんは記憶を取り戻した後も、あなたのところに居てくれているのよね? しかも、いつもいつも美味しいお料理を用意してくれていて。あなたのお仕事のために、敵だと憎まれていてもおかしくない私達に協力までしてくれて。きっと、今のハーヴェンちゃんはルシエルのことを代わりだなんて、思っていないと思うわよ?」

「そう……でしょうか?」

「えぇ、きっとそう。だって、レベル8以上の実力があれば、契約の解除は向こうからもできるはずだもの。それもせずに、彼はあなたの側にいてくれているのでしょう? 精霊としての契約には、そういう意味もあると思うわ。……私にはそんな事を言う資格はとっくにないのだけれど、契約は天使側に状況を伝える手段であると同時に、いつでも助けてくれるという意思表示でもあるの。だから、自信を持ってもいいと思うわよ? だって……あなたは彼の可愛いお嫁さん、なのでしょ? ウフフ、本当に羨ましいわ〜」


 最後はいつも通りの調子で締めくくられたが、彼女のお言葉に……なんとなく、少しだけ救われた気がした。


「ありがとう……ございます。……何れにしても、今の所は彼が協力してくれることは確かみたいですし、本日のお話も伝えておきます。……そろそろ、下がってもよろしいでしょうか?」

「えぇ、そうね。引き続きよろしくね」

「かしこまりました」


 鍵の鑑定結果で、ルーシーが生きているかも知れないことが分かったが。……どうしよう。これはハーヴェンに話すべきだろうか、それとも……内緒にしておくべきか。話してしまえば、もしかしたら彼がいなくなってしまうかも知れない。だけど、話をしなければ……なんだか隠し事をしているみたいで、心苦しい。……私はどうするべきなのだろう。

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